20話 最終回か?服を着る
TKGの大炎上騒動を見事に乗り越え、動物園の売上は過去最高を記録していた。
そんなある日、バックヤードでオオカミ主任の頭の上に、ピコーンと目に見えるような電球が灯った。
主任はキラキラとした目で、自信満々にトカゲ係長へ言い放った。
「おい係長! 俺はとんでもない名案を閃いちゃったぞ。あのハダカザルにさ、服を着せて展示するってのはどうだ?」
「…………」
「どうだ! 我ながら素晴らしいアイデアだろ! 服を着た珍獣なんて、世界中のどこの動物園を探してもいないぞ! 間違いなく大ヒットだ!」
トカゲ係長は、主任の言葉に対して何か言いたげに口をモゴモゴと動かしたものの、結局は何も言わずに深い沈黙を貫いた。
だが、主任はそんな係長の無言を「あまりの天才的発想への感銘」と都合よく解釈し、さらに自信を深めて話を大急ぎで進める。
「服は派手なのが良いかな! ……いや、それだとちょっと人工的すぎて野生の魅力が薄れるな。よし、地味な服で行こう。その方がハダカザル様の高潔さが際立つはずだ!」
「…………」
やはり係長は何も言うことなく、最後まで無言を貫いた。
こうして、主任の独断によってハダカザル着衣プロジェクトが可決された。
翌朝。
創太が目覚めると、展示スペースの岩の上に、見慣れた「布の塊」が置かれていた。それは、異世界の作業員が着るような、実につつましく地味な灰色の上下の服だった。
「ふ、服……? 服だ……服が支給されたぞおおおおお!!」
創太は震える手でそれを抱きしめ、涙を流して感激した。
ついに、自作の藁のスカートをカサカサと鳴らす日々からの脱却。
全裸同然の原始人から、20話目にしてついに文明人へと戻る大きな一歩だ。
創太は厳かな手つきで袖に腕を通し、ズボンを穿いた。39歳のアラフォー元社畜は、腰に神のバスタオルを巻くこともなく、すっくと岩の上に立ち上がった。
切ない秋風が作業着の布地を優しく叩く。
創太は誰もいない檻の中から遠い宇宙を見つめ、往年の宇宙飛行士のような名言っぽいつぶやきを漏らした。
「……一人の人間にとっては小さな一歩だが、ハダカザルにとっては偉大な飛躍だ」
布に包まれるというだけで、長年のサビ残と満員電車、そして異世界での全裸生活で擦り切れていた心が完全にリフレッシュされ、きれいに洗われていく。
あまりの嬉しかった気持ちと、これほど素晴らしい配慮をしてくれた動物園への感謝が、創太の社畜魂を激しく燃え上がらせた。
(こんなに良くしてもらって、タダで飯を食うわけにはいかない。そうだ! 感謝を込めて、この展示スペースを隅々まで大掃除しよう!)
服を着た創太は、隅に置いてあるホウキと雑巾を手に取り、岩場の汚れをゴシゴシと磨き、散らかった藁を綺麗に掃き集め、展示スペースの隅から隅までピカピカに掃除し始めた。
元社畜の徹底的なお仕事モードである。
だが――
開園時間を過ぎてから、妙な違和感が漂い始めた。
いつもなら大群衆で溢れかえるはずの観客席が、目に見えて減っていくのだ。
せっかく集まったわずかな客たちも、結界の前でありありとした違和感を顔に浮かべて首を傾げている。
「ねえパパ、ハダカザル様はどこ……?」
「何もいないよー! つまんない!」
子供たちや観客がガッカリした顔で立ち去っていく。それもそのはず。観客が見に見にきているのは『藁のスカートを穿いて優雅にサウナに入り、TKGを貪り食う神秘の珍獣ハダカザル』なのだ。
今、檻の中にいるのは――
地味な灰色の作業着を着て、黙々と腰を曲げて岩を雑巾がけしている、ただの「どこにでもいる清掃員のスタッフ(39歳のおっさん)」だった。
あまりにも風景に馴染みすぎていて、誰もそこに新種の魔獣(神)がいるとは気づかない。ただの「開園前に掃除が間に合わなかったバイトのおじさん」にしか見えないのだ。
結局、着衣の効果はビジネスとして最悪だった。閑散とする展示スペースの客間の様子を見て、オオカミ主任は頭を抱えて叫んだ。
「こ、こんなバカな! 服を着た知性的な姿が大ウケするはずではなかったのか!?」
その横で、トカゲ係長は口を開くこともなく、やはり何か言いたげな目のまま、無言で主任をじっと見つめていた。
「…………」
夕方、ナターシャによって容赦なく服を回収(剥ぎ取られ)され、再び自作の藁のスカート一枚に戻された創太は、冷たいコンクリートの床にぽつんと座り込んだ。
「……あ、あれ? 俺の服は……?」文明人としての喜びは、わずか1日で終わりを告げた。
再びハダカザル(39)に戻ったおっさんは、寂しそうに藁のスカートを揺らしながら、「やっぱりここはホワイト企業じゃなくて、ただの厳しい動物園だったわ」と、遠い故郷の空を涙目で仰ぐのだった。創太の喜びは1日で終わった。服への道のりは、あまりにも遠い。
待遇は初めてのマイナスを記録した。
「あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!『檻の中で服を着て文明人になったと思ったら、いつのまにか服を剥ぎ取られて元のハダカザルに戻っていた』な…何を言っているのか、何をされたのか…頭がどうにかなりそうだった…ホワイト企業だとか厳しい動物園だとか、そんなチャチなもんじゃあ、断じてねえもっと恐ろしい異世界の片鱗を味わったぜ…」




