3話 料理を作る
「さぁ、火起こしだ」
一度コツを掴んだアラフォーのサバイバル能力は高かった。
昨日とは比べ物にならないくらい短い時間で、乾燥した木屑から火種を作り出し、簡単にパチパチと元気な焚き火を起こすことに成功した。
これも全ては、火起こしの素材一式を勝ち取った努力の賜物だった。昨日の苦労は決して無駄ではなかったのだ。
腹は、とっくにペコペコのペコだ。
「よし、料理開始だ!」
創太は枯れ木の残骸から手頃な太さの細枝を数本バキッとへし折ると、岩の尖った部分に力任せに擦り付けた。職人のような手付きで一瞬にして先端をナイフのように尖らせていく。
サラリーマン時代に培った(?)無駄のないタスク処理能力が、こんな異世界の檻の中で遺憾なく発揮されていた。
支給されていた生の肉塊と、丸ごとの生魚をむんずと掴む。
「おらよっ!」
気合いと共に、即席の木串をブスリと突き刺す。さらに食材トレーの隅に添えられていた粗塩を、上からこれでもかと豪快に振りかけた。
角度と火力を計算しながら、串の根元を焚き火の脇へと力強く突き立てる。
ジューッ、ジジジ……!
火に炙られた瞬間、香ばしい脂の焼ける匂いが、朝の澄んだ空気の中に立ち上った。
創太はすっぽんぽんのまま(ただし藁スカート有り)岩の上にどっさりと胡坐をかき、じっと焼き上がりを待った。滴る脂が爆ぜるたびに、喉がゴクリと鳴る。
表面がこんがりと美しい黄金色に染まったのを見計らい、まずは焼き魚の腹に豪快にガブッと齧りついた。
「――っ!!! う、美味すぎる……!!」
パリッとした皮の絶妙な食感のあと、ふっくらとした白い身から極上の旨味が口いっぱいに広がる。
続いてじっくり焼き上がった霜降り肉を頬張ると、今度は濃厚な肉汁が文字通り溢れ出した。
一晩中飢えに苦しんでいたアラフォーの肉体に、命の温かさが染み渡っていく。
「生きてる……俺、生きてるぞ……!」
創太はボロクソに涙を流しながら、野生動物さながらにそれらを夢中で貪り食った。
その瞬間、結界の向こう側にいた観客たちが、信じられないものを見たように一斉に大騒ぎになった。
「おい、見ろよ……! あのハダカザル、自分で火を起こして、肉を焼いてるぞ……!?」
「ただの野蛮な動物じゃないわ! 道具を自作して『調理』をしているのよ!」
「うそだろ、俺たちの世界のその辺の冒険者よりよっぽど手際がいいぞ!」
異世界の住人たちが驚愕の表情を浮かべ、懐から魔導携帯を取り出して一斉にパシャパシャと写真や動画を撮り始めた。
『衝撃映像:木の棒から火を生み出し、優雅に食事を楽しむ新種のハダカザル』
その動画が異世界SNSに投稿されるや否や、ネット上を凄まじい勢いで駆け巡った。
『マジ? このサル賢すぎだろ』
『藁スカートで草』
『じわじわくる笑』
『なんか美味そうに食うな』
といったコメントが殺到し、瞬く間にトレンド1位を獲得、世界中で大バズりを果たしたのである。
このほぼ全裸の男が至福の表情で肉を喰らい、世界中で大バズりしていく様子を通路の影から観察していたオオカミ主任の目が、ピコーンと鋭く光った。
「おい係長……! ピンときたぞ、これは売れる!」
「は、はい? 何がですか、主任」
隣で高級そうな万年筆を動かしていた部下のトカゲ係長が、冷ややかな視線で首を傾げた。彼は自称・園内随一のインテリである。
トカゲ係長はメガネのブリッジをクイッと押し上げ、いかにも知的そうな口調で論破を試みた。
「主任、私の『トカゲ式・知的マーケティング分析』に言わせれば、一過性のバズに飛びつくのは愚策です。あのハダカザルがやっているのは単なる野蛮な捕食行為。我が園のブランディングに寄与するとは到底――」
「あのハダカザルがやっている『肉や魚を木の棒に刺して焚き火で直に焼く』という、あの野性味溢れるスタイルだよ! 普段上品な飯ばかり食っている都会の獣人どもの心を、間違いなくくすぐるに違いない! おい係長、明日から早速、園内のフードコートで新メニューとして売り出すぞ!」
「人の話を聞いてください……! いいですか、新メニューの開発には最短でも3ヶ月の市場調査と、適切なサプライチェーンの構築が――」
「御託はいいから動け! ブームの波に乗るんだよ! 明日の朝までに仕入れルートを確保しろ!」
「理不尽なっ……!? これだから現場叩き上げの脳筋オオカミは……!」
強欲な主任の行動と、それに涙目で従わされるトカゲ係長の徹夜の事務処理は、文字通り電光石火だった。
しかし、流石に翌朝には間に合わなかった。
だが数日後、動物園のフードコートには、突如として新メニュー『ハダカザル風・直火焼きステーキ&野生の焼き魚串』が登場した。
これが主任の狙い通り「ワイルドで美味い」「手掴みで食うのが冒険者気分を味わえて最高」と、若い獣人や子供たちの間で爆発的な話題を呼び、またたく間に行列ができるほどの大ヒットを記録したのである。
「……ふっ、全ては私の計算通り(ロジック)です。事前プロモーションの勝利ですね」
徹夜明けで目の下にクマを作ったトカゲ係長が、ちゃっかり自分の手柄のように胸を張った。
「いや、お前、超絶反対してただろ。……何言ってんだ。」
呆れ顔でツッコミを入れる強欲のオオカミ主任だった。
待遇は、この功績により、さらに改善されることとなった。――何故か、肝心の「服」だけは、改善されなかったのだが。




