23話 おにぎりを握る
シーズン2はじめました。ゆっくり投稿します。よろしくお願いいたします。
その日、佐藤創太(さとう そうた・アラフォー・元社畜)はひどくソワソワしていた。
彼には、何が何でも、どうしても食べたい「日本人のソウルフード」があったのだ。
きっかけは、今朝の朝食として支給されたお皿の上。そこにポツンと転がっていた「あんずもどき」の果実だった。
創太はその小ぶりで丸い果実をじっと見つめているうちに、脳内に電撃が走った。強烈な望郷の念が限界突破したのだ。
(これ……大量の塩で漬け込んで天日に干したら、梅干しっぽくなるんじゃねえか……? 米はある。そうなったら、作るものは一択。梅干しおにぎりだろぉぉぉ!)
思い立ったら即行動。だが、梅干しを仕込むには密閉して寝かせるための「ツボ」が必要だ。
創太は檻の前にやってきた飼育員のナターシャを引き留め、必死の形相で身振り手振りを開始した。
両手で丸くて深いツボの形を描き、そこに何かを詰め込んでギューッと力任せに押し込み、蓋をしてしばらく寝かせる――という、渾身の「ツボくだせぇジェスチャー」である。
だが、対するナターシャの脳内フィルターを通ると、こう変換された。
(な、何か大きな丸い容器に生贄の肉をギチギチに詰め込んで、ドス黒い呪いの儀式でもするつもりかしら……!?)
顔面を真っ青に染め上げた彼女は、邪神の逆鱗に触れて世界が滅ぶのを防ぐため、バックヤードからマッハの速度で手頃な素焼きのツボを持ってきて檻の中に差し入れた。
「サンキュー、ナターシャさん!」
創太はツボを受け取るや否や、大量の塩とあんずもどきを交互にレイヤー状に敷き詰め、重しをして数週間じっくりと密閉熟成させた。
◇
さらにある晴れた日。創太はツボからシワシワになった果実を取り出すと、岩の上に一つずつ丁寧に並べて天日干しにし始めた。
全裸(藁のスカート着用)のアラフォーおっさんが、謎の赤い果実を狂気的な執念で並べている。
この世の終わりみたいな光景を見た観客たちは、結界の向こうで歯をガタガタと鳴らし、失禁寸前で震え上がっていた。
「おい、見ろよ……。ハダカザル様が、岩の上に謎の『赤い肉塊』を不吉な等間隔で並べているぞ……」
「あれはただの果実じゃないわ! 太陽の熱と呪力を集めるための、邪悪な魔術陣形よ!」
「見ろ、あのハダカザル様の冷徹な目を……。きっと、この国を根絶やしにするための古代の終末兵器を仕込んでいるんだ……!!」
パシャパシャパシャパシャ! と断末魔のようなフラッシュが焚かれる中、創太は会心のニヤリを見せた。
「よしよし、いい感じに干せてるな」
その笑顔は、観客たちの目には「世界を滅ぼした邪神の微笑み」にしか見えなかった。
◇
数日後、完璧に干し上がった『自家製・梅干し風あんず』を一粒つまみ、口に放り込む。
「……すっぱ!!! クゥゥーッ、でもこれ、脳汁出るほど完璧に梅干しだわ!」
再現度の高さに大満足した創太は、鉄のボウルで米をふっくらと炊き上げた。
手のひらに塩をすり込み、湯気がモウモウと立ち上る熱い白米を、素手で容赦なく掴む。
そしてその中央に、先ほどの最凶の呪物(梅干し)をゴロリと入れた。
三角の型を作るように、手のひらで米を優しく握り固める。
熱さで限界を迎える前に、両手をマシーンのようにリズミカルに動かした。
史上最強の「梅干し風おにぎり」の完成である。創太はそれをガブッと豪快に、一匹狼のごとく齧りついた。
「うめーっ!!! 白米の圧倒的な旨さと、このガツンと脳天を殴る酸味! これぞ日本の宝、人類の救済!」
だが、この狂気の食事風景を目撃していたオオカミ主任は、鋭い牙をドラムの連打のように鳴らしながらナターシャを激しく揺さぶった。
「お、おいナターシャ……! あのハダカザル(神)が、お前が貢いだあのツボと、太陽の魔術で干したあの赤いコアを家畜の餌の中に封印した……! 間違いない、あれは『爆弾』だ! ナターシャ、特攻してあの三角形の爆発物質を一つ奪取してこい! 安全性を確かめるんだ!」
主任にパワハラ気味に懇願され、ナターシャは
「ええ……」
とテンションダダ下がりで、困惑しながらも檻へ決死の接近。身振り手振りでおにぎりをねだってみる。
「え? 何かほしいの?」
ここで創太の脳内にピコーンと駄目な閃きが降ってきた。
(さては、さっきの梅干しが欲しいのかな? よし、異世界の友人に日本のソウルフードをお裾分けだ!)
