キャンピングカー
冴子は、説明を続けた。
「それで、手足を縛られ目隠しをされた後、車が動き出しました。ただ、どこに行ったのかはわかりません。それで、少し走った後、車が止まりました」
「少し走ったというのは、どれくらいの時間かわかりますか?」
冴子は、少し考えていたが、
「それは、わかりません」
と、返事した。
「車が停まって、どうしたんですか?」
「いきなり目隠しを取ってくれたと思ったら、目出し帽をかぶったままの男が、『俺は、君の夫が描いた本物の『肥後の鶴』を探している。それを俺に寄越さなければ、殺してしまうぞ』と、脅してきたんです」
城戸と山辺は、お互いの目を合わせた。それは、二人共、冴子の証言により、犯人が田島であると確信したからだ。やはり、田島は、本物の『肥後の鶴』を求めて天野冴子を誘拐したのだ。二人は、それを確信したのだ。
「それで、そう脅迫されて、あなたはどう返事をしたのですか?」
「仕方なく犯人の要求を呑みました。『肥後の鶴』は、私が夫の作品の中で一番好きな絵だったので、他人に簡単に手渡すのはしたくなかったのですが―――」
「それで、要求を呑んだ後、どうなりましたか?」
城戸が、冴子に訊いた。
「犯人は、『肥後の鶴』がどこにあるのか訊いてきました。なので、仕方なく正直に家にあると言いました。すると、相手は、また私に目隠しをしてどこかへ走り、少しすると車が停まって、それから再び走って、解放されたんです」
「恐らく、あなたの自宅へ向かったんでしょうね」
城戸が、自分の手帳を見ながら言った。
「『肥後の鶴』は、犯人の手に渡ったのですか?」
冴子は、身を乗り出して訊いてきた。
「あなたの家を調べさせてもらいましたが、『肥後の鶴』は、見当たらなかったので、犯人は手に入れているでしょう。手に入れたから、あなたを解放したのだと思います」
冴子の目が、悲しくなっていた。よほど愛着のある絵だったのだろう。
「また『肥後の鶴』が、奪われてしまうなんて―――」
冴子が、何気なく言い放った言葉を、城戸は逃さなかった。
「今、またとおっしゃいましたが、以前にも『肥後の鶴』が奪われたんですか?」
城戸がそう訊くと、冴子は、俯かせた顔を上げて釈明した。
「はい。今から半年以上前にはなるのですが、私は、誘拐されたんです。犯人は、今回と同じく目出し帽をかぶっていました。これは、後から聞いた話ですが、犯人は、夫に私と引き換えに『肥後の鶴』を要求したそうです。夫は、要求通りに犯人に『肥後の鶴』を手渡し、私は解放されました」
「警察に通報はされなかったんですか?」
「犯人から警察に通報するなと指示され、夫がそれに従ったのだと思います」
「そして、『肥後の鶴』は、その後どうなったのですか?」
「誘拐されて一ヶ月程が経った後、返されたんです。何だか、不思議な誘拐事件だと思ったんです」
すると、山辺が、城戸の耳元で囁いた。
「城戸、その誘拐の犯人は、細谷だな?『肥後の鶴』を強引に手に入れて、藤川に贋作を描かせたんだ」
「ああ、その通りだ」
城戸も、小声で答えた。
彼は、再び冴子を見て、
「あまり関係のない話で申し訳ないのですが、お答え願いますか?」
と、恐る恐る質問した。
「ええ、構いませんよ」
冴子の方は、笑顔でそう答えた。
「あなたの御主人は、高森町の崖から転落して亡くなったと聞きました。あなたは、そのご主人の死は、事故だと思いますか?それとも、事件であると思いますか?」
冴子は、少し困惑している様子を見せたが、
「正直わかりませんが、あなた方警察では、事故という結論を出されているので、私はそれに従って事故だと思っています」
と、答えた。城戸は、その回答に何か冷たさを感じた。
「大変な時にありがとうございました」
城戸は、そう礼を言って、聴取を締めくくり、大津署にあとは任せることにした。どうやら、病院で軽い処置を受けた後、自宅に戻るようである。
城戸と山辺も、阿蘇へ帰ろうとしたが、大津署の警官に引き留められた。
大津署の警官は、二人に冴子の証言にあった、白地に青い一本線のキャンピングカーが見つかったことを伝えた。冴子が、目出し帽の男に監禁されていたキャンピングカーである。
詳しい住所を聞いた後、城戸と山辺は、キャンピングカーの見つかった現場へ急行した。
キャンピングカーが見つかったのは、大津町で、見渡す限り田畑の広がる、人家の少ない静かな場所である。
