第12話 先代
三人が『教会』本部を出発してから一週間が経過した。
修行の地は『教会』本部より遥か北に位置する荒野である。土地が肥えておらず気温も低く商業的価値も低いこの荒野は、不定期で機械人形が現れるという情報が出る他、どんな断魔晶を使っても周囲への影響を考慮しなくて済むという利点を持つ場所だった。
「動物一匹いませんけど……」
「だからここまで動物を狩ってきたんだろ」
水も無く植物も生えておらず動物も暮らさない死の世界と表現するのが適切であろうその荒野はサバイバルをするにはおよそ適さない環境である。
手持ちの水と食糧が尽きるとそれ以上のものは望めない。
符術という便利なものがあるため通常のキャンプよりは幾分楽ができるものの、それにも限界がある。
「それにしてもすごいですよね、この……何でしたっけ?」
「バギーだったかな?どんな頭してたらこんなもの作れるんだろうね」
ミアが絶賛したのは、三人を乗せて荒野まで走った乗り物である。馬車で使われる木製の車輪とは異なり、使い道のよくわからなかった樹木の樹脂を利用した車輪が採用されている。草原でも荒野でも関係無く爆走するこの乗り物はΣ大元帥の発案で技術班出身の『錬武』サイジ・ジーナス元帥が今の形に完成したという。潜在型断魔晶の所有者なら触れるだけで、そうでなくとも専用の札を差し込むことで走らせることができる。なお詳しい構造などについては一切が謎に包まれており公開もされていない。
ミアが最初に住んでいた街はこの荒野よりも南にあり、ミアが歩きで移動してきた距離を一瞬で駆け抜けられるバギーという乗り物はリレとミアの予想を超えた代物だった。
普段は符術によって封印されているため持ち出すのは簡単だが、一度符術を使用して呼び出すとそれを収納する術は普通の教会騎士には存在しない。リレはラルフ元帥がバギーを持っていなかったのかなとミハトに聞いてみたが、あの人こういうの嫌いだから、と返されて終わってしまった。
ともあれこの荒野で機械人形を狩らなければならないため、バギーに乗って浮ついた気持ちを切り替えて機械人形の襲撃に備えた。
それから四日間、機械人形は一切姿を現さなかった。
アルグール・カーティルの断魔晶の強化に一役買っていることから生命体であると判定されているが、その生態は一切不明である。連れ帰った機械人形を解剖しようにも外皮は硬い木であり、内部に心臓のような部位は認められなかった。
その在り方も生態も不明な存在のため神出鬼没なのも無理はないと思われているものの、これでは修行にならない。
「ポイントを移すぞ」
同じ場所に居続けても意味が無いと判断された場合は、少し移動することであえて機械人形に見つけてもらおうという作戦である。
荷物を片付けてしばらく歩いていると、先頭にいたミハトが足を止めた。
「来たね」
二人も足を止め耳を澄ませると、確かに何かの足音が聞こえてきた。
「私は離れた場所で見守っているから、無理せず死なないように立ち回るんだよ」
「「はい!」」
ミハトは少し離れた場所にあった大きな岩の上に飛び乗り、二人の動向を見守ることにした。
正面から現れた機械人形はおよそ十体ほどだ。体長はおよそ二メートルほどであり細い胴と手足に加えて目も口も見当たらない貌でこちらへ向かってくる。
機械人形の本懐はその体躯でありながら俊敏な身のこなしで物量作戦をとってくることである。単純な腕の一振りだけで人間は死に至り、一体を退けるために時間をかけると別の個体が次々に攻撃を仕掛けてくる。強者が無双していても退くことなく襲いかかる。そこに生物としての恐怖は見当たらず、正しく人を殺すためだけに存在していると言っても過言ではない。
この機械人形に対する殲滅力の高さが教会騎士の序列となるため、純粋な一対一の戦闘力で並べた場合は順番が前後することも少なくない。
