最終話 【後編】幻のから揚げと、超ド級破壊神古代ドラゴン
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至近距離でジロジロと舐めるように観察してくる全裸(※藁のスカート)のおっさんに対し、古代ドラゴンは普通に引きつつも、大いなる困惑の声を響かせた。
その声は、創太の脳内に直接語りかけてくるテレパシーのようなものだった。
『……ハダカのサルよ。我を恐れる、あまりにも巨大な思考の渦がこの国全体から発せられたのを感知してな。こんなことは初めてだから、その異変を調べに王都へ降り立ったのだ。近くまで来ないと原因を突き止められんからな。……お主、何か知っておるか?』
脳内に響いた威厳のある声に、創太はポカンとしながら心の中で返事をした。
(いや、何も知らないよ。俺はただ唐揚げが食いたかっただけだし……)
『ふむ、ちょっと待て。この国を包む恐怖の魔力を直接辿ってみるぞ……。む? ……どうやら、あそこにいるエルフ(ナターシャ)がお前を見たのがすべての始まりだな。お前、あやつに一体何をしたのだ?』
(え? 鶏肉が欲しいって伝えただけだけど? 身振り手振りのジェスチャーでさぁ、完璧に伝わってるはずだよ。)
創太が自信満々にそう答えると、ドラゴンは巨大な目をパチクリとさせて、呆れたようにため息をついた。
『……違うな。お前、あやつらに「ドラゴンの来襲を予言した」と思われとるぞ』
(はぁ!? なんでそうなるんだよ!?)
『くくく、どんなジェスチャーをしたのだ? わしはすごーく忙しい身なのだが、特別に時間を作ろう。わしの前で実演してみせよ』
創太は釈然としないまま、昨日ナターシャの前でやった「ニワトリのモノマネ」をドラゴンの目の前で再現することにした。
両手でくちばしを作り、腕をパタパタと羽ばたかせ、足を後ろへ蹴り出してミミズを掘り起こす仕草をしてから、天を仰いで全力で叫ぶ。
「コケコッコーーーーッッッ!!!」
それを見た瞬間――
『ぶっ……!!』
古代ドラゴンは、壮絶に爆笑した。
『ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!』
『ヒー、腹が痛い!! 』
『お、お前……! それが、くちばしがドラゴンの牙で、羽ばたきが翼、ミミズを食うのが人類を貪り食う姿だと!? ハハハハハハハ!!! 』
『死ぬ、笑い死ぬわコケコッコー!!!』
山のような巨体を激しく震わせ、涙を流してのたうち回るドラゴン。
結界の向こうでそれを見ていた国王やナターシャたちは、「ハ、ハダカザル様が何事か呪文コケコッコーを唱えた瞬間、あの古代ドラゴンが苦しみ始めたぞ……!」と大勘違いしてさらに震え上がっていた。
SNSでは勝利を確信したコメントが殺到した。民衆は一気に絶望から歓喜へと手のひらを返した。
「ドラゴンがダメージを受けている!!」
「ハダカザル様の勝利だぁーーーー!!」
「スッゲェー、スッゲ、スゲェーー!!」
「コケコッコー(最上級古代呪文)」
「トイレットペーパーが入荷される!!」
「紙、降臨!!!!!(ダブルミーニング)」
「我が家のケツが守られたぁーーー!!」
ひとしきり笑い転げたドラゴンは、涙を拭いながら起き上がった。
『ふぅ、笑った。これで一件落着だな。原因も分かったし、我はもう帰るとするか』
(おう、気をつけてな。俺も露天風呂が待ってるから戻るわ)
踵を返そうとする創太に、ドラゴンは意地悪な笑みを浮かべて声をかけた。
『あー、それとな。もうお前、元ののんきな生活に戻るのは無理だぞ』
(……え? なんで?)
