6話 文化を輸出する
「やっぱり、日本人ならこれだよな」
佐藤創太のサバイバル環境は、今や劇的な進化を遂げていた。『呪いのナターシャ人形』の一件以来、園側は俺を完全に「機嫌を損ねたら国を滅ぼしかねない上位知性体」として扱い始めていた。
ベッドは毛布付きの高級仕様になり、支給される食材にはついにスパイスまで追加された。
おまけに、丁重な手つきで銀の皿や、綺麗に磨かれたナイフ、フォーク、スプーンまで用意される始末だ。
だが、塩とスパイスで焼いた魚と、鍋でふっくら炊き上げた白米を前にして、創太にはどうしても譲れないこだわりがあった。
(ナイフとフォークじゃ、焼き魚の身が綺麗にほぐれないんだよ。米もボロボロこぼれるし……。やっぱり、日本人なら『箸』だろ)
創太は展示スペースの枯れ木から、手頃な太さの直線の枝を二本へし折った。そして、岩場で拾った鋭利な石を使い、シャカシャカと器用に表面を削っていく。
太さを均一にし、ささくれを滑らかにし、数時間かけて見事な「木箸」を一膳作り上げた。
「よし、完璧だ」
ちょうど魚がじっくりと炭火で焼き上がり、米も最高の蒸らし加減になっている。
創太は全裸(藁スカート有り)のまま岩の上に胡坐をかき、自作の箸を右手に持った。
そして、日本の実家で培った完璧な箸の使い方で、魚の背に箸を入れ、見事な手つきで骨と身を綺麗に分離させた。
「……うん、うまい! 塩焼きの魚はやっぱりこれだ。米との相性も抜群だな!」
魚の小骨を箸の先で器用にピッと弾き、ふっくらとした身をご飯の上に乗せて口へ運ぶ。
その洗練された食事風景を、結界の向こうの観客たちは、瞬きも忘れて凝視していた。
「おい……見ろよ、あのハダカザル……」
「信じられない……。あんな細い二本の棒を指先だけで操って、魚の骨だけを完璧に残してるぞ!?」
「なんて高度な指先の精密性だ! 私たちでもあんな真似できないわ!」
この異世界には「箸」という文化が存在しない。
彼らにとって、二本の棒だけであらゆる食材を自由自在に、しかもエレガントに口へ運ぶ創太の姿は、「失われた古代の超技術」か、あるいは「神聖な食事の儀式」にしか見えなかった。
魔導携帯のカメラが一斉にフラッシュを焚く。
動画のタイトルは『【神技】二本の聖棒を操るハダカザル。焼き魚の解体ショーが美しすぎる』。
動画は瞬く間に拡散され、異世界のトレンド1位を独占した。
通路の影でこれを見ていたオオカミ主任は、鋭い牙を剥き出しにしてニヤリと笑った。
「これだ……! 係長、今すぐうちの製造部門に指示を出せ! あのハダカザルが使っている二本の棒を、我が園の公式グッズとして大量生産するんだ!」
「さすが主任、目の付け所が素晴らしい! 商品名は……そうですね、『元祖ハダカザルの箸』でいきましょう!」
翌週、動物園のお土産コーナーには、ハダカザルのイラストが描かれた木製の棒がズラリと並んだ。これが「指先が器用になる」「高貴な気分で食事ができる」と大評判になり、異世界の上流階級から子供たちの間で空前の「箸ブーム」が巻き起こる。
生産が追いつかないほどの大ヒット商品となった。
そんな裏事情を知る由もない創太は、翌朝、展示スペースの隅に「なぜか最高級の木材で作られた、ピカピカの職人手作りのマイ箸」が丁重に供えられているのを発見した。
「おお……! ついに箸まで支給されるようになったか。この園、本当にサービスが行き届いてるなぁ!」
ほぼ全裸のおっさんは、異世界の経済を裏から動かしているとも知らず、高級箸を嬉しそうにカチカチと鳴らすのだった。
待遇は鰻登りだ。気分も上昇中。全てが右肩上がりだ。ただ、服に関してはダダ下がりで浮上する気配が全く無かった。




