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後編


「彦星は、一昨日に任務で転生しました」


雨師さまが、悲しみを抑える顔で織姫に告げました。織姫は驚愕のあまり言葉が出ません。可愛らしい小さな口を、大きく開けて茫然自失です。


「お……し、ごとで、ございますか?」


「はい。天帝さまが、災いの星が流れたことを占いにて発見されました。その星を倒せる星は彦星でした。災いの星はこのままでは地上はおろか、地下世界、天上の安寧を揺るがす星なのです。今まではずっと流れずにたゆたうだけでした。しかし、流れて地上に転生してしまいました。そして、その災いの星を滅ぼすことができる唯一の星である彦星も後を追ったのです」


織姫にとって驚愕の事実でした。


「わたくしは……」


「彦星は、あなたを裏切ってなどいません。しかし、転生してしまった彦星は、もう二度とあなたの愛した彦星には戻れないのです」

転生とは、今の生を終えて新しく生まれることを指し示しています。もし役目を終えても、彦星はもう二度と彦星には戻れないのです。つまり、織姫は永久に愛した旦那さまを失ってしまったのです。


「あぁああ……そんな」


天帝さまの決めたことは絶対です。誰も、逆らえません。彦星も逆らえなかったのでしょう。もし、逆らえたとしても、心優しい彦星は世界が滅び行くのを見るにたえず、転生したことでしょう。ようするに、どちらに転んでも織姫は愛した人を失うのです。


「ああ!!」





その日、地上には大雨が降りました。普通の雨ではありませんでした。晴れ渡った青空から、真珠が降ってきたのです。その真珠は、命あるものにあたっても、建物にあたっても、けして傷つくことはありませんでした。

何故なら、地上にたどり着く頃には、真珠の雨は幻のように消えたからです。



真珠の雨が降った日、ある家でぎゅっと両手を握りしめた男の赤ん坊が生まれました。

赤ん坊の両親は驚きました。赤ん坊の手を開こうとしても開かないのです。困った赤ん坊の両親は、町の導師さまに赤ん坊を見てもらうことにしました。

そして、導師さまよりさらに驚愕の事実を告げられます。

導師さまいわく、この赤ん坊は世界を破滅より救うために、天上におわす天帝さまより遣わされた神子なのだと。定められた星の運命により、世界を破滅に導く星を持つものを滅し、世界に安寧をもたらすのだと。



数年がたち、大きくなった赤ん坊は十になりました。

彼はある日、近くの森へ行きました。竈にくべる薪を集めに来たのです。


「――さま」


彼がせっせと薪を集めていたとき、森の泉の方角から美しい声が聞こえました。

彼にはよく聞き取れませんでしたが、何故か自分を呼んでいるのだと確信を持てるのでした。その事に訝しく思いながらも、彼は足を忙しなく動かしました。

彼には、わかりませんでした。

声を聞いて、何故胸がしめつけられるのか。

声を聞いて、何故懐かしく思うのか。

声を聞いて、何故知っているのだと思うのか。

声を聞いて、何故安堵するのか。




「お待ちしておりました」


泉には、天女がいらっしゃいました。薄くも美しい布を肩にかけた佳人が、泉の上に浮いていたのです。

身にまとうのはきらきらした衣、夜空のような髪を飾るのは真珠のかんざし。紫玉のような大きな瞳は喜びと感動に満ち、彼を見つめています。

美しい佳人は、彼を見ていいました。


「会いたかった」


と。







「わたくしは」

愛する旦那さまに会えないとわかった織姫は、ふらふらとする体を雨師さまに支えられながら、天帝さまに申し上げました。


「もう一度、あの方にお会いしたいのです。姿がどのように変わられても、お会いしたいのです」


天帝さまは、愛する二人を離ればなれにしてしまったことを悔いていました。いくら星の運命とはいえ、織姫と彦星は互いを心の底から愛していたのです。


「叶えましょう」


だからこそ、天帝さまは織姫の願いを叶えられました。


「神子となった彦星に、神子たる運命を導く星となりなさい。彦星が運命に挫けたならば、支えるように。彦星が逆境に立ったら導けるように。支えになりなさい、彼の魂を導く灯となりなさい」





そして、織姫は再び見えたのです。

神子となった彦星は覚えていないでしょう。

しかし、それでも良かったのです。惹かれ、愛した魂に会えたのですから。





「記憶、感情は転生すれば失われる」


天帝さまは、地上のふたりの出会いを見ていました。


「しかし、絆は何事にも打ち克ちます。いつか――」


――いつか、焦がれる魂たちは再びひとつになるでしょう。





これは、ひとりの神子と彼を導く女神のおはなし。

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