29話 エルフの飼育員、マヨネーズにハマる
佐藤創太(39歳・元社畜)が開発した「ツナマヨおにぎり」を一口食べたエルフのナターシャは、ツナマヨよりもマヨネーズ自体のその悪魔的な美味さに衝撃を受けていた。
ある日、突然あの時の感動が蘇ったナターシャはある事を思いついた。
「主任、係長! ハダカザル様が作ったあの『白いソース(マヨネーズ)』は絶品です! あれは絶対に単品でもビジネスとして爆売れします! すぐに商品化すべきです!」
バックヤードで熱弁するナターシャだったが、腕を組んだオオカミ主任はフンと鼻を鳴らした。
「何を言うかナターシャ。あれはあの『ツナ(魚)』の油と混ざるから美味いのだ。つまりツナマヨ専用のソースだ。単品で売れるわけがないだろう」
伊達メガネをクイクイと上げながら、トカゲ係長も同調する。
「左様。あれはあくまで魚の引き立て役。ナターシャ君、君はまだまだビジネスの本質が分かっていないねぇ」
上司たちの無能な塩対応に、ナターシャは「これだから現場の分からない上司は……!」と激しい憤りを覚えていた。
諦めきれないナターシャは、ハダカザルの檻での動きを思い出しながら、バックヤードでこっそり自分用のマヨネーズ作りに挑戦した。
卵黄に油を少しずつ垂らしながら必死に混ぜる。エルフの手先の器用さも手伝い、驚くほど滑らかで完璧な「自家製マヨネーズ」が完成した。
いつもなら、ナターシャは主食である「生野菜のスティック」を、塩とレモン汁だけで質素に食べていた。
だが、出来上がった白いソースを、試しにきゅうりや人参のスティックもどきの先にちょんと付けて、パクリと口に運んでみた。
「――っっっ!!! ……う、うまい!!! 美味すぎるわ!!!」
濃厚なコクと絶妙な酸味が、瑞々しい野菜の甘みを何倍にも引き立てる。
塩とレモン汁の時代にはもう戻れない。
ナターシャの脳内に美味のイノベーションが起きた瞬間だった。それからのナターシャは、完全にマヨネーズの虜(依存症)になった。
朝も昼も夜も、野菜スティックにこれでもかとマヨネーズをたっぷりとディップして狂ったように貪り食った。
生野菜を食べているからヘルシーという免罪符のもと、彼女は恐ろしい勢いでマヨネーズを暴食し続けたのだった。
完全にマヨラーになってしまった。
それからしばらくして……。
アイドルとして絶大な人気を誇っていたナターシャのファンクラブ(ナターシャ親衛隊)の間に、激震が走った。
魔導携帯で拡散された彼女の最新画像を見て、従来の熱狂的なファンたちが一斉にざわついたのだ。
『【悲報】ナターシャちゃん、残念なことにちょっとふくよかになる』
「嘘だろ……あのスラリとした美しきエルフのナターシャちゃんが、ちょっとポッチャリしてる……!」
「幻滅だ! 退会する!」
スタイリッシュな美貌を愛していた初期のファンたちが一斉に離脱し、ファンクラブの会員数は一時、急落。
これに危機感を覚えたオオカミ主任は、頭を抱えて叫んだ。
「大変だ係長! ナターシャの株が大暴落だ! 」
しかし、主任の心配は杞憂に終わった。
SNSでナターシャの「ちょっとふっくらした姿」がさらに拡散されると、それまで動かなかった異世界の新しい層のマニアたちが猛烈な勢いで立ち上がったのだ。
「待て……! ちょっと肉付きが良くなったナターシャちゃん、前より何倍も健康的で可愛いぞ!?」
「このモチモチ感こそ至高……! これからは『ぽっちゃりエルフ』の時代だ!!」
新たな需要に目覚めた新規ファンが怒涛の勢いで押し寄せ、ファンクラブの会員数はすぐに大復活。むしろ以前を遥かに凌ぐ熱狂的な巨大組織へと成長を遂げたのだった。
そんな熱狂の裏、バックヤードで、すっかりガタイの良くなったナターシャを見て、オオカミ主任とトカゲ係長が不審そうに声をかけた。
「おいナターシャ、最近なんだか……随分と立派な体格になったな? あと、さっきから君が美味そうに食べているその野菜スティックと、横にある白い泥のようなものは何だ?」
「……これですか? 私が自作したマヨネーズです」
ナターシャが冷めた目で差し出したそれを、主任と係長は「どれ」と少しだけもらい、野菜に付けて口へ放り込んだ。
「――っっっ!?!? う、うまい!!!」
2人の脳天に、マヨネーズの衝撃波が突き抜けた。
次の瞬間、強欲キングであるオオカミ主任の顔が、ゲスなビジネスマンの顔へと豹変した。
主任は胸を張り、最初からすべて知っていたかのように傲慢に言い放った。
「素晴らしい! やはりな! 俺は最初から、このマヨネーズというソースは生野菜に一番合うと言い張り続けていたんだ! 俺のビジネスセンスに狂いはなかった!」
すかさずトカゲ係長も、丸メガネをカシャカシャと歪ませながら割り込んできた。
「バカをおっしゃい主任! このマヨネーズを野菜スティックとセットで販売する計画を、水面下で完璧に練り上げていたのはこの私です! 私の手柄ですよ!」
「いや俺だ!」
「私です!」と、醜い手柄の奪い合いを始める無能上司たち。
あまりの厚顔無恥さに、ナターシャは怒りを通り越し、完全に呆れ果てて、終始無言を貫き、冷徹な視線を二人に送り続けるのだった。
そんな、裏で自分の発明した調味料を巡って、動物園の泥沼のキャットファイト(利権争い)が起きているとも知らず。佐藤創太は、今日も岩陰の高級お風呂に肩まで浸かり、のんきにつぶやくのだった。
「ふぅ、今日もいい湯だな。それにしても、最近ナターシャさんたちバックヤードでずっと言い争いしてて、全然檻の前に来ないな。おかげで誰にも邪魔されずに、普通に静かな一日が過ごせるわ」
今回は完全な「蚊帳の外」におり、至極平和で快適な一日を満喫していたのである。
たまたま、結界の檻の前を通り過ぎてくナターシャを見つめる創太。
「なんか、ナターシャさん、太ったのか?」
言葉は通じないはずなのに、ナターシャはキッと創太を睨みつけた。
「太ってないわよ!!バカっ!!」
言葉は通じないはずなのに、創太はやべぇと口元を抑えるのだった。
その後、動物園のフードコートで発売されたマヨネーズは、国中を揺るがす大ヒットを記録した。
あの新規マニア層たちに狙いを定めた看板には、主任と係長が勝手に考案した、あまりにもインパクトのある【最悪のキャッチコピー】が大々的に踊り狂っていた。
――『あの高潔なエルフを、激太りさせて虜にした禁断の悪魔のソース!』――
バックヤードでそのチラシを握り締めたナターシャの目が、怒りと羞恥心で目が血走っていたのは言うまでもなかった。
待遇はついに「自らの発明でエルフの体型をぽっちゃり化させた食文化の絶対神」レベルへ。だが、動物園は大儲けしたというのに、創太の身体を包む「服」だけは貧乏のままだった。




