5話 エルフの飼育員、呪われる
異世界動物園のバックヤード。
シリアルバーをかじりながら、エルフのナターシャは深く、深いため息をついた。
彼女の手元にある魔導携帯の画面では、担当している新種「ハダカザル」の動画が爆発的な再生数を叩き出している。
画面の中のハダカザル(39歳・ほぼ全裸)は、虚空を見つめながら、自作の禍々しい藁人形を抱きしめて奇妙な動きを見せていた。
タイトルは『【閲覧注意】呪いの儀式を行うハダカザル。目がガチ』。
「……なんなのよ、コイツ」
「せっかくの火起こしの感動を返して欲しいわ」
「まさか、あの日、食料を食べそこなったから?私を逆恨み?」
ナターシャの翡翠色の瞳に、明らかな恐怖の色が混じる。最初は妙にペコペコ頭を下げる珍獣だと思っていた。
だが、コイツは違った。
結界の中に薪を入れた途端、手際よく火を起こして肉を焼き、挙句の果てには藁と枝で呪いの人形を作り上げたのだ。
(私を油断させるために、あえて無知のフリをしていた悪魔だわ……!)
あの熱っぽい、デレデレとした視線も今なら理解できる。あれは発情ではない。自分を呪い殺すための「獲物を品定めする目」だったのだ。
「ナターシャ、例のハダカザルにこれを与えてくれ」
背後からトカゲ係長が声をかけてきた。
差し出されたのは、最高級の霜降り肉と、市場から仕入れてきた香辛料やハーブのセットだった。
「SNSでのバズのおかげで、我が園の株価が爆上がりしました。ハダカザル様々ですね。機嫌を損ねて呪いの儀式をエスカレートされても困るので。美味いものを食わせて懐柔してください」
上司までハダカザルの「呪い」を恐れ始めている。
ナターシャは引きつった笑みを浮かべ、重い足取りで創太の展示スペースへと向かった。
一方、結界の向こう側。
佐藤創太は、ふかふかの乾草のベッドの上でゴロゴロとしていた。
「よしよし、今度はベッドがアップグレードされたぞ。やっぱりインフルエンサーマーケティングは最強だな!」
そこへ鉄格子が開き、ナターシャが姿を現した。今日の彼女はなぜか、いつもより少し腰が引けており、創太と絶対に目を合わせようとしない。
ガチャン、と床に置かれたボウルを見て、創太は跳び起きた。
「うおおおっ!? 特上カルビじゃねえか!!」
日本の高級焼肉店でしか見られないような、見事なサシの入ったピンク色の霜降り肉。さらに、食欲をそそる香りのハーブや謎の調味料の小瓶まで添えられている。
創太のテンションは最高潮に達した。
(この待遇改善は、間違いなくあのエルフの美人さんのおかげだ! よし、日頃の感謝の気持ちを形にして伝えよう!)
元社畜の創太は、お世話になった取引先にサプライズを仕掛けるような軽い気持ちで行動を起こした。
昨日作った藁人形を引っ張り出すと、拾い集めた白っぽい乾草を頭に巻き付け、彼女の美しい銀髪を表現。さらに、細い木の枝を横に突き刺して三角形を作る――エルフの最大の特徴である「長い尖った耳」を完璧に再現してみせた。
「よし、これで『ナターシャ人形』の完成だ!」
創太は満面の笑みを浮かべ、香草をまぶして絶妙に焼き上がった最高級の霜降り肉を一切れ掴んだ。
そして、結界の向こうで恐怖に目を見開いているナターシャを真っ直ぐに見つめながら、その「ナターシャ人形」の口元に、じゅくじゅくと脂の滴る肉を優しく押し当てた。
「ほら、ナターシャさんも一緒に食べよう。あーん」
言葉は通じない。だが、俺たちの友情はここから始まる。
さあ、一緒に美味い肉を食べようじゃないか!創太はほぼ全裸のまま、人形に優しく肉を食わせる「アットホームな団欒の儀式」を満面の笑みで披露した。
だが、それを見たナターシャの脳内では、極大の防報が鳴り響いていた。
(……私の耳がついた呪いの人形に、生贄の肉を食わせてる……!?)
それは、呪術の世界において「お前の肉体をこのように蝕んでやる」という、最も凶悪な呪いのプロセスに見えた。
「いやあああああああああああっ!!」
ナターシャはついに恐怖の限界を迎え、悲鳴を上げながら涙目でバックヤードへ稲妻のごとく逃げ帰っていった。
残された創太は、人形に肉を押し当てたまま、ぽかんと首を傾げる。
「え……? また逃げられた。やっぱりシャイな奴だな……。あ、肉冷めちゃうから俺が食べよう」
藁のスカートでお股だけを隠したアラフォーが、自分を模した呪いの人形にキスをするように肉を奪い取って貪り食う。
その狂気に満ちた(ように見える)最新動画が投稿された瞬間、異世界のSNSは「担当飼育員への宣戦布告」「ハダカザル、ついに本性を現す」と、過去最大の恐怖と熱狂に包まれるのだった。
待遇はだんだん豪華に近づいて行く。だけど、飼育員との心の距離は、一生かかっても縮まらないほど遠ざかっていく――。服の支給はまだなのか?




