第11話 同室
「なんで私の部屋にあんたがいるのよ!」
「それはこっちの台詞だよ!」
ミハトにボコボコにされた翌日、リレが目を覚ますとその部屋にはミアがいた。どうやら眠っている間にミアの部屋に連れてこられたようだ。
「誰か知ってそうな人はいるかしら」
「教会長さんじゃないかな。部屋の手配なんかもしてくれたでしょ」
「男ってどいつもこいつも!」
ミアは頭に血を上らせながらロデリック教会長の部屋を目指して飛び出した。
幸いにもリレは机に立て掛けた父親の写真しか荷物を出していなかったため、元の部屋を片付ける手間はほとんど無いと言えるだろう。しかしその写真が見当たらなかったため、写真を回収するために部屋を出た。
ミアの部屋のドアには「ミア・シェリン/リレ・シーノラ」と書かれており、間違いでも何でもなく同室にされたということだろう。
リレの元の部屋に着くと、扉には「タウ」と書かれていた。彼女に部屋を充てがう際に部屋そのものが足りなかったのだろうか。ノックをし扉を開けると、机に座りノートに何かを書いているタウの姿があった。元々着ていた変な服――ジャージは構造解析のために技術班に回収されており、簡素なローブを代わりに着ていた。
「ここに住むことになったんだね」
タウはリレの方を向き、首を縦に振った。
「え、違うの?」
タウは少し上を見ると、今度は首を横に振った。
「やっぱりそうなんだ。よろしくね」
リレの差し出した左手にタウも左手を差し出し握手をする。
リレが視線を机の方にやると、父親の写真が置かれていた。
「あ、その写真、俺のお父さんのものなんだ。持っていってもいいかな?」
再びタウは首を横に振ると、リレは「ありがとう」と言って写真を回収し部屋を出ていった。
「文化違いすぎでしょ」
リレの背を見送るとタウは再び机に向き直った。
日本では首を縦に振ることが肯定、横に振ることが否定となるが、この世界では見事に正反対だったことに憤慨しているのだ。
「ギリシャかっつーの」
文句を言いながら、タウは懸命にペンを走らせる。
『すまないが一週間で最低限の会話ができるように勉強してほしい』
とあの後Σ大元帥に言われたためだ。
内なる断魔晶のためかヒアリングはできているため、発声と単語理解さえしてしまえば会話はできるだろうと考えた。そのため辞書を開きながらまずは単語の理解ということで勉強に精を出すのであった。
部屋を飛び出したミアはロデリック教会長の部屋へ向かっている最中に、ある人物にぶつかってしまった。
「あっ、ごめんなさい」
頭に血が上り前が見えていなかったミアは頭を下げる。
「気にしないでいいよ。どうしたんだいそんなに急いで」
ぶつかった相手はミハトだった。
鍛え上げられた体幹は華奢なミアにぶつかっただけではブレることなく、ミアだけを突き飛ばしていた。
「ミハトさん聞いてくださいよ実は……」
目を覚ますとリレと同室になっていた文句を言いに行くところだったと伝えると、ミハトは声を出して笑い始めた。
「それ私がやったんだよ!気に入らなかった?」
ミアは目を丸くした。
まさかミハトが仕組んだとは思っていなかったためだ。
「いやーあんたらお似合いだし部屋も一緒の方が仲良く強くなれるだろう?そう思って勝手にリレを動かして今ロデリックに事後報告してきたところさ。怒られたけど、もうリレの部屋も無いからどうしようもなくってさあ」
けらけらと笑いながらミハトは言う。
あまりのことにミアの怒りはどこかへいってしまった。
お似合いという意味がよくわからないが、共同生活することでお互いのことを理解して高め合おうということはなんとなくわかった。
「まあそういうことだから。飯食ったらリレを連れていつもの部屋に来な」
ミハトはそのまま去っていった。
その場に残されたミアは深いため息を吐いてとぼとぼと部屋へ戻った。
