第13話 一択
十体の機械人形に囲まれたリレとミアは、いくらか苦戦していたものの致命傷になり得る攻撃は避けながら戦っていた。
「なかなか多いな」
「喋ってない!」
リレは大剣を振るうことでなんとか蹴散らしていたが、ミアは体躯で優る機械人形の攻撃をひたすら避けながら決定打を与えなければならなかった。
それでもお互いに気張りながら戦っていると、残りはわずか二体となっていた。
「やれるか」
「当然」
二人は最後の敵を前に力を振り絞り、攻撃を仕掛けようとした。
「はいはい止まって止まって」
攻撃しようとした瞬間、機械人形の動きが停止した。そして声の主は機械人形とリレ達の間に割って入る。
「機械人形達はあっち行って」
そう声をかけられた二体の機械人形は来た方向へと戻っていった。
「なんだ……お前……」
青い髪の青年――Dである。
「まさか『ドゥクス』か?」
リレはこれまでに『ドゥクス』と何度か遭遇している。山小屋でのファーストと、本人は覚えていないが夢の中のイドの二人とだ。
ただし『ドゥクス』は服装が統一されているわけでもなく、身体的特徴は無いに等しい。相手には大変失礼だがリレは当てずっぽうで言ってみた。
奇しくも正解だったので、Dも失礼とは思っていないようで気さくに声をかけてきた。
「俺はD。末永くよろしくな、兄弟」
「何を言っている?」
「お嬢さんも殺すなって言われてるんでな。抵抗しないでくれよ?」
Dは悠然と二人へ歩み寄ってくる。武器を持っている様子は無く、無防備に近い状態だ。
しかし二人はDの発する圧力によって動くことができなかった。歩み寄るDの手がリレに触れる……その瞬間、リレはDに肩からタックルを仕掛けた。
既に剣を振っても力の入る距離ではなかった。威圧で動けなかったリレは足に力を入れることでなんとかタックルを仕掛けることに成功したのである。
「おっと」
「ミア!」
その声に反応し、やっとミアも身体を動かせた。
――動かせただけだった。
後ろから何者かに両肩を掴まれ、物理的に動きを再び封じられてしまった。
「早いじゃないの」
「当然だ」
リレの目の前に現れた男、それはリレが写真で何度も見た顔の持ち主――クラックス前教会長もといウィンであった。
リレの渾身のタックルはDを動かすこともできず、その体重をDに預けるような形になっていた。
だがリレはそんなことよりも目の前にいる人物の方が気になっていた。
「父さん……?」
「ああ。久し振りだな、リレ」
何度も写真で見た顔と違わなかった。間違い無く行方不明になっていた父親の顔である。
「色々と話すことがあるんでな。二人にはついてきてもらおう」
ウィンはそう言うと右手をミアの右肩から離し、腰の符術に手を伸ばした。
その隙をミアは見逃さず、背中をウィンに向かってぶつけた。
「このっ」
ところがウィンは微動だにしない。
むしろ硬い壁に向かったように、ミアの身体は大きく弾かれてしまった。
ウィンの左手が左肩を掴んでいたため地面へ激突することはなかったものの、むしろウィンの握力の強さを体感することになってしまった。
「あまり抵抗しないでくれ。君には話を聞いてもらったら帰ってほしいんだ」
ウィンはミアにそう告げると、符術の束の中から転移の符術を取り出して宙へ放った。
「行くぞ」
そうして二人はDとウィンによって拉致されてしまった。
荒野に残ったのは目の光を失ったミハトの遺体だけだった。
転移の符術を抜けた先は、二人にとって見覚えのある部屋だった。ただし実際には来たことが無い。
部屋の細部やインテリアの意匠が見覚えのあるものだったのだ。
「ここで良かったよな?」
「ああ」
二人が連れられてきたのは、ロデリック教会長の部屋に似ている場所――『教会』南西大陸支部の支部長室である。
何度かロデリック教会長の部屋に出入りしていたため見覚えがあったのだ。ただしここはロデリック教会長の部屋と異なりしっかりと床が見えている。
「抵抗されても困るから縛らせてもらった。怪我をさせる気は無いから安心してくれ」
そう言われても二人とも安心などできなかった。
既にミハトが殺害されていることは聞いている。そもそも彼らは『ドゥクス』であり、倒すべき敵なのだ。そんな相手の言うことを信じて安心するなどできるわけがない。
