26話 ツナマヨおにぎりと完全犯罪
梅干しおにぎりの成功に気を良くしていた佐藤創太は、さらなるおにぎりの可能性を模索していた。
(酸っぱい梅の次は、やっぱりアレだろ。日本のおにぎり界で不動の人気を誇る、最強の具材……ツナマヨだ!)
もちろん異世界にシーチキンもマヨネーズもないが、元社畜の知恵がある。
魚のオイル煮をフォークですり潰してツナ(もどき)を作り、卵黄、お酢、植物油、少々の塩をボウルに入れ、泡立て器を猛烈な勢いで回して黄金色の「自家製マヨネーズ」を完成させた。
これらを白米の中央にたっぷり仕込み、塩をつけた手のひらでリズミカルに三角形に握り固める。
ガブリと齧りついた創太の脳内に、衝撃が走った。
「――ッッッ!!! う、美味すぎる!!! 米の旨み、マヨのコク、ツナのフレーバーが完璧に三位一体になってやがる……! コレだよコレ、やっぱりツナマヨは裏切らねえ!!」
◇
その食事風景を、結界の向こうからじっと見つめる影があった。
自称インテリのトカゲ係長である。
(フッ、前回の『赤い悪魔の実』の時は、単体で貪り食って自爆していたが……. 今なら分かる。私はインテリだからな。あの実は大量の塩に漬けているのだから、しょっぱいのは当たり前だ。そして、愚かなオオカミ主任とナターシャはあれ以降、白い爆弾=マズイと決めつけている。だが、今回のあのツナ専用の白いソース(マヨネーズ)を絡めたものは違う。絶対にうまいやつ!独り占めにできるチャンスだ!)
トカゲ係長は、創太が檻の前にやってきたタイミングを見計らい、ひそかに接触した。
創太は、前回のナターシャの時のように「また具材が欲しいのかな?」と勘違いし、すり潰したツナマヨ(もどき)だけを渡そうとする。
だが、インテリトカゲ係長はすかさず、創太が持っている「白い三角形の塊おにぎり」をピシッと指差した。
(フッ、同じ過ちはしない。賢いのだ、インテリは。あの白い家畜の餌(米)と一緒に食べるからこそ、この料理は完成する!)
「お、おにぎりの方がいいの? はい、どうぞ!」
創太から念願の「ツナマヨおにぎり」をひそかにいくつか分けてもらったトカゲ係長は、バックヤードの隠れ部屋でそれをパクリと口に運んだ。
「――ッッッ!?!? なんというマイルドな旨みの爆発……!!」
米の旨み、ツナのフレーバー、マヨのコク。
その完璧な計算式のような美味さに、トカゲ係長は人知れず大感動したのだった。
定期的に極秘でツナマヨおにぎりを分けてもらうようになったトカゲ係長であった。
1人だけ楽しむ『完全犯罪』の成功だった。
◇
だが、完全犯罪は長くは続かなかった。
きっかけは、オオカミ主任がトカゲ係長の口の周りに一粒の白い米が付いているのを発見したことだ。
これこそが決定的な証拠。オオカミ主任はトカゲ係長がツナマヨおにぎりを食ったと確信し、満を持して取り調べを行おうとしていた。
◇
薄暗いバックヤードの一室。
一つのデスクを挟んで、オオカミ主任とトカゲ係長が対峙していた。
オオカミ主任はデスクの上のスタンドライトをぐいっと曲げ、トカゲ係長の顔面へダイレクトに照らす。
バンッ!!!
オオカミ主任が激しく机を叩いた。
「おい、トカゲ係長……! お前、何を食べていたんだぁ!?」
「な、何も食べてませんよ!」
トカゲ係長は必死にそっぽを向く。
オオカミ主任は鼻をクンクンと鳴らし、さらに身を乗り出して凄んだ。
「嘘をつけ! ツナマヨおにぎりを食っただろ! 俺の鼻はごまかせないぜ! お前の口から、もの凄く濃厚で、お魚と油の混ざった匂いがぷんぷんするんだが……!」
「ふ、フン……。証拠はあるんですか? 匂いだけなら法的には無罪ですよ」
トカゲ係長はメガネの奥の目をギラつかせ、インテリらしく挑発的な笑みを浮かべた。
(この展開は想定済みだ。決定的な物証はお前の口の周りについている!)
