最終話 【中編】幻のから揚げと、超ド級破壊神古代ドラゴン
佐藤創太が結界の檻の中で「コケコッコー」と一鳴きした翌日。
ホワイト動物園の展示スペースは、かつてない異様な雰囲気に包まれていた。
「……あれ? おかしいな」
展示スペースにいる創太は、自作の藁のスカートをカサカサと鳴らしながら、首を傾げた。普段なら休園日でもない限り、結界の向こうには大勢の獣人の客たちが詰めかけているはずなのだ。
それなのに、今日は人っ子一人いない。
静まり返った園内。遠くからは、王都のどこかで鳴り響く警鐘の音や、重装騎士団が血相を変えて出陣していくような不穏な地鳴りと怒号が微かに聞こえてくる。あまりにも不吉で、ただ事ではない異様な事態。
さすがの創太も、本能的に「何か、とてつもなく深刻な事態が起きている」ということを察したのであろう。
次の瞬間、創太は顔面を蒼白にしてガタガタと震えだし、一目散に展示スペースの隅にあるトイレへと駆け込んだのだった。
——国家の存亡を揺るがす未曾有のパニックが王都を包み、世界の終わりを予感させる禍々しいトラブルの気配が満ちている最中なのだ。創太が恐怖のあまりトイレの個室へ一目散に逃げ込んだのも、それはそのはずであった。中身はただのアラフォー男。国中が震え上がるほどの圧倒的な重苦しさに晒されれば、胃を痛めて身を隠したくなるのも無理はない。誰もがこの状況であれば、同じことをしていただろう。
しかし、実際の理由は、全く違っていた。
「あああーーーっ!! やっぱり、トイレットペーパーが完全に切れてんじゃん!!!」
便座の上で、創太は絶望の叫びを上げていた。
王都中を巻き込んでいる、あの「真っ先にトイレットペーパーが市場から消え去った大パニック買い」の魔の手は、すでに動物園のトイレにまで完璧に及んでいたのである。
「ちょっとぉ! ナターシャさーん!? 誰かいないの!? トイレットペーパーが切れてんだけど」
創太は仕方なく、すっかり空っぽになったトイレットペーパーの白色の『芯』を右手にしっかりと握り締め、補充を頼むために芯をしっかりアピールしながら、展示スペース内をトボトボと徘徊し始めた。
そこへ突如として、ガシャーン!!と重厚な音を立てて、ガチガチに武装した王国兵士たちの集団がなだれ込んできた。彼らは一言の弁明もなく、あまりにも真剣な、悲壮感すら漂う顔つきで創太の両脇をガッチリと抱え込むと、トイレットペーパーの芯を握りしめたままの創太を、有無を言わさずそのまま引きずり連れ去っていったのである。
◇
王都の空が、突如として禍々しい暗雲に覆い尽くされた。
ゴォォォォォォォ……ッ!!!
天地を揺るがす凄まじい咆哮と共に、王都の中心にある大広場へ、ついに姿を現したのだ。
——伝説の超ド級破壊神、古代ドラゴン。
その全身から放たれる魔力は文字通り半端ではなく、広場を包囲した王国騎士団や大魔導師たちは、あまりのプレッシャーに指一本動かすことすらできなかった。彼らの魔法や武器など、ドラゴンの前では紙切れ同然。
もし一歩でも対応を間違えて機嫌を損ねれば、間違いなく国が瞬時に滅びる。王都全体が、息もできないほどの絶望的なパニックに陥っていた。
この国家存亡の危機に、最高権力者である国王は即座に決断した。
「ハダカザルの予言は真実であった……! あの神聖なる超魔獣こそ、この危機を予見していた唯一の存在! 直ちにハダカザルを『国家特使(大使)』に任命し、ドラゴンとの交渉に向かわせよ!!」
何も知らない創太は、檻の中からいきなり物々しい警護の馬車に乗せられた。だが、その馬車に揺られている間、創太の脳裏には最悪のシナリオがよぎり、身を激しくガクガクと震わせていた。
(……おい待てよ、このパターンは絶対アレだろ。用済みになって『大自然に自然にリリース(野生解放)』されるやつだろ!? やめて、ぶるっちまうわ!!)