部屋の扉を開けると、リレが机の上に何やら写真を立てていた。
「何してんの?」
「お父さんの写真を飾ろうと思って」
「ふーん」
自分とは異なり父親のことをよく知らないながらも敬愛するリレの姿を見て、ミアは複雑な気持ちを抱いていた。
「まあどうでもいいけど……ここから先は来ないでね」
「はーい」
ミアは手元にあった長い布を部屋を分断するように広げ、部屋を仕切った。
リレも痛い思いはしたくないので返事をし、ミハトの元へ行くための準備を始めた。
それからは、午前中に勉学に励み、午後に戦闘訓練という日々が続いた。
勉学面においては主に歴史と地理についての授業だった。
およそ三百年前、ある日突然機械人形が現れ、それらを統治する『ドゥクス』と名乗る集団が現れた。その首魁こそがリレの対峙したファーストである。
機械人形への対抗策を模索していたところ、当時は持て余されており利用すると犯罪扱いだった断魔晶を用いた討伐が考案された。これを主導したキューロ・ナハトなる人物により『教会』は設立され、断魔晶によって機械人形を討伐する教会騎士が最前線で戦う現在の形式が出来上がったという。
十五年ほど前までは不定期的に変異型機械人形なるものも現れたらしいが、ここ近年はめっきり姿を現さないという。
地理については大雑把なことしか学ばなかった。
この『教会』本部が設立されている中央大陸と、それを中心に斜め四方向に存在する各大陸の計五つの大陸が存在する。
世界的に親しまれている『ダンダーリャ英雄譚』によると元々大きな一つの大陸だったようだが、英雄ダンダーリャによって五分割されたという。ただし所詮は創作であり眉唾物だとミハトは笑っていた。
なお北限まで到達するとそこが南限となっており、地図の上へ向かうとそのまま下に出てくるような地理らしい。同様に東へ向かうと最終的に西側から戻ってくる。このことから世界はドーナツ型になっているのではないかという考察がされていると付け加えられた。
一方で戦闘訓練は多少の成長こそあったものの特別大きな進展は無かった。
ミハトの攻撃速度や攻撃力には慣れてきており、リレとミアの連携もできるようになってきた。
格闘術が素人レベルだったミアはミハトやリレに指南してもらい独自の格闘術を身につけることになり、その訓練を絶やさず繰り返した。一方でリレは『極煌星』の発動の切り替えをより素早く柔軟に行えるように訓練し、大剣による戦闘と至近距離での格闘術を織り交ぜた戦法を洗練していった。
時折ロデリック教会長や教会騎士第十八位オード・ブロスなどが様子を見に来ては稽古付き合いと称するストレス発散に付き合わされるなど痛い目に遭いながら、かれこれ七ヶ月が経っていた。
「というわけで今日からは本格的に機械人形と戦う修行だ。教会騎士見習いとしては最も死亡率の高い修行であり、これを乗り越えなければ教会騎士にはなれないものでもある。機械人形に遭遇できるかは運次第だが、遭遇して各々三十体は倒すことが最低条件となる。哨戒任務では長いこと帰還できないことはあるのでそれも兼ねた修行だ。何か質問は?」
「「ありません」」
リレ達が『教会』本部に到着しミハトの下で修行し始めたのが一月の中頃だったが、各支部の再編は一月の頭に行われる。つまり九月までに実地訓練をしなければ再編に間に合わないということである。
ミハトの説明通り死亡率も高く、八月という寒い時期に行われることで寒さとの戦いにもなる。これを乗り越えなければ正式に教会騎士となることはできない。
リレもミアも崩廻に到達することはできなかったものの、機械人形よりも遥かに強いミハトと戦える程度には強くなった。
その力を示すためにミハトを監督官としてこの修行に挑む。
――この修行がリレ、ミア、ミハトの三名の運命を大きく変えることになるとはこの時誰も知らなかった。