対する主任も、ニヤリと不敵に笑う。
「証拠ならあるぞぉ! お前の口についている、その……え? あれれ? なくなっている!?」
今度は係長がフッと不敵にニヤけた。
実は、オオカミ主任がチラチラと自分の口元を見つめている視線に気づいたインテリトカゲは、瞬時にすべてを察知し、会話の隙にペロリと米粒を舐めとっていたのだ。
「私の口に何か?」
トカゲ係長は勝ち誇ったように微笑む。
(証拠は隠滅してやりましたよぉ。私の完全犯罪はあばかれません!!)
形勢を逆転されたオオカミ主任。
(くそ、無理やり吐かせる……!)
オオカミ主任は冷酷な笑みを浮かべ、椅子から立ち上がった。
「ちょっと待ってろ」
オオカミ主任が向かったのは、部屋の隅にある厳重な金庫だった。
(フッ、黙秘するなら力技だ。あのハダカザルの作った『赤い悪魔の実(梅干し)』を口に放り込んでやれば、あまりの酸っぱさと塩辛さに悶絶して、すべてをゲロるに違いない……!)
悪魔の実を使った恐怖の拷問を企み、オオカミ主任はカチャカチャと金庫のダイヤルを回して重々しい鉄の扉を開けた。
しかし、中に安置されていたガラス瓶を引っ張り出し、光にかざした瞬間――オオカミ主任はピキリと動きを止めた。
「はぁ?……悪魔の実が減っている……だと!!」
明らかに数が足りない。瓶の中の隙間が不自然に広がっている。
オオカミ主任は瓶をじっと見つめながら、ゾッとするような低い声で呟いた。
「おかしいなぁ? ……この金庫の暗証番号を知っているのは、管理責任者である……」
オオカミ主任は、ギギギ……と錆びついた人形のように首を回し、強烈な眼光でトカゲ係長を睨みつけた。
「俺とお前だけだな!」
「ぎくぅうううううッッッ!!!」
トカゲ係長は全身を跳ね上がらせ、心臓が口から飛び出そうなほど狼狽した。
インテリのポーカーフェイスは粉々に砕け散り、脳内では(もうだめだ!)という絶望の文字がぐるぐると駆け巡る。
「これは動かぬ証拠だ。……これはお前の仕業だな!?」
「ひ、ひぎぃっ……!」
「金庫の備品を無断で持ち出すとは……窃盗だな!?」
完璧に言い逃れのできない別件逮捕。
トカゲ係長は顔面を真っ青にしてガタガタと震えだし、ついにしぶしぶ、本当に嫌そうな顔をしながら白状し始めた。
「……認めますよ! 認めりゃいいんでしょう! 実は、深夜まで残業をしていて、心も体もボロボロに疲れたある日のことです。むしょうに、脳がちぎれるほどしょっぱいものが食べたくなった……。ツナマヨおにぎりに味を占めていたわたしは、試しに、ツナマヨを取り除いた白米の中央に、少量の『悪魔の実』を埋め込んで食べてみたのです。そしたら、あの劇物が信じられないほど美味くなって――」
「……おい!!」
トカゲ係長が必死に弁明したその瞬間、オオカミ主任の目がギラリと凶悪に光った。
「今は赤い実(梅干し)の話を問い詰めてたんだ。……ツナマヨだと?」
「あッ……!!!」
トカゲ係長は、ハッと自分の口を押さえたが、もう遅い。まさに『語るに落ちる』。
オオカミ主任のラッキー尋問にまんまと引っかかり、まだバレていなかったもう一つの余罪を自ら漏らしてしまったのだ。
「お前、やっぱりツナマヨが入った爆弾おにぎりもくったんじゃねーか!!!」
「う、うう……! そうですよ! 食いましたよ! ですが主任、あの白い家畜の餌(米)……アレと一緒に食べると、ツナマヨはもちろんのこと、どんな劇物も美味しくなる劇的な緩和作用があるんです!」
観念したトカゲ係長は、がっくりと肩を落として、引き出しから証拠品を取り出した。
「……これが、『残りふたつ』のツナマヨおにぎりです……」
デスクの上にぽつんと並べられた、ふたつの三角形の白い爆弾。
オオカミ主任がその未知のグルメをじっと見つめ、ゴクリと生唾を飲み込んだ、その時。
ガチャッ。
「お疲れ様でーす」
お腹をすかせたナターシャが、偶然バックヤードの扉を開けて入ってきた。
「「ッッッ!!!???」」
不意を突かれた二人は、限界突破したスピードでデスクのツナマヨおにぎり1人1個づつ取り、それぞれの背中の後ろへ隠した。
あまりにも不自然すぎる動き、泳ぐ視線、そしてロボットのように硬直した二人の態度に、ナターシャの目は一瞬で据わった。
ナターシャは無言のままオオカミ主任のデスクへとツカツカ歩み寄り、スタンドライトの首をグイッと曲げた。
今度はオオカミ主任とトカゲ係長の二人の顔面に、強烈な光がダイレクトに照らされる。
「……主任。係長。お二人とも、その不自然極まりないポーズは何ですか? 何を後ろに隠しているんですか?」
「な、何も隠してないぞ、ナターシャ……。これはちょっとした腰痛のストレッチだ……」
「そうですよ、インテリに必要な背筋の運動を……」
「嘘をおっしゃいッ!!!」
バンッ!!!