しかし、二人が到着した時は、数台のパトカーと数十人の警官や鑑識課の人間で、辺りは騒然とした雰囲気が漂っていた。到着すると、直ぐに黄色い規制線をくぐって、白地に青い一本線のキャンピングカーへ駆け寄った。
中へ入ると、身を屈めている鑑識が、あらゆる場所を調べていた。そして、目線を上げると、何やら大きな絵画が置いてあった。城戸は、それが『肥後の鶴』であると直ぐにわかった。
山辺も直ぐに気付いたようで、
「おい、『肥後の鶴』じゃないか」
と、驚いていた。
何故、こんなところに『肥後の鶴』が置いてあるのだろうか?誘拐犯と思われる田島は、この絵を天野冴子の自宅から強奪したのである。田島は、このキャンピングカーが発見される前に消え去っていた。それなら、この絵も消え去っているはずなのだが―――。
城戸は、取り敢えず中を見て回ることにした。すると、茶色い封筒を見つけ、手に取ってみた。その封筒から、中に入っている便箋を取り出してみる。それには、コンピュータによって次の様に書かれていた。
〈前略
私、田島尚行は、人を殺してしまいました。詳しく言うと、美術商の細谷佑大さんと、画家の藤川雅彦さんを殺してしまったのです。そうなってしまったのは、今から五か月前、私は、細谷さんと『肥後の鶴』という幻ともいわれる絵を取引しました。しかし、取引した『肥後の鶴』を見て、私は違和感を感じてしまいました。もしやと思ってその絵を鑑定してもらうと、贋作だったことが分かりました。それを知った私は、その贋作の作者の藤川さんを利用して、細谷さんを脅迫し、毎月四十万を手に入れていました。細谷さんは、私を騙す為に贋作を作ったのです。そして細谷さんは、その贋作の制作に気付いた『肥後の鶴』を描いた本人、画家の天野肇さんを事故に見せかけて殺したのです。そのことに気付いた藤川さんは、また細谷さんを脅迫するつもりだったのです。それで、藤川さんは、細谷さんを熊本の草千里に呼び出しました。それが、八月五日の話です。私は、その前日、八月四日に、天野肇さんの妻・冴子さんを誘拐しました。そして、翌日、細谷さんに会って、「本物の『肥後の鶴』を渡さなければ、冴子さんを殺す」と、脅しました。私は、本物の『肥後の鶴』が欲しかったのです。しかし、今思えば、余計なことをしたものです。藤川さんが細谷さんを阿蘇へ呼んだと知ったとき、私も阿蘇へ急行し、細谷さんの泊まっている宿泊施設を探しました。そして、その夜、トラブルになってしまい、細谷さんを殺してしまいました。細谷さんの死体を見てしまった藤川さんも殺さざるを得なくなりました。そして、冴子さんに、本物の『肥後の鶴』の在りかを聞きました。そして、私は今度こそ、本物の美しい『肥後の鶴』を手に入れたのです。しかし、罪の意識が芽生えてしまいました。絵を奪っただけではなく、二つの命まで奪ってしまいました。その証拠に、この手紙を入れた封筒の近くに凶器を置いておきます。指紋が検出されると思いますが、それは私の指紋です。私は、その罪を死んで詫びるつもりです。明日、午前九時に通潤橋より飛び降りて、罪を償うつもりです。どうか、それを温かい目で見守ってください。 草々〉
城戸は、それを呆然として読んでいた。隣から覗き込むようにして読んでいた山辺も同じく呆然としていた。
「まあ、取り敢えず、今回の事件の犯人が田島だったのは確かの様だな。動機も推理通りだ」
山辺が、城戸を見ていった。
「そうだな。そして、明日事件に決着を付けなけらばならない。朝九時に通潤橋へ向かって、逮捕状がないから逮捕はできないから、身柄を拘束しておこう。それから、逮捕をすればいい話だ」
「ああ、田島には何としてでも死なせないぞ」
山辺は、力を込めていった。
城戸は、床の方へ視線を移した。すると、手紙に書いてある通り、封筒の置いてあった直ぐ近くに凶器と思われるナイフが置いてあった。刃の部分は、血で赤く染まっている。
近くの鑑識に頼んで調べてもらうと、確かに指紋があったという。ただ、今のところ、その指紋が田島の指紋であるかは証明することはできない。
「これで事件も一段落だな」
山辺は、清々しい顔をしていった。
一方、城戸の方は、あまりにも突然の解決を迎えようとして、自分が追いつけていないような感じがした。それは、自分の中で、田島が犯人という結論に何か違和感を感じるからであろう。しかし、その違和感が何なのか自分でもはっきりしておらず、田島犯人説に反対することはできなかった。
城戸は、そんな自分を歯がゆく思った。