——そう、かつてシーズン1の最終話で読者も涙した(?)あの忌々しい記憶が、創太の脳裏に蘇っていた。
せっかく露天風呂サウナ付き、極上日本酒や梅サワー飲み放題のホワイトな飼育ライフを手に入れたというのに、今さら未開のジャングルに放り出されて自給自足のサバイバル生活に戻るなど、アラフォー元社畜にとっては死刑宣告に等しい。
(いやだ……! 野生に戻るのだけは絶対に嫌だ!! 露天風呂ライフを失いたくない……っ!!)
そんな、異世界人とは全く違うベクトルの絶望で、創太は馬車の中でガタガタと震え続けていたのだった。
◇
大広場の中心には、山のように巨大なドラゴンが、鋭い眼光で周囲を睨みつけながら、静かに寝そべっていた。
『(この国がどう出るか。おそらくは最強の戦士が交渉にでも出てくるのだろうな)』
古代ドラゴンは静かに様子を伺っていた。
やがて馬車の扉が開かれ、兵士たちがガタガタと震えながら創太の背中を押す。
訳も分からず、創太は大自然の森にリリースされると勘違いしていた為、無様な格好を披露する。まるでトイレットペーパーの芯を、聖剣のごとく見立てて握り、その手を前に出しているが、腰は完全に引けている。その体は、まるで生まれたての小鹿のように小刻みに震えていた。
ついに姿を現した存在を見て、ドラゴンは驚愕した。
『(……は?)』
『(いや待て、何だあの全く鍛えてないたるみきった体は……? 装備に至ってはあまりにも弱すぎる、ただの藁のスカートだと……!? しまいには、誇り高き我の前に掲げているあの武器――どう見てもただのトイレットペーパーの芯じゃねえか!!!)』
『(しかも、ガクガクにぶるぶる震えてる……。)』
勇者か賢者が現れると確信していたドラゴンは、期待を文字通り粉々に打ち砕かれ、あまりの拍子抜けに心の底から困惑していた。
そのころ、王都中の民衆は固唾を呑んで魔導テレビの緊急特番に釘付けになっていた。スタジオのアナウンサーが、うわずった声で歴史的瞬間を実況する。
「緊急速報です。ただいま大広場に、国家特使として異世界動物園のハダカザルが到着いたしました!……えっ? あ、失礼いたしました。今、信じられない現場報告が飛び込んできました! ……ハダカザル、なんと全裸姿に藁のスカートを巻いただけの姿……! さらに、その右手に握られている武器は、トイレットペーパーの芯……!?」
民衆は激しく困惑した。
「嘘だろ……? 防具は無しかよ!?」
「武器が……え、紙の芯……?」
直後、魔導テレビの画面が騒然とする現地中継へと切り替わり、ハダカザルの不恰好な姿が映し出された。
SNSは大荒れだった。
【悲報】国家の命運、ハダカザルに託される
【速報】特使の装備、藁のスカートと紙の筒
画面の向こうの魔道SNSストリーミングは、あまりの衝撃映像に秒単位でコメントが埋め尽くされ、完全にカオスと化していた。
絶望の絶叫
揶揄する声
国への批判
不謹慎コメ
カオスとなっていた。
「ぎゃあああああああああああああああ、死ぬ」
「誰だよ、装備が藁のスカートって、しかも武器が紙の筒」
「マジ無能!!どうなってんだよこの国は!!」
「ちょw。うけるwwwwwwwwwwwwwwww」
「草」
「それよりトイレットペーパーっていつ入荷するの?」
「世界、オワタ\(^o^)/」
「生まれたてのコジカみたいにガクブルじゃねーか!!」
「トイレットペーパーどうなってんだよ!!」
「上層部、パニックで頭おかしくなったか?」
「ってか我が家のケツの危機はどうなるんだよ!!」
「世界の終わりとケツの危機ってかw」
◇
大自然への強制リリースを覚悟してガクガクぶるぶる震えていた創太だが、どうやら様子が違うことに気がつき、ホッと安堵した。
と同時に、目の前の巨大なドラゴンを見て、一気にテンションが跳ね上がった。
(きたぁぁぁぁぁぁーーーっ!!! )
(ファンタジーといえばコレ、ナンバーワンのドラゴンじゃん!!!)
