27話 日本酒を授かる
「ハダカザル様! ドワーフの親方から、あなたへ贈り物をお預かりしました!」
ある日の朝。
展示スペースにやってきたナターシャが、厳重に梱包された大きな木箱を抱えていた。渡されたその箱を開け、中に入っていた包みを解いた佐藤創太は、思わず目を丸くした。
「……え? うそだろ……これ、一升瓶じゃねえか!?」
そこにあったのは、異世界のガラス技術で作られた、見紛うことなき緑色の一升瓶だった。
創太が震える手でその栓を抜き、瓶の口に鼻を近づけた――その瞬間、檻の中にフワリと、脳を揺らすような芳醇で、キリッと澄んだ米の香りが広がった。
我慢できずにマイお猪口に注ぎ、クイッと口に含んでみる。
口いっぱいに広がるのは、豊かな米の旨味と、スッキリとした最高のキレ。
「――日本酒だ!!! 完璧に美味い、本物の大吟醸じゃねえか!!!」
創太は檻の中で藁のスカートを激しく振り乱し、一升瓶を愛おしそうに抱きしめて涙を流して感激した。
「ハダカザル様、あちらをご覧ください。このお酒を造ったのは、あそこにいるガラム親方です!」
ナターシャが展示スペースの客席側を指さす。
創太が涙目でそちらに視線を向けると、頑強な体躯に立派な髭を蓄えた一人のドワーフが、観客に紛れて腕を組んで立っていた。
彼は創太の感激ぶりを見ると、満足そうにフッと不敵な笑みを浮かべ、無言でサムズアップを突き出してきた。
それを見た創太は、一升瓶をそっと台座に置くと、ガラムに向けて真っ直ぐに背筋を伸ばして立った。
そして、腰を九十度に折る、完璧な日本式の深いお辞儀を繰り出したのだ。
異世界の感謝と敬意が極まったその美しい礼法に、ガラムは「おお……っ」と目を見張る。
米が家畜の餌扱いのこの世界で、一体誰がこんな究極の淡麗辛口を造ったというのか。
あの髭のドワーフか! 異世界の技術、どうなってんだ!?
――時は遡る。
世間では、創太のあの「モグモグ、ペッペッ事件」から数週間が経ち、今度は『【速報】ハダカザル、数週間溜め込んだ自分の唾液ドロドロ米汁を笑顔で完飲。完全に一線を超えた』として、SNSで再び大炎上していた。
スマホの画面を睨みつけ、眉をひそめている一人の男がいた。
この国で一番の酒造りの天才、ガラム親方である。
ガラムは、画面の中で創太が露天風呂に気持ちよさそうに肩まで浸かり、例のツボから得体の知れないドロドロな液体を美味そうにクイッと煽っている動画を見て、強烈な嫌悪感を抱いていた。
「うげえ……なんだこのハダカザルは。数週間前に自分の体液で作ったとかいう呪いの液体を、風呂に入りながら美味そうに飲んでやがる。なんて気味が悪い……」
周囲の人間は「やはり邪神の儀式だ」「毒を飲んでいる」と怯えていた。
だが、酒造りに命を懸けるガラムの職人の勘が、妙な引っかかりを覚える。
動画の中のハダカザルは、あまりにも「格別に美味いもの」を味わう顔をしていたからだ。
「……おい、待てよ。あの顔……ただの狂気じゃねえ。まさか、あのツボの中で何が起きていたんだ?」
胸騒ぎがしたガラムは、すべての発端となった数週間前の最初の動画――通称「ペッペッ事件」のアーカイブを急いで検索し、貪るように再生した。
最初の動画の中で、創太は真面目な顔で米(家畜の餌)を口に含み、ひたすら咀嚼してツボに溜めていた。
そして、その米の溜まった素焼きのツボを大切そうに抱え、檻の隅にある「一番温かい場所」へとそっと置いたのだ。
その瞬間、ガラムの脳内に電撃のような衝撃が走った。
「……隅の温かい場所だと!? まさか、保温して発酵を促していたのか!?」
バラバラだったピースが一瞬で繋がった。
米を噛むことで唾液の酵素を混ぜ、デンプンを糖に変える。そして温かい場所で菌を繁殖させる。
あのハダカザルは、不味くて誰も見向きもしない家畜の餌を使って、まったく新しい製法を実践していたのだ。
ガラムは急いで、さっきの露天風呂の動画に戻った。
湯気の中で美味そうにドロドロな液体を煽るサルの姿をもう一度見つめ、ガラムはついに確信した。
「間違いない……! あれは『酒』だ!! 風呂に入りながら至高の表情で飲む、完全に新しい、未知の米酒だ!!!」
ガラムは豪快に膝を叩いて大爆笑した。
「ハハハハ! 面白い! 神の発想はやはり常軌を逸していやがる! よし、ドワーフの酒造りの意地を見せてやる。いっちょ俺様が本物のクオリティで最高の米酒を造って、あのハダカザルにプレゼントしてやろうじゃねえか!」
ドワーフの職人魂に完全に火がついた。
ガラムは国中の米を格安で大量に買い占めると、工房に引きこもった。
創太の「口噛み」と「保温発酵」のプロセスを独自の理論で解析し、ドワーフの最先端の発酵技術を駆使して、数週間寝ずに米の酒を醸造し続けた。
さらに、「これほどの極上酒を、不格好なツボや樽で出すわけにはいかねえ。この澄み切った酒には、中身が綺麗に見える緑のガラス長瓶こそが相応しいはずだ!」というガラムの天才的なひらめきにより、特注の一升瓶までも職人に作らせて再現したのだ。
そして完成した液体を口に含んだガラムは、その水のように清らかでいて圧倒的なキレがある極上の美味さに、ひっくり返るほど驚愕した。
大興奮のまま、完成した極上の一升瓶を抱えて動物園へと走り、ナターシャに「ハダカザル様に届けてくれ!」と託すと、自分は創太の反応を生で見るために客席へと陣取ったのだった。
――そして現在。
あの動画を見たドワーフが勝手に熱狂し、日本の技術を独自の解釈で超クオリティ再現してくれたとも知らず、佐藤創太は、今日も岩陰の高級お風呂に肩まで浸かり、ドワーフ特製の一升瓶から日本酒をお猪口に注いで、クイッと煽っていた。
客席のガラムに「まじでサンキューな!」と心の中で拝みながら。
「くぅぅぅーーーっっっ!!! 完璧! 完璧すぎるわ! 異世界のドワーフ、まじでいい仕事するなぁ! これで毎晩晩酌ができるぞ!」
そんな創太の様子を客席から見つめ、ガラムは深く深く頷いていた。
「あいつの、酒を煽る時のキレ、そしてさっきの見たこともねえ美しすぎる礼の作法……。間違いない、あいつはただのハダカザルじゃねえ。酒のすべてを知り尽っした、東方の高貴な『酒神の化身』か何かに違いねえ……!」
勝手に格の高さを見出され、ガラムの信仰心はさらに手のつけられない領域へと加速していく。
待遇はついに「新感覚の銘酒を誕生させた伝説の酒神」レベルへ。
だが、お酒のクオリティは極上に仕上がっても、創太の身体を包む「服」だけはいつまで経っても極上になることはなかった。
参考AI画像 感謝シーン




