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『肥後の鶴』殺人事件  作者: にちりんシーガイア
第十一章
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熊本城西大手門

 八月も中旬が近づいたある日、朝の散歩をしていた中年の男から、西大手門で男の死体を発見したという一一〇番通報があり、熊本中央くまもとちゅうおう警察署捜査一課の田中たなか警部と西村にしむら刑事が駆け付けた。

 西大手門とは、熊本城の敷地にあるやぐら門で、三つある大手門の内、最も格式が高いとされている。この門を通ると、奉行丸ぶぎょうまるという奉行所があり、肥後の政治の中心地があった。一六三二年(寛永かんえい九年)に肥後へ入国した細川忠利(ただとし)は、西大手門で駕籠かごを降り、肥後五四万(ごく)を頂いた感謝として深々と礼をしたという。

 その西大手門のある西出丸にしでまるは、当時の防衛拠点で、加藤清正が「西から敵に攻撃されてもここだけで百日は持ちこたえられる」と豪語したほどの鉄壁の防衛がなされていた。

 死体は、西大手門の端の石垣にもたれかかっていた。まだ二十代ぐらいの若い男だった。

 田中と西村が到着すると、既に検死官が腰を低くして死体を調べていた。二人は、その検死官の横で、中腰の体勢になって結果の判明を待ちわびた。

「死後四時間は経過しているよ。少なくともね」

 老いた検死官は、田中の方を見ていった。

 田中は、そう言われると、立ち上がってから腕時計を見た。針は、午前六時を指している。

「すると、二時か」

 西村は、死体のそばに落ちていたカバンを調べていた。

藤川ふじかわ雅彦(まさひこ)、二九歳。職業は、画家の様ですね」

 財布から、名刺を取り出して、西村がその文面を読み上げた。

 次に、運転免許証を取り出して、西村が住所を確認する。

「警部、藤川は、東京の人間ですね」

「東京か。身辺捜査は、警視庁の仕事になりそうだな」

 田中は、嬉しそうにも、面倒臭そうにも見える言い方をした。

 その後、藤川の死体は、担架で運ばれていった。鑑識が、死体のあたりを調べていたが、これといった特別なものは無い様なので、田中と西村は、早くも現場検証を終え、熊本城から撤収した。

 早速、捜査一課の入り口に、「熊本城男性刺殺事件捜査本部」なる張り紙が貼られた。

 その捜査本部で、田中と西村は、ある手帳に視線を集中させていた。田中は、何か判明する事実がないかと、期待を寄せていた。

 まず、八月のページから見ていく。事件のあった一二日、つまり今日の欄から見ていく。そこには、次のように記されていた。


〈熊本城西大手門 AM2:00〉


「誰かと待ち合わせていたんですかね?」

 西村が、田中を見て言った。田中は、手帳の文字を凝視したまま、

「わからんが、もし誰かと待ち合わせていたならば、そいつが犯人だろう。だが、肝心の相手が誰だかわからないんだ」

 と、悔しそうに言った。

 西村は、田中の声を聞きながら、他の日にちの記載についても眺めていた。すると、西村の目が、八月五日のところに釘の様に刺さる。


〈草千里前駐車場 AM2:00〉


 この記載に、西村は、引っ掛かるものがあった。

「警部、五日の欄を見て下さい」

 田中は、呑気のんきな様子で言われた通り五日の欄を見た。

「草千里前駐車場に午前二時か。これが、どうかしたのか?」

「この八月五日の草千里と言えば、美術商が刺殺されたという事件があった場所ですよ!」

 西村は、興奮した口調でそう訴えた。田中の呑気な顔つきが豹変ひょうへんする。

「おい、つまり、被害者の藤川という奴は、その草千里で起きた殺人事件の犯人なのか?」

「まあ、犯人とは言い切れませんがね、現場に居たことは変わりなさそうですよ」

「ほお、被害者は、どうやら他の事件ヤマに関わっているようだね」

 田中は、微笑ほほえみみながらそう言った。

「警部、その草千里の事件は、阿蘇署で調べているはずです。連絡しますか?」

「勿論。連絡を頼むよ」

 田中がそう言うと、西村は、電話の受話器を取った。すると、田中が、

「君、警視庁へ身辺捜査の依頼も忘れない様にな」

 と、付け加えた。

 熊本中央署からの連絡を受けた山辺は、直ぐに城戸へ報告した。

「やっと、フジカワという人間が捜査線上に浮かんだか」

 城戸は、そう呟いてから、田島邸の書斎にあった手帳について話した。

「つまり、熊本城で殺された藤川雅彦は、今回の事件に何らかの形で関わっているのか」

 山辺は、そう言って肯いてから、説明を続けた。

「それで、向こうの警察が、こちらの事件との関連性を疑った理由はちゃんとあるんだ。被害者の手帳の八月五日の午前二時に、誰かと草千里で待ち合わせををしていたと思われる記載があったらしいのだ。それはつまり、細谷が殺害された日時に草千里へ行く予定があったことを意味するのは、城戸もわかっているだろう」

