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『肥後の鶴』殺人事件  作者: にちりんシーガイア
第十二章
12/16

誘拐

 城戸は、思いついて、携帯電話で警視庁に発信した。すると、小国刑事が出た。

「小国君、君に調べてほしい事があるんだ」

「何でしょうか?」

「熊本中央署から藤川雅彦という男の身辺捜査を依頼されていると思うんだが、そいつの通帳を注意して調べてくれないかな?」

 すると、小国が、興奮した声を出してきた。

「警部、藤川という男の通帳ですか?それならもうすでに調べ終えて、気になった事があったので警部に報告しようとしていた頃なんですよ!」

「ほお、以心伝心いしんでんしんとはこの事か。それで、何だって?気になる結果が出たのか?」

「ええ、そうです。藤川の通帳によると、四ヶ月前から毎月五十万円が振り込まれているんです」

「どうやら、私の予想通りの結果が出たようだね」

 城戸が、安心した様子でそう言った。

「警部、それだけではありません。その五十万円は、細谷の口座から五十万円が引き出された同じ日に、藤川の通帳に振り込まれています。警部、藤川は、細谷を脅迫していたんですね?」

「ああ、その通りだよ」

「しかし、警部。一つわからない事があります」

 小国は、急に声を落として言った。

「何だ?」

「その藤川の口座に五十万円が振り込まれた翌日、決まって四十万円が引き出されているんですよ」

「何だって?つまり、藤川の手元には、十万しか残っていないのか?」

「ええ、その通りです。藤川を通して、誰かが四十万円を受け取っているんですよ」

「問題は、その誰かとは何者かという事だな―――」

 城戸は、溜息交じりに行った。

 少しの沈黙の後、小国が、

「もう一つ、ついでに報告してもよろしいですか?」

「何か、わかったのか?」

「ええ。警部から言われて、絵画の鑑定業者を洗ったのですが、一つ該当する鑑定業者があったんですよ」

「君が言っているのは、田島が鑑定を依頼した業者のことだな?」

「その通りです。それで、東京のある業者が、田島と似ている男から『肥後の鶴』の鑑定を依頼されたと証言しています。その『肥後の鶴』を受け取ったのはいつかと問うと、田島が絵画を友人に貸すと言って運び出した日と同じでした」

「それで、鑑定結果はどうだったんだ?」

 城戸は、小国をかした。

「鑑定結果によると、その『肥後の鶴』は贋作という結論でした」

「やはり、そうか」

 想定していた事実ではあるが、思わずそれに驚いてしまう。

「警部、実は、もう一つお伝えしたい事があります」

「何だ?」

「これは、あくまでも参考程度に聞いてほしいのですが―――」

 小国が、遠慮して控えめに言った。城戸は、そんな小国に、

「別に構わないから、是非聞かせてくれ」

 と、促した。

「今、一部の週刊誌で取り上げられているのですが、ジャパン交易で一億円が横領されているんことが分かったんです」

「ほお、ジャパン交易と言うと、細谷の恋人が働いているところだったな」

 城戸は、色々な意味を含めて言った。

「はい、その通りです。それで、気になるのが、一億円を横領したのは、同じジャパン交易の秘書課に在籍する人間ではないかということです。まあ、これは、週刊誌がそう書き立てているだけですがね」

「つまり、君は、細谷の恋人・木下巴が秘書課に在籍しているから私にそれを報告したんだね?」

 城戸が、念を押すように訊いた。

「はい、その通りです。ただ、今回の事件と関係があるとは言い切れませんが―――」

「わかった。頭の片隅で記憶しておくよ」

 城戸は、そう言って電話を切った。

 そして、彼は、直ぐに山辺へ報告した。

「やはり、田島の『肥後の鶴』は贋作だったか。したがって、城戸の推理で話の筋は通るな」

 報告を聞いた山辺は、一旦安堵の表情を見せていったが、表情を険しく一変させて、

「藤川も何者かに金を払っているのか。それはまたどういう事なんだ?」

「取り敢えず考えてみたんだが、その結果、脅迫したのは藤川ではなかったという考えに至ったよ」

 城戸は、そんな山辺を見て答えた。

「つまり、どういうことなんだ?」

「私が言いたいのは、藤川の後ろに何者かがいるんだ。その藤川の背後に潜む人間が、間接的に細谷を強請っているんだろうな」

「ほう。その藤川の背後の人間というのは、誰なんだ?」

「恐らく、田島だよ。そう考えると、一つの謎が解けるんだ」

 城戸の目は、鋭くなっていた。

「どんな謎が解けるんだ?」

「田島は、細谷から買い取った『肥後の鶴』が贋作であると気付いてから、何故四ヶ月もじっとしていたのかという謎が解けるんだ」

 城戸は、立ち上がってから説明を続けた。

「結論から言うと、実は、田島はすでに四ヶ月前から動いていたんだ。彼は、その贋作の作者である藤川に目を付けて、味方にしてから細谷を脅迫させたんだ」

「しかし、何故そんな面倒臭いことをするんだ?」

「それは、脅迫の効果を高める為だと思うよ。藤川は、細谷にとって怖い人間だったと思う。それは、贋作を田島に売ったことを握られているからだ。田島は、その藤川を利用したわけだ。『贋作を本物の値段で取引したことを田島に密告するぞ』とでも藤川に脅させたのだろう。細谷は、田島が贋作のことを知っているとは思わないから、それに従うわけだ。田島に真実を知られて、例えば法的措置を取られたりしては困るから、細谷は、否応なしに要求を呑んで、忠犬のように従ったはずだ」

