9話 お風呂の革命
トイレ問題が片付き、リーリという心優しい「手話の友」もできた佐藤創太だったが、またしても強烈な「日本人としての限界」を迎えていた。
それは、お風呂である。
(毎日毎日、全裸で火を起こして煙に塗れ、土や泥のついた岩場に座ってるんだ……。いくら水洗トイレがあっても、体中が煤と泥でベタベタして気持ち悪すぎる!)
支給されるのは鉄製のボウルに入った冷水だけ。たまにナターシャがホースで冷水を浴びせて「洗浄」してくれるが、それはただの「家畜の丸洗い」だった。
(冷水を浴びるんじゃねえ、俺は温かいお湯に浸かりたいんだ! 肩まで湯船に浸かって『あ〜〜〜』って言いたいんだよ!)
この異世界では、体を拭くか冷水を浴びるのが一般的であり。「温かいお湯に体をどっぷり浸からせる」という文化そのものが存在しなかった。
しかし、日本の大浴場とサウナをこよなく愛していたアラフォー元社畜の湯船への執念は、そんな文化の壁など瞬時に消し去った。
「よし、風呂を作るぞ!」
創太はまず、展示スペースにある一番大きな岩のくぼみを探した。手頃なサイズの天然の凹みを見つけると、その周りに岩を組み、粘土質の土をこねて塗りつけ、水が漏れないように頑丈な「浴槽」を組み上げた。
そこに冷水を並々と溜める。さらに、焚き火の中に大きめの石をいくつも放り込んだ。石がカンカンに熱せられて赤くなると、それを木の枝で器用に挟み、溜めた水の中へ次々と投入した。
ジュウウウウウッ!!
と激しい水蒸気が立ち上り、冷水が一気に心地よい適温の「お湯」へと変わっていく。
「これだ……これだよ……!」
創太は全裸のまま、満足そうにその手作り湯船の中へと体を沈めた。温かいお湯が、39歳の疲れた肉体を優しく包み込む。
創太は湯船の縁に頭を預け、この上なく気持ち良さそうな、とろけきった表情で思いっきり声を漏らした。
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜」
「生き返るわぁ……」
その瞬間、結界の向こうで魔導携帯を構えていた観客たちは、これまでにないレベルで驚愕し、ざわつき始めた。
「おい、見ろよ……あのハダカザル……」
「温かい水の中に入って、もの凄く気持ち良さそうな顔をしてるぞ……!?」
「あんなに幸せそうな表情、見たことがないわ! 水着もつけず、温水に身を委ねるなんて……なんて贅沢で、恐ろしく深いリラクゼーションなんだ!」
異世界人にとって、それは天啓だった。
ハダカザルのあの「あ〜〜〜」という至白の表情は、見る者すべてに「自分もあの中に入ってみたい!」と思わせる強烈な説得力を持っていたのだ。
動画は瞬く間に拡散され、
【未知の快感】ハダカザルが発明した「お湯に浸かる」という概念。
その表情が気持ち良さそうすぎると話題になり、そして大バズり。異世界に空前のお湯浸かりブームの予兆が巻き起こった。
これを見たオオカミ主任の目が、ドルマークに変わったのは言うまでもない。
「係長ォ! すぐにハダカザルの展示スペースに、最高級の露天風呂を設置しろ!」
「それと――商業ギルドに連絡だ! このブームに乗って、我が園の敷地内に巨大な大浴場を建設するぞ!」
この大ヒットを受け、動物園の広大な敷地内の一角に、ハダカザルの入浴法を完全再現した大規模な大浴場が建設された。
「ハダカザルと同じように、お湯に浸かって『あ〜〜〜』と言おう!」をキャッチコピーにしたその大浴場は、未知の快感と癒やしを求める獣人たちで連日大行列となった。
さらに、風呂上がりに食事を楽しむレストランや、ハダカザルグッズを売るショップも併設され、動物園は単なる見学施設から、「複合型巨大レジャー施設」へと大急成長を遂げたのである。
そんな国の経済を揺るがす大騒動を知る由もない創太は、今日も岩陰に新設された自分専用の高級露天風呂に浸かっていた。
「ふぅ……。なんだか最近、園内がやけに賑やかだな。新しい施設でもできたのかな。それにしても、この園はどんどん発展していくなぁ。やっぱりホワイト企業ならぬ、ホワイト動物園だ!」
全裸のおっさんは、自分の湯船への執念が異世界のレジャー産業に大革命を起こしたとも知らず、頭にタオルを乗せて、極上のリラックスタイムを満喫するのだった。
待遇はついにレジャーランド?並に。だけど、服はいつまで経っても原始人並みだった。