( 本物すげええええ!! 翼デカッ!!)
(カッケェェェェェーーー!!!!!)
元社畜の創太には、魔力がない。当然、魔力すら感じることがない。異世界人たちが怯えている「圧倒的な魔力」が一切分からない。
そのため、恐怖するどころか、完全にサファリパークにやってきた観光客のテンションになっていた。
普通であれば、ドラゴンの覇気に当てられただけで、屈強な魔獣や熟練の戦士でさえ恐怖で平伏して失禁してしまうのが世界の常識だ。
それなのに、目の前の全裸(※藁のスカート)のおっさんは、怯える気配すら微塵もない。それどころか、大興奮した様子でスタスタと距離を詰め、至近距離からドラゴンの顔や身体をジロジロと舐めるように見まくり始めたのである。
「うわ、鱗の質感がヤバいな! 尻尾のトゲトゲ触ってもいいのかなこれ?」
これには、周囲で恐怖に息を呑んでいた国王やナターシャ, オオカミ主任たちも「おおお……っ!」と目を見張った。
「見ろ……ハダカザルは、あの古代ドラゴンの威圧を完全に無効化されている……!」
「やはり、あの御方にとってはドラゴンすらも格下の存在というわけか……! ていうか、右手に持っているあの白い円筒形の物体は一体……!?」
一方、ジロジロと超至近距離で見回されているドラゴンの心の声は、驚愕と困惑で大変なことになっていた。
『(えっ……何こいつ。怖がらないんだけど……??)』
じっと創太を見つめる古代ドラゴンの目が、点になる。いつもなら自分を見た人間は悲鳴を上げて逃げ惑うか、祈りを捧げるかの二択。屈強な魔獣ですら我の前には平伏してガタガタ震えるのがお約束である。
『(いや待て待て、こいつ魔力ゼロのただのハダカのサルじゃん! なのに何でそんなに目がキラキラしてるの!? さっきまで馬車の中でガタガタ震えてた気配があったから「よおし、我の威圧に怯えておるな」と思ってたのに、降りてきた瞬間これってどういう心境!? こっちの顔の横まで回り込んで、シッポのトゲとかめっちゃジロジロ見てくるじゃん……普通に引くわ……。近っ! 顔が近っ!! 生身の人間がこの距離で我の眼球を覗き込んできたことなんて歴史上一度もないわ! )』
『(ちょ、 息吹きかけないでよ! )』
『(ていうか、さっきから右手に持ってるあのトイレットペーパー、何なの!? なんでそんな大事そうに、かつ自然に構えてるの!? 我に向けられた未知の古代兵器か何かなの!? 穴から向こう側が丸見えになってるけど、我の視線を吸い込むブラックホール!? なんで全裸に藁のスカートなのに、右手のホールドだけそんなに完璧なの!? 怖い! 逆に地味に怖いんだけど!!)』
『(ちょ、尻尾は触らないでよ!)』
あまりにも予想外すぎる「無邪気な観光客テンション」に、ドラゴンのプライドは完全に迷子になっていた。だが同時に、自分の覇気が一切通用しないこの謎の全裸の存在(創太)に対して、ドラゴンはかつて抱いたことのない強烈な『興味』を抱き始めていた。
『(……まさかこやつ、逆に魔力を完璧に隠してる?我の魔力を完全に超越した、とんでもないバケモノなのか……!?)』




