28話 スケボーを極める?!
その日、佐藤創太は猛烈に暇を持て余していた。
(……あー、そういや俺、昔スケボーちょっとかじってたんだよな。当時は忙しくて諦めたけど……今の俺には、腐るほど時間がある!!)
そう、どうしても達成したい事があった。
板と一緒に空中へ飛び上がる基本にして究極の大技――オーリー(ジャンプ)だ。
創太はさっそく、檻の前にやってきたナターシャに向けて「スケボーが欲しいジェスチャー」を開始した。
ナターシャは「(な、……天界の神の乗り物チャリオットを欲しておられるのかしら……!?)」と青ざめながらも、園の職人に命じて、特製の『スケートボードもどき』を爆速で作り上げて檻に差し入れた。
「おおお! サンキュー、ナターシャさん!」
創太はさっそく、藁のスカートを揺らしながら板の上に飛び乗った。
だが、少し滑ってみて創太は苦笑した。このスケボーもどき、車輪ががっちりと固定されているため、左右に体重をかけても全く曲がることができなかったのだ。
(まぁ、言葉も通じないし、異世界クオリティだし、そこは仕方ないか。今の目的はターンじゃなくてオーリーだからオーケー、なんちゃって)
さあ、始めるか。
パチン、ガチャン
パチン、ガチャン
パチン、ガチャン
檻の中に、乾いた木の音と着地音が響き渡り始めた。創太は毎日、朝から晩までひたすら板の後ろを蹴り、地面を叩きつける特訓を開始した。
しかし、おっさんの身体は全く浮かない。
「違う、もっと弾く瞬間に前足を擦り上げるんだ……!」
39歳の元社畜は、かつてないほどの真剣な眼差しで、全裸(※藁のスカート)のまま、パチン、パチンと地味な反復練習を何千回と繰り返した。
一方、動物園の裏方では、全く異なるもう一つの問題が勃発していた。
創太が連日、朝から晩まで檻の中で不規則に響かせる「パチン、ガチャン」という乾いた木の音と着地音に対し、バックヤードのオオカミ主任は完全にうんざりしていたのだ。
「あああ、もう! あいつは一体さっきから何を叩いているんだ!? 仕事に集中できん! 胃に穴が空きそうだ!」
机に突っ伏して耳を塞ぐ主任の横で、ナターシャもため息をついていた。オオカミ主任に対して。
(お前もグチグチうるさいんですけどぉ?……仕事してよ!)
だが、結界の向こう側でこれを見ていた観客たちは、連日繰り広げられる「神の奇行」に、困惑していた。
「おい……ハダカザル様が、ずっと同じ行動をしているぞ……」
「あの車輪付きの呪具を、ひたすら狂ったように右足で床にパチパチと叩きつけているわ……」
彼らにとって、あれは乗り物に見えていた。しかしハダカザルは、「ただその場で床をパチパチとリズミカルに叩く」という、極めて単調で不気味な行動を何日も続けているのだ。
SNSは『【速報】ハダカザル、謎のパチパチ儀式を解禁。世界滅亡への秒読みか』と大炎上。
動物園全体が、謎の「オーリー習得練習」によって、かつてない張り詰めた緊張感に包まれた。
そして、特訓開始からある日の午後。
「――今だっ!!」
創太の意識が極限まで集中した。後ろ足でテールを爆発的に弾くと同時に、前足で板の表面をギューッと擦り上げる。
パチンッ!!!
