最終話 自然に帰る
ブックマーク及びリアクション、ありがとうございました。また、評価及び感想もありがとうございました。励みになります。
数々のブームを巻き起こし、温泉の神として世界を動かしてきたハダカザルこと佐藤創太に、ついにその時が訪れた。
国の最高権力である王室から、公式の全権特使が動物園へと派遣されたのだ。彼らが携えてきた国王直筆の聖なる免状、それは、ハダカザルのこれまでの多大なる功績を讃え、褒美として『自然に帰る権利』を特別に許可するというものだった。
「ハダカザル様、おめでとうございます……!」
結界の前で、ナターシャが翡翠色の瞳を涙で濡らしながら微笑んでいた。
オオカミ主任もトカゲ係長も、ハンカチで目を押さえて号泣している。
例によって、創太には彼らの言葉が1ミリも理解できなかった。
だが、目の前でついに結界魔法が完全に解除されたのを見て、アラフォー元社畜の脳内には、素晴らしい勘違いが駆け巡っていた。
(……間違いない。これ、小説でよくある『魔王討伐後のハッピーエンド』だろ! ついに俺の功績が王様に認められて、この窮屈な檻から出してもらえるんだ。これから王城の客間に案内されて、もう仕事もしなくていい、可愛い女の子たちに囲まれた最高に優雅なスローライフが始まるんだ……!)
「みんな、今までありがとう! お世話になりました!」
創太は満面の笑みを浮かべ、腰の藁のスカートをカサカサと揺らしながら、お世話になった高級露天風呂と水洗トイレに別れを告げ、特使の馬車へと意気揚々と乗り込んだ。
しかし、馬車に揺られること半日。到着したのは、王城……ではなく、国の最果てにある、前人未到の『暗黒大密林(魔獣だらけの大自然)』の入り口だった。
ガチャン、と馬車の扉が開かれ、特使たちが敬礼する。
「さあ、ハダカザル様! ここがあなたに約束された自由の大地、手つかずの大自然です!」
そう言って創太を地面に降ろすと、馬車は砂煙を上げて、あっという間に地平線の彼方へとさっさと消え去ってしまった。
「……え?」
夕暮れの大自然の入り口に、藁のスカート一枚でポツンと残された佐藤創太(39歳)は、あまりの衝撃に言葉を失い、その場で呆然と呆け返っていた。
王城の客間はない。美味い醤油も、浄化された卵もない。
あるのは、見上げるほどの巨木が生い茂るジャングルと、遠くから響く野生の魔獣の「グルゥゥ……」という凶暴な咆哮だけだった。
(……え?ナニコレ?自然にリリースされただと?!冗談だろ!? ここで全裸で暮らせってか!? クソみたいな満員電車より過酷なんですけど!!!)
現実に気づいた瞬間、創太の生存本能が叫んだ。
ここにいたら1日で魔獣の餌だ。あのアットホームで冷暖房完備、3食昼寝付きの「我が家」へ帰るんだ!
そこから、創太の地獄のロードムービーが始まった。数日間、獣人に見つかれば不審者(あるいは脱走した野生動物)として捕まるか、討伐されてしまう。
創太は自作の藁のスカートを泥まみれにしながら、昼間は茂みに隠れ、夜の闇に紛れて、人目を避けながらひたすら動物園を目指して歩き続けた。
道中、野生のイノシシ魔獣に追いかけ回され、泥水をすすり、アラフォーの肉体は完全にボロボロの限界を迎えていた。
一方その頃、異世界動物園のバックヤード。
「ふんふふ〜ん♪ 今日も世界は平和だわ〜〜♪」
エルフのナターシャは、これまでにないほど最高に上機嫌だった。
ハダカザル(神)がいなくなったことで、毎日の恐怖の呪詛(※ただの感謝の拝み)に怯える必要もなければ、大炎上するTKGのクレーム対応に追われることもない。勝手にファンクラブを結成して出待ちする男たちも一瞬で解散していった。
久しぶりに取り戻した、穏やかで気高きエルフとしての自由な日々。
ナターシャは「あ〜、せいせいした! やっとあのおっさんの飼育係から解放されたわ!」と心の中で快哉を叫び、ステップを踏むような軽い足取りで、夕方の見回りのためにバックヤードの勝手口の扉を開けた。
――その瞬間だった。夕闇のなか、扉のすぐ向こうに、泥と煤にまみれ、藁のスカートはボロボロに引き裂かれ、頬がゲッソリとこけた幽霊のような男が立っていた。
「……あ」
創太はナターシャの顔を見るなり、安心感から大粒の涙をボロポロと流し、「ただいま……」と言わんばかりに力なく手を振った。
ナターシャの顔から、一瞬で血の気が引いた。彼女の脳内に、あの悪夢のような日々がフラッシュバックする。
「いやああああああああああああああああああああっ!!! なんで戻ってきてるのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
ナターシャの絶叫が夕暮れの動物園に響き渡る。
そんな彼女の拒絶をよそに、創太は自ら慣れ親しんだ檻の、いつもの乾草のベッドへと吸い寄せられるように這い戻り、そのまま泥のように爆睡した。この衝撃の帰還劇に、駆けつけたオオカミ主任とトカゲ係長は深く感動し、ハンカチを濡らした。
「おお……! ハダカザル様は、大自然の自由よりも、我々との絆を、この動物園を『我が家』として選んでくださったのだ……! なんて情の深い、気高き生ける神なのだ……!」
ナターシャだけが、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。
翌朝。
動物園のハダカザルエリアの前には、大群衆が詰めかけ、神の帰還に大歓声を上げていた。
そこには、ナターシャの(怒りの)浄化魔法によってすっかりピカピカになり、新調されたマイ箸で綺麗に焼き魚をほぐし、最高級の個室水洗トイレに入り、風呂上がりに至高の顔でTKGを掻き込む、元通りの佐藤創太の姿があった。
「あ〜〜〜……やっぱり、我が家(檻)の風呂が一番だわ。3食昼寝付き、冷暖房完備、サウナもトイレも最高級。やっぱり、この動物園こそが俺にとって世界一のホワイト職場(配属先)だったんだな!」
一度は自由の大自然を経験したからこそ、檻のありがたみが骨の髄まで染み渡る。自らの意思で檻に閉じこもり、「ここが最高の天国だ!」と満足する男。
そんな、彼の「快適な引きこもりライフへの凄まじい執念」が、異世界では『自由すら捨てて民の前に留まり続ける、あまりにも慈愛に満ちた大恩の神』として聖書に刻まれるほどの大感動を巻き起こしているとも知らず。
ハダカザル(39)は今日も、世界一安全で快適な鉄格子の向こう側で、のんきに藁のスカートを揺らしながら、最高に幸せな珍獣ライフを謳歌するのだった。
待遇は動物園の王様級。しかし、最終回を迎えても服は支給されなかったのだ。