「では、藤川の手元には、十万円が残っているんだよな?それは、何なんだ?」

「恐らく、報酬ということだろう。十万位は残しておいて、黙らせるつもりだろう」

 山辺は、少し納得した様で、肯いていた。しかし、残りの疑問を城戸にぶつけた。

「確かに、そこまでの話の筋は通っているから納得したよ。ただね、そういう風に上手く藤川、いや、田島は金を手に入れられていたんだが、殺人事件が発生してしまったんだ。その犯人は田島らしいが、それはどうやって説明するんだ?」

 山辺の質問に、城戸は表情を険しくした。

「まあ、何かトラブルが起きてしまったんだろう」

 彼は、その程度の返答しかできなかった。

 それから数日後、相変わらず田島と天野冴子の行方はわからない。いくら捜査員を動員させても見つからない二人に、城戸と山辺は怒りを覚えるほどだった。

 城戸は、怒りを覚える一方で、これだけ見つからないのならば、二人は今や死体と化しているのではないかと心配もしていた。

 とはいっても、死体として見つかるのは、天野冴子の方だろう。何故ならば、今のところ田島が犯人という結論に至っているからだ。田島とトラブルになって殺害されてしまう可能性はある。

 そんな不安と怒りに苛まれているとき、捜査本部の電話が鳴り響いた。山辺がそれを取って、いつものように何気なく対応した。

 暇を持て余していた城戸は、そんな山辺を無意識に見つめていた。

「え、何だって?それは、本当に天野冴子で間違いないのか?」

 山辺が、そんなことを言って驚いていた。

 城戸の頭に、不安がよぎった。どこかの警察から、手配中の天野冴子らしき死体が見つかり、その報告の電話なのではないかと考えたからだ。

 受話器を戻した山辺に、城戸は、前のめりになって、

「おい、今の電話は何だったんだ?」

 と、聞いた。

「天野冴子が見つかったそうだ」

「見つかったって、もしかして―――」

「いや、心配しなくても、死体で見つかったわけではないそうだ。大津市内をさまよっていた天野冴子を、通報を受けた大津署が保護したそうだ」

 城戸の狼狽ろうばいした目が元に戻った。

「山辺、それなら大津署に急ごうじゃないか」

 城戸は、山辺をそう促して、大津警察署へ急行した。

 大津警察署に着くと、そこの捜査一課の刑事が、二人に、大津市内のある場所でふらつきながら歩く天野冴子を通りすがりの人が通報し、駆け付けた警官がそのまま保護したという説明を受けた。

 そして、天野冴子と面会をさせてもらえることになった。

 冴子は、警察署内の広い会議室に、ポツンと座って佇んでいた。顔を俯かせていたが、城戸と山辺が入ってきたことで、目が覚めたかのように顔を上げた。

 そんな彼女に会釈をした山辺が、警察手帳を見せながら言った。

「突然、申し訳ありません。私は、阿蘇警察署捜査一課の山辺です。こちらは、警視庁捜査一課の城戸警部です」

 彼は、冴子に向かい合う形で座り、説明を続けた。城戸も、山辺の隣に座って、冴子の表情をうかがうようにしていた。

「それで、ご近所の方が、四日の日からあなたを最近見かけなくなったと言って心配していたんです。ご自宅の方も、鍵が開いたままでいなくなっている様子でしたので、事件性を疑って、阿蘇警察署の方で手配させていただいていました」

「それは、ご迷惑をかけてしまいましたね」

 冴子は、一礼した。そんな彼女に、城戸が声を掛けた。

「それで、今からいくつか質問しますので、お答えしてほしいと思います」

「ええ、構いませんよ」

 冴子は、笑顔で答えた。

「ご協力ありがとうございます」

 城戸も、笑顔で一礼して、質問を始めた。

「まず、今まで何をしていらしたのですか?」

「私、誘拐されていたんです!」

 突然興奮した口調で訴える冴子に、城戸と山辺は驚いた。

「誘拐ですか?とにかく、落ち着いて詳しく教えてください」

「あ、すみません。つい、興奮してしまいました」

 彼女は、我に返ったかのように落ち着きを取り戻した。

「四日の事から順に、詳しく話していただけますか?」

「はい。まず、四日の朝はいつものように家に居ました。すると、家のインターホンが鳴ったんです。なので、玄関の戸を開けて出てみると、目出し帽をかぶった男が居て、いきなりナイフを出して脅されました。何もできないまま、家の前の道路まで連れて行かれ、車に乗せられました」

「車というのは、どんな車ですか?」

 城戸が、手帳にペンを走らせながら訊いた。

「キャンピングカーでした。確か、白地に青の一本線が入ったキャンピングカーです」

「ナンバーはわかりますか?」

「いいえ、落ち着いてみることができませんでした」

「そうですか、仕方ないですね。それでは、続けてください」

「はい。キャンピングカーに乗せられた後、直ぐに手足を縛られてしまい、目隠しもされてしまいました」

 すると、山辺が、質問をした。

「そのキャンピングカーに他の人は乗っていましたか?」

「はっきり覚えていないので断言はできませんが、居なかったと思います」

「つまり、目出し帽の男一人ですね?」

 山辺が、念を押すように訊いた。

「はい、そうです」

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