次の瞬間、佐藤創太の肉体は、床から綺麗に30センチほどフワリと宙に浮き上がった。
完全なる、美しいオーリーの成功だった。
「よっしゃあぁぁぁぁぁぁ!!! 浮いた! 俺、今完全に浮いたぞぉぉぉぉっ!!!」
創太は檻の中で、ガッツポーズを決めた。39歳にして、ついに若き日の挫折を克服したのだ。
その瞬間、結界の向こうの観客たちから
「う、浮いたァァァァァァァァッ!!!」
「重力を無視したァァァァッ!!!」
「ハダカザル様、すげぇーーーっっっ!!!」
という、驚愕と大歓声のどよめきが地鳴りのように湧き起こった。
誰もがハダカザル様の偉大な力に大熱狂し、展示スペースのボルテージは最高潮に達していた。
――が、その直後のことだった。
たまたま展示スペース内の中で掃除していたチンパンジー獣人の清掃スタッフの男がいた。
彼は創太の元へと歩み寄ると、スケボーもどきを指差し、「俺にもやらせてくれよ」と身振り手振りのジェスチャーで伝えてきた。
1ヶ月も血の滲むような特訓をしてようやく浮き、観客から大絶賛された創太は、その様子を見て鼻で笑った。
(おいおい、そんな筋肉アピールしたって無理だろ。オーリーは力じゃなくて繊細なタイミングなんだよ。まあ、できるもんならどうぞ!)
創太はフンと鼻を鳴らし、足元に転がっていたスケボーもどきを彼へと差し出した。
観客たちも「一体何が始まるんだ?」と固唾をのんで見守る。
チンパンジー獣人は嬉そうにそれを受け取ると、特に深く考える様子もなく、ただ強靭な脚力に任せて地面を思い切り蹴り飛ばした。
バチンッ!!!!
次の瞬間、彼は初挑戦の1発目であるにもかかわらず、地面から綺麗に60センチはあろうかという圧倒的な高さまでフワリと跳び上がったのだ。
「……は?」
創太は目とお口を限界まで見開いたまま、完全にフリーズした。
そして、それを見た結界の向こうの観客たちの間にも、一瞬にしてシーーンと静まり返るような、なんとも言えない微妙な空気が流れ始めた。
「え……?あの人、1秒で成功した……しかも倍は高く飛んでた……?」
「あ、あれ……?ハダカザル様、 もしかして実はそんなに大した事じゃない……?」
さっきまでの「浮遊魔術だ!」という大熱狂が嘘のように、客席全体が目を逸らし合う泥沼の気まずさに包まれる。
一方、1発で大技を決めてしまったチンパンジー獣人は、再び何事もなかったかのようにモップを持って展示スペース内の清掃へと戻っていった。
(……クソが。もういいわ。急に冷めた。なんかもう、やる気なくしたわ)
自分の努力をフィジカルエリートに一瞬で踏みにじられ、熱意がゼロになった。
「くそ、最後に一発、今度は八つ当たり気味にいっちゃうぞー!」
荒々しい動きのままオーリーに挑戦した。しかし、苛立ちのせいで着地の瞬間にバランスを大きく崩してしまう。
「うお、っとぉ!?」
次の瞬間、足元からスケボーもどきが弾丸のような勢いで前方へとすっ飛んでいった。そして、そのまま硬い床へと猛烈に叩きつけられた。
ベキッ。
「ぎ、ぎゃあああああああああああああッッッ!!!! 痛い! 痛えええええ! 腕が変な方向に曲がってるぅぅぅぅぅッ!!!」
完全に右腕の骨折だった。
それを見たナターシャは顔を真っ青にしながら即座に治癒魔術師を手配し、それと同時に「これ以上、使わせるわけにはいかない」と、スケボーもどきを速攻で回収・没収してしまった。
数日後。魔術のおかげで腕は治ったものの、お気に入りの玩具を失った創太は、高級お風呂に肩まで浸かりながら、涙目で深くため息をついた。
「ふぅ……俺の短いスケボーライフ、終わっちゃったよ……。ああ、俺のスケボー、返してくれよぉ……」
ちなみにスケボーはキッズの間で静かに流行り出した。
待遇はついに「重力すらもパチパチと支配する、時空超越の超魔獣」レベルへ。だが、時間がどれほどあっても、服は無い。今日も藁のスカートがただカサるのみだったとさ。