『これほどの大予言をして国を動かしたのだ。可哀想にのう、これから国家の役人どもに根掘り葉掘り取り調べを受け、重要危険分子として、光の当たらない地下牢にでも一生囚われの身となるじゃろうて』
「えーーーーーー!!!! 嫌だ嫌だ嫌だ!!! 地下牢とか絶対無理!!! 露天風呂ライフを失いたくない!!!」
野生解放リリースどころか、国家の終身刑囚になるという未来を突きつけられ、創太は本気で絶望して頭を抱えた。
そんな創太の姿を、ドラゴンはチラッ、チラッと横目で盗み見た。
『ま……お前があまりに面白いから、助けてやらんこともないがの……』
すぐさま創太はサラリーマン時代に培った日本式土下座をきれいに決めた。
「お願いします!! 何でもするから助けて!!」
すると世界が救われたと思っていた民衆は、一気に手のひらを返した。もう手首はグルングルンに回りまくっていた。
「ハダカザルが命乞いをしているぅぅ!!」
「ドラゴンの勝利だぁぁぁーーーーー!!」
「【悲報】僕らの神、秒で土下座」
「これがサラリーマンの最高奥義か……」
「オワタ\(^o^)/オワタ」
「トイレットペーパーは永遠に手に入らない」
「あかん、もう手遅れや、全裸で生きるしかない」
「ケツの終わり」
『うむ。では、あのマヌケな王様にちょっと“細工(暗示)”をしておいてやろう。色々世界の制約があってな、我のような大物がそう気軽にここへは来れんが……またいつか会おう。じゃあな!』
古代ドラゴンはそう言い残すと、大きな翼を広げ、大爆笑の余韻を残したまま一瞬で大空の彼方へと去っていったのだった。
またまた民衆は手のひらを返すのであった。もう何度手のひらを返したのかわからないほどに……。
◇
ドラゴンが飛び去った直後。広場の中央で放心状態になっていた国王が、ハッと我に返ったように大声を張り上げた。
「……皆の者、よく聞けい!! 今のはただの気まぐれでドラゴンが立ち寄っただけじゃ!! 異世界動物園のハダカザル様は一切関係ない!! 予言など気のせいじゃ! 撤収ーーーッ!!」
ドラゴンの精神細工によって、王の記憶と認知は都合よく書き換えられていた。
「え? 関係ないの!?」
とナターシャや主任たちはズッコケたが、最高権力者である王がそう言い放った以上、この大騒動は「ただのドラゴンの気まぐれ」として強引に幕引きとなった。
こうして、何事もなかったかのように、いつもの平和でホワイトな動物園の日常が戻ってきたのだった。
そして、待望のトイレットペーパーは民衆の手の中に。
◇
数日後。創太の檻の中。
「はぁ……」
佐藤創太は、岩陰の高級お風呂に肩まで浸かりながら、盛大なため息をついていた。目の前のお供え物の皿には、いつも通りの新鮮な肉と魚の塩焼きと、炊きたての白米。醤油もマヨネーズもある。だが、肝心の『それ』がどこにも見当たらない。
(ドラゴン騒動は王様の気まぐれってことで無罪放免になったのはいいけど……ナターシャさんの記憶から、俺の自主的な『コケコッコー』のジェスチャーまで綺麗さっぱり忘れ去られてるじゃねえか……)
いや、ナターシャには1ミリも鶏肉は伝わってなかったのに、創太はあの例の自分のジェスチャーに何故か絶対的な自信を持っていた。
結局、鶏肉は貰えなかったのである。まさに幻の唐揚げを食べ損なったのだった。
(あーあ、唐揚げ食いたかったなぁ……。マヨネーズ余っちゃったよ……)
そんな、一国のピンチを裏で救った大英雄が、鶏肉一枚すら手に入れられずに露天風呂の底へ沈み込んでいるとも知らず。結界の向こうでは、ナターシャがいつも通り、ハダカザルを見てほっとしたのか、ふぅと息をついていた。
「ふぅ、ハダカザル様が招いたドラゴンの来襲なんて恐ろしい事件もあったけれど、ハダカザル様がいつも通りで本当に良かったわ。やっぱりあのお方は、何事にも動じない高次元の神様なのね……!」
