最終話 【前編】幻のから揚げと、超ド級破壊神古代ドラゴン
極東の島国から取り寄せた醤油、さらに卵と油から奇跡の「マヨネーズ」をも錬成した佐藤創太(39歳・元社畜)は、これだけの調味料が揃った今、アラフォー男の脳裏に浮かぶ「食べたいもの」は、ただ一つしかなかった。
(……醤油があって、マヨネーズがある。なら、作るものは決まってるだろ。居酒屋メニューの絶対王者、唐揚げだ!!!)
カリッと揚がったジューシーな鶏肉に、醤油ベースの下味をつけ、マヨネーズをたっぷりつけて、梅干しサワーや日本酒で流し込む。想像しただけで創太の口内にはドバドバと唾液が溢れ出した。
しかし、このホワイト動物園の至れり尽くせりな環境において、なぜか「鳥の肉」だけは一度もお供え物として支給されたことがない。
ならば、飼育員のナターシャに直接おねだりするまでだ。
創太は檻の前にやってきたナターシャを引き留め、ニチャーと薄気味悪い笑顔で、美味しい鶏肉を手に入れるための「渾身のニワトリ再現ジェスチャー」を開始した。
① まず、両手のひらを口元で合わせて「尖ったくちばし」を表現する。
② 次に、両肘をパタパタと激しく羽ばたかせて「鳥の羽」をアピール。
③ さらに腰を落とし、全裸(※藁のスカート)の状態で片足を器用に後ろへ蹴り出し、地面をつついて「足でミミズを探して食べる仕草」をリアルに演じてみせた。
④ そして仕上げに、天を仰いで喉を震わせ、力強く叫んだのだ。
「コケコッコーーーーッッッ!!!」
(ニワトリの肉をくれぇぇぇ!!!)
これ以上ないほど完璧な演技だった。日本のサラリーマンが忘年会の一発芸で培ってきた表現力のすべてが、そこには詰まっていた。
しかし、通路の向こう側でそれを受け止めたエルフのナターシャは、その場で持っていたトレイをガシャーンと落とし、顔面を真っ白に染めてガタガタと震え出した。
彼女の脳内(エルフの知識フィルター)では、創太の命がけのジェスチャーは以下のように恐ろしく翻訳されていた。
① まず、ハダカザル様(神)が口元で作った鋭い突起は、すべてを噛み砕く『古代ドラゴンの凶悪な牙』。
② 激しくパタパタと動かされた腕は、天を覆い尽くす『災厄の巨竜の翼』。
③ そして、地面を蹴り散らして何かを貪り食う不気味な仕草は、『エルフや獣人の国を滅ぼし、人類を主食として喰らい尽くすドラゴンの生態』。
④ 最後の雄叫びは、世界の終焉を告げる『破壊神の勝利の咆哮』。
「か、神が……ハダカザル様が、ついに地上への最終宣告を下されたわ……!! 近い将来、この国に最凶の古龍が来襲し、人類はすべて喰い尽くされるんだわぁぁぁっ!!!」
青ざめたナターシャは涙を流し、一言呟いた。
「世界が終わるのね……」
そして、バックヤードへ脱兎のごとく駆け込んでいった。
◇
「な、何だとォォォォォッッッ!?!?」
バックヤードの園長室に、オオカミ主任の絶望の悲鳴が響き渡った。
ナターシャからの緊急報告を受けた主任は、持っていた書類を文字通りバラバラにぶちまけ、獣毛を恐怖で逆立たせてガタガタと震え上がった。
「ハダカザル様が……わざわざ『ドラゴンの来襲を暗示する予言の舞』を踊ったというのか!?」
横にいたトカゲ係長も、最近新調したお気に入りの伊達メガネ(※バトルマラソンで壊れたため二代目)をカシャカシャと激しく歪ませ、冷や汗をダラダラと流しながら焦り狂っていた。
「しゅ、主任! これはただ事ではありませんぞ! ハダカザル様の予言は100%的中します! あの『クサヤの瘴気テロ』の時ですら国が傾きかけたのに、今度は本物のドラゴンがこの王都を襲撃するという神託です! 早く、早く国軍とギルドに伝えて非常警戒態勢を敷かねば、我が園どころか国家が消滅します!!」
「あ、あああ、分かっている! 係長、大急ぎで王城へ早馬を出せ! 動物園の防空魔法陣の出力を最大にしろ!!」
こうして、おっさんが「唐揚げ食べたいな、コケコッコー」と一鳴きしただけで、動物園の幹部たちは完全にパニックに陥り、国中の騎士団や大魔導師たちが武器を握り締めて空を警戒するというまでに発展してしまったのである。まさに——
『国家規模の超大事件』
◇
そして、この「神託」は動物園を飛び出し、瞬く間に王都全土へと伝播していった。
魔道SNSでは、謎の終末古龍が襲来するという噂が津波のように押し寄せ、タイムラインは恐怖の阿鼻叫喚で完全に埋め尽くされた。
未曾有の事態を前にして、民衆は完全に理性を失い、王都中のスーパーマーケットや個人商店へと殺到。
凄まじいパニック買いが巻き起こるなか、なぜか真っ先に棚から消え去ったのが「トイレットペーパー」だった。
狂気的な買い占め劇により、トイレットペーパーは瞬く間にものすごい勢いで市場から全滅。
「ドラゴンが来るのになぜ紙を……!?」
誰もが困惑しながらも、周囲の狂気に煽られて必死にロールを抱えて走り回るという、謎の現象が王都を混沌の渦に叩き落としていた。
そのトイレットペーパー狂騒曲の後を追うように、ようやくパンや保存食、防魔アイテムなどもあっという間に品切れになり、街中の棚が完全に空っぽになっていった。
◇
そんな、裏で自分の唐揚げへの欲求が「終末のドラゴン予言」として神格化され、王国軍がガチの戦争準備を始め、民衆が真っ先にトイレットペーパーを奪い合っているとも知らず。創太は、今日も岩陰の高級お風呂に肩まで浸かり、ガラム特製の冷やし日本酒を木杯でクイッと煽っていた。
「ふぅ、やっぱり、一仕事ジェスチャーした後の露天風呂は最高だな。ナターシャさん、俺の渾身のニワトリの真似を見てめちゃくちゃ感動して走っていったし、明日の朝食あたり、ついに待望の鶏肉が出されるんじゃないかなぁ。楽しみだなぁ」
待遇はついに「一挙手一投足で国家の軍隊を動かし、世界の終末を予言する絶対の預言神」レベルへ。だが、どれだけ国家を震え上がらせる渾身の咆哮を轟かせても、王国軍が重厚な鎧(防具)を身にまとって出陣していくのとは裏腹に、創太は今日も藁のスカート一枚という、実に「完全なる無防備」姿のままだった。
そして、ただ明日のお肉を楽しみに待つだけなのであった。