「さて、ここから話すことは全部真実だ。その上でリレには二つの選択肢を与える。ちゃんと聞いておけよ」
ウィンはそう言うと、二人を拉致した真意について語り始めた。
元々『ドゥクス』とはファーストと名乗る人物の個人的な目的のためだけに結成された組織である。
その目的とは、『神』のいる場所に辿り着きその座を簒奪すること。これだけである。
しかし自力では難しいと判断したために世界中の断魔晶の中から『神』のいる場に行ける力を持つものを探そうとしたのだ。
その手始めとしてパラケルススと呼ばれている男の力で人形を作り出し、ファーストがそこに命を吹き込むことで人を襲う機械人形を創り出した。
無論人々は機械人形に対抗せざるを得なくなる。
そこでファーストは自らをキューロ・ナハトと名乗り、人々に断魔晶での戦い方を教えて『教会』という対抗組織を結成した。
つまり『教会』と『ドゥクス』による対立は全てファーストによるマッチポンプということである。
「待ってくれ。『カミ』ってのは何だ?聞いたこともない」
リレとミアにとって『カミ』とは初めて聞く言葉であった。
Σ大元帥やタウが元々いた世界にはその概念があったが、この世界に『神』という概念は存在しない。
そもそも彼らは自らの意志でこの世界へ来たわけではなく、不幸にも何の前触れも無く『神』のいる空間へ放り出されたことを起因としてこの世界へ迷い込んだに過ぎない。
彼らの元の世界の言葉では「神隠し」だの「神の悪戯」だのと呼ぶが、『神』のいないこの世界ではある日突然行方不明になったと言われるだけである。
「ここ十数年でファーストはひとつの仮説を立てた。自力で『神』の座に辿り着ける人間はいないんじゃないかってな」
迷い込む者はいても、わざわざ行こうと思って行けるような場所ではないという仮説である。
「異世界人がこの世界に攻めてきたことは予想外だったが、却ってその仮説を補強することになった」
ウィンの語るところによると、Σ大元帥達のいた世界と襲来してきた異世界人の世界、そしてこの世界は横の位相が同じなのだという。
その横の位相が同じ世界であればある程度自由に行き来できるが、『神』のいる場所はそれよりも上あるいは下の次元、言わば横の位相が異なる世界であるという予想だ。
「そこでファーストは考えた。人間がダメなら人間以外に託せばいいと」
その言葉でリレの表情が強張ってきた。
「お前はファーストによって命を吹き込まれた断魔晶だ」
話の中で薄々勘づいていたものの、それを実際に突きつけられるとリレの頭の中は真っ白になった。
その後の話はリレの頭に入ってこなかった。
横で拘束されていたミアもその事実に驚きを隠せなかったが、それでもそれが嘘であるという可能性を捨てきれなかった。
「そういうことだ、お嬢さん。君は『教会』本部に帰って我々の真意を伝えるといい」
「……リレをどうするつもり?」
ミアは声を震わせながら質問をぶつけた。
今のままではリレが彼らの道具にされてしまうと考えたためである。
「心配することはない。我々と同じ、『ドゥクス』の一員になってもらうだけだ」
「リレが『ドゥクス』に……?」
「誰がなるもんか」
リレははっきりと自分の意志でそれを拒否した。
「俺がお前達の手で創られたことは理解したよ。でも一度は捨てた存在を改めて拾って、力になってほしいってのは虫が良すぎるだろ。そんなのは御免だね」
少なくとも今は殺されない、という自信があったが故の拒否だった。
実際に今リレを殺すことはできない二人は、強行策に出ることにした。
「なら帰ってもいいぞ。その代わりお嬢さんの命は貰っていくけどな」
「なっ!」
リレとミアは特別な仲ではない。ただおよそ一年もの間、苦楽を共に過ごしてきた仲間というだけの間柄である。
しかし、いやだからこそリレにはその脅しが効いてしまった。
「リレ?ねえ、嫌だよ?」
「選んでいいぞ。帰る代わりにお嬢さんを差し出すか、お嬢さんを帰して自分を差し出すか。俺達は最初から後者を勧めているがな」
リレはしばらく俯き、小さな声で、だがはっきりと言った。
「残るよ」




