7話 トイレとプライドの防衛戦
ちょっと下品ですみません。
佐藤創太は、人間として、いや、元日本のビジネスマンとして、どうしても耐え難いストレスに直面していた。
それは、排泄の問題である。
いくら「ハダカザル」として全裸で暮らしているとはいえ、中身は39歳のデリケートなアラフォー男性だ。
現在、彼に与えられている排泄スポットは、展示スペースの隅にある「ただの土掘りエリア」だった。
隣のニホンザルは平気な顔でそこで用を足しているが、創太には到底無理だった。
(客が見てるなか、全裸で野糞なんてできるか……! 日本が誇るウォシュレット付きトイレで育った俺のプライドが許さねえ!)
「こうなったら、作るしかない」
創太は再び立ち上がった。焚き火用の頑丈な薪を数本、岩に叩きつけて適度な長さに折る。
土堀エリアに、それを地面に深く突き刺し、四方を囲む「目隠しの壁(個室)」の骨組みを作った。あとは大量の藁で覆えば、個室の完成だ。
さらに、中央に深めの穴を掘り、その上に滑らかに削った2本の太い丸太を平行に渡す。日本のアウトドアでも使われる「簡易和式トイレ」の自作である。
これを見たオオカミ主任とトカゲ係長は、ハダカザルの並外れた知性と、排泄スペースを分ける高度な衛生概念に驚愕した。
「おい係長! ハダカザルにあの泥臭いトイレは不釣り合いだ! 我が園の技術の粋を集めた、最高のトイレを支給するんだ!」
翌朝、創太が目を覚ますと、自作の簡易トイレは綺麗に撤去されていた。
「ああああ!なんて事を。せっかく作ったのに!」
無情にも撤去された簡易トイレがあった土掘りエリアを呆然と眺めていた。
しかし、
――なんと、展示スペースのど真ん中、最も見えやすい一等地に建てられた、ピカピカに輝く純白の磁器製・最高級水洗トイレだった。
しかし、オオカミ主任は致命的な色気を出してしまっていた。
「これほどの高級トイレをハダカザルがどう使うのか、客に見せれば大ウケ間違いなしだ!」
と、目隠しの壁を一切作らず、全方位から丸見えの状態で設置したのだ。
創太は、その光景に絶句した。
入園者は、朝一番から「ハダカザルのトイレタイム」を動画に収めようと、大群衆が魔導携帯を構えて今か今かと待機している。
(……無理だろ、こんなの!!)
創太は感激した。
まさか異世界で、我が家の安物より遥かに高級な、シルクのようなトイレットペーパー付きの水洗トイレが拝めるとは思わなかった。
喉から手が出るほど使いたい。だが、大観衆のフラッシュを浴びながら全裸でトイレにまたがるなど、人間性の完全な崩壊を意味する。
(使いたい……! でも恥ずかしすぎる……! でも、全く使わなかったら『必要ない』と思われて、明日には撤去されちゃうかもしれない……!)
究極のジレンマだった。
創太は真っ青になりながら、昼間は頑なにトイレに近づこうとせず、ただひたすら、岩の陰で排泄を我慢しながら過ごした。
そして――閉園間際。観客がほとんどいなくなり、夕闇が迫る時間帯を見計らって、創太は素早く動き出した。
周囲に誰もいないことを何度も確認し、恥ずかしさに顔を真っ赤に染めながら、ついに念願の最高級トイレへと駆け込んだのだ。
しかし、この瞬間を待ってましたと、数人の客がどこからか現れた。
パシャリ
その「コソコソと恥ずかしそうに用を足すハダカザル」の姿をバッチリ写真を撮っていた。
その夜、異世界のSNSには動物園への猛烈な批判が殺到した。
『いくら珍しいからって、ハダカザルの排泄まで見世物にするなんて悪趣味すぎる!』
『あんなに知性の高い生き物が、恥ずかしそうに人がいない時間を狙ってトイレを使っていたのよ? 胸が痛まないの!?』
『動物園側の倫理観を疑う! ハダカザルの尊厳を守れ!』
上品なエルフの令嬢たちや上流階級の顧客たちからの大クレームの嵐に、カスタマーセンターはパンク状態に陥った。
「し、主任! 大変です! 『排泄を見世物にするな』と猛抗議が殺到しています! このままじゃ不買運動が起きます!」
「な、なんだとぉ!? 良かれと思って特等席にトイレを用意してやったのに、なぜ怒られるんだ!?」
オオカミ主任は泡を食って、すぐさまトイレの改修を指示した。
翌朝。創太の必死のジレンマと、観客たちのまともな倫理観によって、純白の高級水洗トイレは、展示スペースの最も端っこ、土掘りエリアとは反対側の隅へと移設されていた。
さらに、今度は周りを頑丈な木製の壁で囲った「完全なプライベート個室」へとバージョンアップされていた。
昼間から堂々と、誰の目も気にせず個室トイレを使えるようになった創太は、個室の中で感動の涙を流した。
「最高だ……! 恥ずかしさに耐えて使い続けて本当に良かった! やっぱり話せば分かる最高のホワイト園だな、ここは!」
藁のスカートしか着ていないおっさんは、
自分のケツのプライド
をかけた防衛戦が、異世界の動物愛護と倫理観に大革命をもたらしたとも知らず、最高のトイレットペーパーの柔らかさに、ただただ引きこもるのだった。
待遇はとどまることを知らない。快進撃の大連ちゃん。ただ、高級トイレはあるのに、服は無い。今日も裸の王様は、異界の地の中心で服を叫ぶ。