「ああ、わかっている。ひょっとすると、細谷を脅迫していたのは、その藤川という奴だろう」

「藤川が細谷を脅迫したとして、細谷が死んだ後になぜ殺されるんだろうか。他に藤川を殺す動機があるものが存在するのか?」

 すると、城戸は、山辺の問いに答えないまま、事件の関係者が整理されているホワイトボードの前に立ち、それを睨む様にして見ていた。

「細谷は、田島を騙して贋作を売りつけたんだ。その贋作は、細谷が自分で準備したものだろう。しかし、細谷はあくまでも美術商である。一流の画家の絵をそっくりそのまま描けるとは思えない。つまり、贋作を作ったのは、細谷ではなく他の人物がいるのだ―――」

 城戸は、そう自分に言い聞かせていた。その時、山辺は、

「藤川も、『肥後の鶴』とどこかでつるんでるのかな?藤川の職業が、画家というのは偶然なのかな」

 と、独り言を言っていた。城戸は、その山辺の独り言に、反応を示した。急にホワイトボードに背を向けて、山辺に強い視線を浴びせた。

「山辺、藤川の職業は、画家と言ったな」

「ああ、向こうの警察によるとそうだ」

「『肥後の鶴』の贋作の作者は、藤川だよ」

「確かに、藤川は画家だからな。すると、細谷と藤川は繋がっていたのか」

「ああ、そうだよ。細谷は、贋作を売って田島を騙す為に、藤川を使って贋作を用意させて、結託していたんだよ」

 城戸は、目を輝かせていた。しかし、山辺は、まだどこか腑に落ちないようだ。

「しかしね、藤川は細谷を脅迫しているんだよ」

「それは、藤川が裏切っただけだよ。藤川は、細谷と結託しているのだから、田島を騙して贋作を本物の値段で売ろうとしているのも知っていたはずだ。細谷は、藤川を信頼していたから仲間にしたのだろう。しかし、藤川は、それを悪用した」

「冷静に考えてみれば、細谷にとって一番危険な人物は、信頼を置いていた藤川だったというわけか。田島を騙したこともすべて握っていたんだからな」

「ああ、つまりはその通りだ。藤川は、『贋作を本物の値段で売り付けたことを田島に告発するぞ』とでも脅したんだろうな」

「しかし、田島は、既に細谷から買い取った『肥後の鶴』が贋作だとわかっているんじゃないか?」

「確かにそうなんだが、藤川はそこまで気付いていないと思うね」

 城戸は、目を鋭くして言った。次に、山辺も目を鋭くする。

「そんな藤川は、次に細谷が、作者の天野を口封じの為、事故死に見せかけて殺害したことを握ったんだ。藤川は、その事実確認をし、強請ゆする額の上乗せを迫る為、細谷を阿蘇へ呼び出したというわけか」

「しかしね、細谷は、藤川と会う前に死体と化してしまった。それは、田島によってだろうな」

「城戸、そうなると藤川の殺害についても田島の仕業か?」

「ああ、間違えなく田島の仕業だよ。田島が細谷を殺害したのは、細谷が自分を騙して贋作を本物の値段で売り付けてきたからだ。『肥後の鶴』を使った詐欺を企んだ細谷に罰を与えるつもりで殺したんだ。藤川も同じだよ。田島からしたら、藤川だって、細谷と結託して贋作を描いた男だ。最終的に、藤川は細谷を裏切るわけだがな」

「天野冴子が姿を消したのも、田島は絡んでいるよな?」

「ああ、絡んでいるはずだ。田島は、自分をだました連中の始末と共に、本物の『肥後の鶴』を手に入れる計画も実行したんだ。そこで、作者の妻・冴子が本物の『肥後の鶴』を所持しているのではないかと目を付けて、連れ去ったんだ。家から『肥後の鶴』が消えているから、田島はもう手に入れているかもしれん」

 城戸と山辺は、二人で積み木の様に推理を積み上げていった。二人が積み上げて出来上がった容疑者は、田島尚行である。

 次に、山辺は、疑問を城戸にぶつけた。

「前から疑問に思っていたのだが、細谷は、何故『肥後の鶴』を使った詐欺を企んだんだ?細谷は、そういうことを常習的に繰り返す詐欺師なのか?」

「いや、そういう詐欺師とかではないみたいなんだ。ただ、細谷の友人の証言によると、殺される少し前から大金が必要な出来事がどうもあったらしい。その大金を用意する為に大きな取引も行うとも言っていた。その大金が必要な出来事というのは、まだ詳しくわかっていない。しかし、大金を用意する為の大きな取引というのが、『肥後の鶴』の取引というのは事実とみていいと思うよ」

 城戸は、そう言ってから、ホワイトボードにまとめられた相関図を見つめた。そして、

「結局、田島が動かなかった四ヶ月の隙間は何だろうか?贋作を本物の値段で買っておいて、田島が呑気に行動を起こさないとは考えにくいんだが―――」

 と、呟いた。

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