第10話 逃避
食堂はなかなかの賑わいを見せていた。
教会騎士は任務で不在のことが多く、ここを利用する者の大半は技術班か医療班の面々である。
「あの女の子かわいいなあ。新入りだっけ?」
「潜在型だから武器なんて作れねえぞ」
「あっちの少年の大剣、作ったの誰よ。身体に合ってないじゃないの」
「あれも潜在型なんだってよ。断魔晶の意志でアレなんだと」
二人が食堂へ入ると、新人であるために注目が集まった。
既に二人が潜在型断魔晶の所有者であることは認知されているらしい。
「え、これ何?あっこれも見たことない」
ミアは周囲からの視線よりも、隣の少年があらゆる食べ物に目を輝かせている姿の方が気になった。
「じゃあ私これ食べるから。あんたはそれにしなさいよ」
「えっ、それ俺食べたいのに」
「少しあげるから」
リレの行動があまりにも鬱陶しいので、ミアは自分のものをあげることでその行動を止めようとした。リレも量はともかく知らない料理をたくさん食べられるということで気分が高揚していた。
ラルフ元帥がまともに料理をせず、適当に肉を焼く、野菜は切るだけなどのとりあえず口に入れば良しというスタンスだったことが原因で、リレにとっては未知の食べ物ばかりだったのだ。
結局リレは叩いて伸ばした麺と具材をスープに入れたものを、ミアは米を具材と共に炒めたものを注文し、ミアは取り分け皿に自分のものを少し分けてリレにあげた。
「ここいいかな?」
「いいですよ」
食堂の長机に並んで座りリレが食べるのに舌鼓を打っていると声をかけられたので、ミアは姿も見ずに返事をすると目の前にとある二人が座った。
筋骨隆々とした白髪の男と手足の細い少女――『鉄拳』Σ大元帥と、リレとラルフ元帥が本部へ来る途中で助けた少女である。
「調子はどうかね、リレ君」
二種類の料理を頬張るリレにΣ大元帥は声をかける。知り合いと呼べるほどの仲でもないが、顔は覚えていたので口の中のものを急いで飲み込んだ。
「いやしんどいですよ。オードさんもミハトさんも強いし、ミアにも負けかけたし。全身痛くてご飯が不味かったら嫌になるくらい」
飯が全てなのかとミアは少々呆れ気味だったが、今のリレにとってはびっくりするほど美味しい料理こそが頑張るための原動力になっていた。
「でもはっきりわかりました。俺はまだまだ強くなれるって。いつか師匠みたいな元帥になりたい、って夢は無くなりましたけど。だけど師匠と肩を並べて戦えるくらい強くなりたいって気持ちは変わってません」
そうΣ大元帥に胸中を打ち明けた。
それはリレの決意表明であり、ただ父親から逃げ出しただけのミアの気持ちを揺さぶるくらいのことはできた。
「それならよかった。君はどうだい、ミア・シェリン君」
「えっ、あっ、あの」
まさか自分に声をかけられるとは思っていなかったので、ミアは素っ頓狂な声を出してしまった。
リレはラルフ元帥に育てられたことで感覚が狂っているのだが、元帥と呼ばれる存在は基本的に雲の上のお方といった扱いであり、ミアもその認識だった。
「えっと、ただ逃げるだけじゃダメだなって。もっと強くならないとって」
ひたすらに突っ走る隣の少年にやや感化されたミアの口からはそんな答えが出た。
ところがΣ大元帥は予想外のことを口にした。
「逃げてもいいんだぞ。逃げるのが悪いなんて誰が言ったんだ」
元帥ともあろう人間が「逃げてもいい」と言うとは思っていなかったため、ミアは目を丸くした。
「そりゃ進んだ方が多くのものを得られるかもしれないし、より強くなれるとは思う。だが時には逃げることも大事だ。がむしゃらに突っ走って全てを失うよりはずっといい」
Σ大元帥はそう言っていたが、逃げた結果両親や家を全て失いここへ来たミアにとっては受け入れ難い言葉だった。
「いえ……私は強くなるしかないので……」
そう言ってミアは食べ残したまま立ち上がりどこかへ行ってしまった。