ナターシャは、ハダカザルがまるでドラゴン来襲を招いたかのように、平然とハダカザルのせいにしていたが、全ての根源はナターシャの勘違いから始まった。が、本人は1ミクロンも気が付かないままだった。
待遇はついに「世界の頂点に君臨する古代ドラゴンを大爆笑させ、国家の終焉を未然に防いだ世界の救世主」レベルへ。だが、どれだけ壮大な世界線を動かして国を救っても、おねだりした「鶏肉」すら手に入らず、ましてや身体を包む「服」などいつまで経っても支給されるはずもなく、今日も藁のスカート一枚という実にお粗末な姿のままで、ただ虚しくお風呂の湯気に打たれるだけなのであっ――
――ところがしばらくして、民衆がドラゴンの来襲を忘れた頃に、ハダカザルは突然、忽然と姿を消したのであった。空っぽになったサル山風の展示スペースには、例の『呪いの藁人形』だけがぽつんと横たわっていた。
公式SNSでは何も発表されずに……。
そして、さまざまな風の噂が生まれては散っていった。
いわく――
エルフと結婚して、エルフの森に帰って、幸せに暮らしたとか。
いわく――
実は異世界動物園から解放され、普通に服を着て王都に暮らしているとか。
(ただ、服を着たハダカザルはハダカザルと認識されないため、堂々と民衆に紛れて暮らしているとか。)
いわく――
ドラゴン来襲事件の功績によって国を挙げて、地球に送り戻したとか。
――もしかしたらあなたの近くで、服を着たハダカザルが暮らしているかもしれない。
完結、めでたし、めでたし。
「え?」
「なんで……?」
「みんなは……?」
二週間ぶりに自分の檻へと戻ってきた佐藤創太は、目の前の光景に絶望していた。
客が、一人も残りもせず、全くいないのだ。あれほど檻の前にすし詰めになっていた民衆はどこへ行ったのか。彼が築き上げてきた絶対的なハダカザル人気は、たった二週間で消え失せてしまったというのか。
ふと視線を遠くへ向けると、『ジャイアントパンダ』の檻の前には、すさまじい人だかりができていた。
……いや、これは無理もなかった。
民衆はハダカザルに飽きたわけでも、パンダに浮気したわけでもない。ただ「ハダカザルは完全にいなくなった」と思い込んでいたため、まさか普通にひょっこり戻ってきているとは夢にも思わず、誰も気がついていないだけだったのだ。
そもそも、なぜ創太は二週間も姿を消していたのか。エルフの森へ行ったわけでも、地球へ帰ったわけでもない。
理由はシンプルだった。創太は『痔』になっていた。
これには、あのドラゴン騒動に伴うトイレットペーパー不足が深く関係していた。国中でトイレットペーパーの買い占め騒動が起きた煽りを受け、あろうことか創太の檻への支給もストップしてしまっていたのだ。紙を失った創太は、やむを得ず檻の裏に生えていた「なんか固くてザラザラした葉っぱ」を身代わりとして使い続けた。その結果、創太のデリケートなゾーンは見事に物理的な大ダメージを受け、爆発したのである。
あまりにもセンシティブな問題だったため、担当飼育員であるお年頃のエルフ・ナターシャには、身振り手振りでも絶対に伝えることができなかった。そして、ついに我慢の限界が訪れたのだ。
すぐに園の腕利きの魔法使いに頼んで治癒魔法のヒールをかけてもらったのだが、なぜか全く治らなかった。万能に見えるヒールとて、現代日本の生活習慣病である『痔』にまでは対応していなかったのだ。しかし、この異世界では「たいていの病気や怪我はヒールで治る」ため、逆に医学という分野があまり発展していなかった。
絶望した動物園側が必死に人脈を辿った結果、遥か遠い『東極』の地に住むという伝説の『いぼとりじいさん』をはるばる王都まで呼び寄せ、超アナログな秘術で治療してもらうことになった。その結果、往復と治療に丸々二週間もの時間を費やしてしまったのである。
◇
時は二週間前、創太が治療のために極秘裏に運ばれた直後に遡る。
動物園の会議室には、重苦しく険悪な空気が漂っていた。議題は、ハダカザルの件を、公式SNSでどう発表するかについてだった。