リレは大剣を振るいながら機械人形を蹴散らし、ミアは機械人形の腕の横薙ぎをしゃがんで避けながら拳で機械人形を破壊していた。
ミハトは二人の様子を見ながらひとつの疑問を抱いていた。
機械人形の数が少なすぎる。
通常は三十体ほど出てくるのが普通で、多い時は五十体を超える時もある。
修行における一人あたり三十体の討伐というのも、三十体の群れを二人で倒す戦闘を二回行えば達成できる数字ということで設定されている。
リレやミアが『教会』本部へ来る道中で討伐したのは言わばはぐれ個体であり、それほどの脅威ではなく存在自体も比較的レアなケースだったと言える。
ところがこの荒野には基本的にそういったはぐれ個体は現れない。ちゃんとした集団で現れるからこそ修行の地として利用されているのだ。
ミハトは念には念を入れ一時撤退の命令を出すために息を吸い込んだ。その瞬間、何者かの手により後ろから口を塞がれた。
「久しぶりだな、マイカン」
ミハトは身体を捻り真後ろに振り向き、断魔晶である鉤爪と共に拳を突き出した。しかしその拳は空を裂き、ミハトの口を塞いだ人物には当たらなかった。
ミハトは先程の声に聞き覚えがあった。似たような能力の断魔晶を扱うために戦い方や制御方法を教えてもらい、自分が教会騎士になる際にこの荒野で修行をつけてもらった人物。何よりも先代の教会長であり十三年前の本部襲撃に際して失踪したリレの父親――。
「クラックス・シーノラ……」
「呼び捨てとは悲しいじゃないか。仮にも元上司だぞ」
当時と比べると多少老けてはいるものの、気さくに話しかける態度や自分を見る眼光は間違いなくクラックス前教会長のそれだった。
「なんでアンタがここにいるんだい?しかもこんな状況で……。まるで」
「そうだ。俺は『ドゥクス』だ」
ただ偶然再会したのであれば普通に声をかければ良い。わざわざ口を塞ぐ必要などない。そもそもこの荒野に普通の人間はやって来ない。
それがわかっていたからこそミハトは先入観に囚われずクラックス前教会長が『ドゥクス』であると断定し、クラックス前教会長もそれを肯定した。
「今日は息子を迎えに来たんだが、……お前の存在は邪魔だ」
「手ェ貸そうか?」
クラックス前教会長の後ろから現れたのは、整った青い髪の青年だった。
崩廻による獣化の影響か、ミハトは周囲の人や動物の気配に敏感である。機械人形の接近にいち早く気付いたのもこれが理由だ。
しかし青い髪の青年は正面から現れたにもかかわらず、気配が全くしなかった。
「Dか。お前は俺の息子を頼むよ。お嬢さん共々殺すなよ」
Dと呼ばれた青い髪の青年はけらけらと笑って身体をリレとミアのいる方に向けた。
「ウィンもきっちり仕事してくれよな。昔の部下だか知らないけど手ェ抜くなよ」
ウィンと呼ばれた男――クラックス前教会長は「ああ」と返事をするとミハトに向けて歩き始めた。
ミハトは無防備に向かってくるウィンを見定めて構える。
一瞬Dのいたところに目をやると、既にDはいなくなっていた。
――この視線の動きが決定的な隙となった。
ウィンの右肘がミハトの腹部に直撃したのである。
右目にはウィンの存在が確かに残っていたが、左目の視界から外れた瞬間に死角へと潜り込み、防御も許さない一撃がミハトに与えられた。
「ぐはっ」
「目の良さが命取りだ」
ミハトの肺の空気が全て吐き出されると、間髪入れずにウィンの左の貫手がミハトの腹に風穴を開けた。
「……っ」
ミハトは息を吸うことも吐くこともできなくなった。何かを口にしようとしたものの、それは言葉になること無くミハトの意識は虚空へと消えていった。
「お前の顔は綺麗だからな。顔だけは綺麗なままにしておいてやる」
そう呟いたウィンはミハトの顔に布をかけ、Dの向かった方へと跳んでいった。