「ミア?食べるぞ?いいか?」
すたすたと離れていくミアは振り返らない。返事を貰えなかったリレはそのままミアの残りも余すことなく食べる。
「ところで君、名前は?なんであんなところにいたの?」
リレは口の中のものを一旦飲み込むと、少女へと声をかけた。
少女は一瞬怯えた表情になり、そこへΣ大元帥は耳打ちした。
「タウ……」
「タウか、よろしくな!」
消え入るかのような声でタウと名乗った少女にリレは笑いかける。
タウは人付き合いが苦手なのかほとんど会話には加わらず、リレとΣ大元帥は他愛無い話をしながら食事を終えた。
「タウも教会騎士になるんですか?」
立ち上がったΣ大元帥とタウに疑問を投げかける。
タウの手足は細く、とてもではないが武器を振るえるほどの腕力があるようには見えない。
それでもリレは聞かずにはいられなかった。
「タウについてはまだ詳しいことは決まっていない。何か決まって伝えられそうだったらその時は伝えよう」
そう言って二人は去っていった。
「この子を殺すのは反対だ」
「異世界人だぞ。どんな危険があるかわからん」
ロデリック教会長の部屋では二人の元帥が言い争っていた。無論、議題はラルフ元帥が助けた異世界人と思われる少女――タウの処遇についてだ。
「確かに我々を襲った異世界人達は戦士然としていてこの子のような装いではなかった。であればこの子を殺す必要などどこにも無かろう」
かつて襲ってきた異世界人は自分たちの世界で使える戦士を集めるためにこの世界へやってきたという。そのため全員が戦うための訓練を施されており、放置しておけば死にそうなタウとは全く違う雰囲気だった。
「だとしても摘める芽は摘んでおくに限る。貴様を殺してでもその子は殺させてもらう」
話し合いの場が場なので椅子に腰をかけたままだが、ラルフ元帥は今にもΣ大元帥とタウへの殺気を出している。
「なら、Σ大元帥が付きっきりでこの子の面倒を見る。ただし、何か不穏な兆候を見せたらΣ大元帥でもラルフ元帥でも、もちろん僕でもいい。誰かが確実にこの子を殺す。それでどうかな?庇うならΣ大元帥でも諸共始末していい」
ロデリック教会長はこう提案したが、内心では最高戦力のひとつであるΣ大元帥を失うことは避けたいと思っている。
それでもなおこのような提案をした理由は、彼のことを信頼しているからだ。
「第一、なぜこの娘を庇う?貴様が異世界人に肩入れする理由は何だ?」
「それは私も異世界人だからだ」
「「えっ」」
「同郷の友を見殺しにするのは嫌というだけのことだ」
突然の告白にロデリック教会長とラルフ元帥は思考が停止する。
「ではそのようにさせていただく。……私についての詳しいことはまたそのうち」
そう言ってΣ大元帥はタウを引き連れて部屋から出ていった。
部屋に取り残された二人は顔を見合わせた。どういうことだ?まさか我々の敵なのでは?そういった話を少ししたが、結局のところ本人が吐かない限り堂々巡りとなる話だったのでその場は解散することになった。
『良かったの?暴露しちゃって』
「ああ。いずれ言わなければいけないことだった」
タウの本名は白附雫といい、Σ大元帥がかつていた世界――地球という星の日本という国に住んでいたΣ大元帥の幼馴染だった。
つまり日本人ということだ。
しかしなぜか初めて耳にするこの世界の言葉を理解できており、聞くだけならば問題無くできている。
特別英語などの成績が良かったわけでもないため、Σ大元帥はこの長所は断魔晶によるものと考えていた。
だが日本に断魔晶は存在せず、Σ大元帥も自身の師匠である先代『鉄拳』当主のΡに託される形で断魔晶を手にしている。
およそ五十年もの間避けてきた、この世界の謎と向き合わねばならない時が彼にも訪れた。
間違えて11話以降を先に投稿していました。
読者の皆様にはご迷惑をおかけして申し訳ありません。