「私は絶対に嫌です! あんなハレンチなこと公式アカウントに書けるわけないでしょう!?」
ナターシャが真っ赤になって机を2回叩く。大事なことだから2回だ。
「うーん、しかたない。トカゲ係長、お前が書け」
オオカミ主任が話を振ると、トカゲ係長は眼鏡をクイッと上げて冷静に首を振った。
「主任、これはですね、とてもデリケートなプライバシー問題です。下手をすれば法律の観点からプライバシーの侵害で訴えられますよ? それに、何より本人の同意を得るのが筋というものです」
「おいおい、言葉が通じねえんだから同意もクソもあるかよ!」
言い合う二人を横目に、ナターシャとトカゲ係長はパッと目で合図を交わした。そして息を合わせ、上司に向かって一斉に指を突きつける。
「「主任が書けばいいじゃないですか!!」」
「お、おれは、その……SNSとかは、あんまり……ごにょごにょ……」
オオカミ主任はぎょっとして小声で行き詰まった。その様子を見たナターシャが、深いため息をつく。
「はぁー……なんで主任は未だにガラケーなんですか?」
「まったくです。この時代にガラケーなんてナンセンス極まりないですよ」
部下たちから散々に責め立てられ、ついにオオカミ主任の男のプライドが爆発した。
「もぉぉぉい! お前らはもういい! 俺が書く! 責任持って俺が書いてやるよ!」
「失礼します」と、面倒な仕事を押し付けたナターシャとトカゲ係長は、そそくさと会議室を退席していった。
しかし、残されたオオカミ主任は頭を抱えた。そもそもSNSの投稿など一度もやったことがない。ガラケーのボタンをポチポチと押しているうちに、急激にすべてが面倒くさくなってきた。
(……待てよ? もうこれ、発表しなくてよくね?)
その瞬間、強欲キングのオオカミ主任の脳内に電撃のような閃きが走った。
(逆にこれ、未発表のまま急にハダカザルが消えた方が、民衆の間で『謎の失踪』ってことでめちゃくちゃバズるんじゃねえか……!?)
「うん、そうだ。間違いない。ここはあ・え・て、未発表で行こう!」
ガラケーをパタンと閉じた主任は、満足げに深く頷いたのだった。
こうして、世間を揺るがした「救世主ハダカザルの神隠し伝説」は、ただの『痔の治療』と『上司のSNSのサボり』によって生み出された。
遠くに見えるパンダの人だかりを眺めながら、創太は完治したお尻をさすり、今日も静かに露天風呂へ……と思ったが、まだ地味に痛いのでしばらくはお風呂もお預けになるのだった。なんともしまりが悪いケツ末(結末)だった。
「ケツに始まり、ケツに終わる」
これにて完ケツ。
痔 END.
失礼!
the END.
【エンドロール】
檻から駆ける
ハダカザル feat. 異世界動物園職員
Yeah... 声を持たない異邦人ハダカザルが
Tracing the border line... 冷たい鉄格子の夜
闇を切り裂く、静寂のケージに刻まれるのは
Nobody knows... 奇妙な鼓動のサイン
真っ直ぐな翡翠の瞳が捉えたその背中に
僕らはNew dawn... 新しい夜明けの予感
沈むように溶けてゆくように
二人だけの空が広がる檻のように
沈むように溶けてゆくように
二人だけの空が広がる檻のように
2人はいま檻を抜け出して行く
【キャスト】
佐藤創太
ナターシャ
オオカミ主任
トカゲ係長
ガラム親方
リーリ
王子
チンパンジー獣人
ドラゴン
【衣装提供】
無し
【協力】
異世界動物園
【Special Thanks】
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ブックマークしてくれた方
【注意】
この物語はフィクションです。真似をしないようにご注意ください。
なお、生卵を食べる際は、必ず浄化魔法のクリーンをかけてから食べるようにして下さい。
the END.