バンッ!!!
ナターシャが凄まじい勢いで机を2回も叩いた。恐らく、大事なことなので2回叩いたのだろう。
「お二人のその怪しい挙動、完全に行き詰まったコソ泥のそれですッ!! 吐きなさい!!」
「「ひ、ひぃぃぃっ……!!」」
こうして、バックヤードには第二の取り調べ室が容赦なく開廷されるのだった。
◇
その後、ナターシャの圧倒的な圧に屈した二人は、涙目で「ツナマヨおにぎり」を差し出すこととなった。
没収されたふたつのおにぎりはナターシャの口へと容赦なく放り込まれ、バックヤードには米のうまさとツナマヨのコクによる、凄まじい味覚の地殻変動が巻き起こった。
トカゲ係長はと床を叩いて号泣する。
「わたしのツナマヨが、独り占めしていた私の完全犯罪のツナマヨがァァァァッ!!」
ツナマヨおにぎりを美味しそうに食べるナターシャを悲しそうな顔で見ていたオオカミ主任。
だが、ここで彼は一筋の光を見つける。
強欲なオオカミ主任の脳内は瞬く間に金貨の形で埋め尽くされた。
「これは売れる……! 大儲けのチャンスだ!」
こうして、園内のフードコートでハダカザル風の「ツナマヨおにぎり」と「梅干しおにぎり」の2種類を同時に売り出す試験販売イベントが緊急開催された。
新作のツナマヨおにぎりは「美味い!」と一般客やライト層の間で瞬く間に大絶賛の嵐となった。
一方、問題の「梅干しおにぎり」を口にした一般の獣人たちは、やはり「酸っぱい! しょっぱい!」と顔をくしゃくしゃにして大激怒。
ネット上には『やっぱり毒物だ』と炎上気味の辛辣なレビューが並んだ。
しかし――なぜか、一部の層だけがその評価に猛反発した。
それは、毎日ドロドロになりながら国境の砦を築いている「重労働の職人」や「ガテン系のドワーフ戦士」たちだった。
彼らは梅おにぎりを口に含んだ瞬間、ガタガタと震え、涙を流したのだ。
「……これだ。この強烈な塩味と酸味が、一日の仕事の疲れに、骨の髄まで染み渡る……っ!」
ドワーフの職人たちが毎日フードコートに押し寄せ、梅おにぎりを買い占めていくという奇妙な熱狂が生まれたのだった。
そんな、裏で自分の料理を巡って大衆向けグルメと労働者階級のバイブルの抗争が起きていたとも知らず。
佐藤創太は、今日も岩陰の高級お風呂に贅沢に浸かりながら、のんきにつぶいた。
「ふぅ、お風呂上がりのツナマヨおにぎりは最高だな。……そういえば、フードコートでおにぎりが売られてたみたいだけど、みんな喜んでくれてるみたいで良かった。やっぱり日本食は万国共通だな〜」
待遇はついに「流行の最先端を走る、天才豊穣魔獣」レベルへ。だが、おにぎりの一般受けは成功しても、創太の服の支給だけは、惜しまれぬまま永久に販売終了のままであった。