「よし、奮発して山盛りにあげよう!」
創太はカゴに梅干しをこれでもかと大盛りにして、満面の聖母のような笑顔で手渡した。
「え、そっち!?あ、ありがとう……」
ナターシャは盛大に困惑していた。本当はあの白い爆弾(米)で包んだものが欲しかったのだが、言語の壁は厚い、これで妥協することにした。
これが、のちにバックヤードを地獄絵図に変える引き金になるとは知らずに。
◇
バックヤードに戻ったナターシャ、オオカミ主任、トカゲ係長の3人は、机の上に置かれた謎の赤い物体(高濃度塩分&酸味の塊)をおそるおそる見つめていた。
「よし……ひとり一つだ。一斉に試食してこの兵器を無力化するぞ。いくぞ、せーの……」
パクッ。
「「「――――っっっ!!!!???」」」
次の瞬間、3人の時が止まった。そして顔面の表情が爆発した。
口の中を凄まじい爆発が襲う。果物のフルーティーな爽やかさなど微塵も存在しない。
脳天を音速で突き抜ける圧倒的な酸っぱさと、舌の細胞をガチで凝固させる強烈なしょっぱさが、ダイレクトに味覚を更地にしていく。
「す、酸っぱいぃぃぃぃぃっ!!! 毒だ! 味覚の全神経を消滅させる新型の大量破壊兵器だこれぇぇぇっ!!」
オオカミ主任は涙目どころか大号泣で床をのたうち回り、ブレイクダンスのようになっていた。
「しょ、しょっぱ……ひぎぃっ!」
トカゲ係長は、喉をかきむしって完全に呼吸困難に陥っている。
「?!(言葉にならない絶叫)」
ナターシャも梅干しの洗礼に見事に一撃でノックアウトされ、酸っぱさのあまり顔の全パーツが中央にギューッと吸い込まれ、目を白黒させて硬直していた。
それもそのはず。
おにぎりのように「米」という最強のクッション(緩衝材)があれば、まだ味の暴力が中和されて食べられたかもしれないのだ。
しかし、日本食ルーキーの3人にとって、初見殺しの梅干し単体はベリーハードを越えた、いわばデスゲーム。
酸味と塩味の超高濃度プールにダイブしたようなものである。
「お前があげたあのツボ、やっぱり呪いの魔力抽出器だったんじゃねえか……! こんな悪魔の実を美味そうに笑顔で食うなんて……やっぱり、ハダカザル様は人間の皮をかぶった高次元の捕食者だ……!」
主任は吐き捨てるように言った。そして、這いつくばりながらこう続けた。
「……クソ、これは流石に売り物にはならん! 金儲けのチャンスがァァァ!!」
強欲な密かな金儲けの企みが、無残にも散った瞬間だった。
そして、赤い悪魔の実は危険物として厳重にガラス瓶に入れられ、バックヤードの金庫に封印された。
◇
自分がただおにぎりを握ってハッピーになっていただけなのに、「毒物を常食する最凶の魔獣」として畏怖されているとも知らず。
佐藤創太は、今日も岩陰の高級お風呂に贅沢に浸かりながら、極上のため息をついていた。
「ふぅ、やっぱり日本人のソウルフードはおにぎりだな。それにしても、さっきナターシャさんに梅干しあげたら、バックヤードの方からすごい叫びが聞こえたような……? 異世界の仕事も、なかなかハードなんだなぁ」
全裸(※お馴染みの藁のスカート)のおっさんは、異世界の上司たちが酸っぱさで顔をフリーズドライさせている理由を1ミリも察することなく、のんきにお風呂に浸かるのだった。
待遇はついに「自作の劇物を嗜むグルメな高等魔獣」レベルへ。だが、肝心の服はやっぱりもらえず。梅干しを食べたあの酸っぱい顔のような、なんとも言えないシュールな後味を残すのだった。




