14話 エルフの飼育員、バズる
「……なんなのよ、これ」
異世界動物園のバックヤード。
担当飼育員のナターシャは、自身の魔導携帯の画面を眺めながら、引きつった声を漏らしていた。
画面に映っているのは、先日創太たちと行った大縄跳びの動画だ。
タイミングを外したナターシャが創太に正面衝突し、ロープが絡まって4人揃って盛大にコンクリートの床へすっ転ぶ――という、最高に間抜けなシーンである。
当然、ハダカザル(神)の新しい奇行としてバズると思っていた。
だが、動画のコメント欄を埋め尽くしていたのは、全く別の言葉だった。
『転んだ後のエルフの飼育員さん、顔真っ赤にしててめちゃくちゃ可愛い!』
『神の御前で大失敗して慌ててる姿、最高に美人すぎる。保護したい』
『普段の冷徹な顔とのギャップがやばい。推せる』
ナターシャが赤面して慌てる数秒間のスローモーション動画が切り取られ、異世界のSNSで爆発的なシェアを記録。
気づけば彼女は、「世界一可愛い飼育員」として大絶賛を浴びる超有名人になっていたのだ。
翌朝、ナターシャがいつも通り出勤すると、動物園の正門前には見たこともない数の出待ちの群衆と、魔導カメラを抱えたメディアの群れが押し寄せていた。
「ナターシャさん! こちらに笑顔をください!」
「ハダカザル様との熱愛の噂は本当ですか!?」
「ひっ……!?」
急に浴びせられるフラッシュの嵐と大歓声に、ナターシャは完全に困惑し、脱兎のごとくバックヤードへと逃げ込んだ。
心臓がバクバクと脈打っている。
そこへ、ニンマリと嫌な笑みを浮かべたオオカミ主任とトカゲ係長がやってきた。
「いや〜、ナターシャくん! 君のおかげで、ハダカザルグッズに続いて『ナターシャ公式ブロマイド』の売れ行きが絶好調だよ!」
「これからは園の看板娘として、もっとハダカザルと積極的に絡んでいこう。明日は二人で一緒にサウナに入る動画なんてどうだね?」
「お断りします!!!」
上司たちの強欲な提案を一蹴し、ナターシャは頭を抱えた。
私はただの真面目な飼育員だ。
神聖(※恐怖)なるハダカザルのお世話をしているだけなのに、なぜ自分がこんな見世物のような扱いを受けなければならないのか。
一方、結界の向こう側。
佐藤創太は、今日も自作の藁のスカートを腰に巻き、高級露天風呂から上がって優しく湯気を立たせていた。
「あれ……? なんだか今日のナターシャさん、妙にソワソワしてるな」
岩陰から外の様子を伺うように、チラチラとこちらを見ているナターシャ。いつもなら氷のように冷たい翡翠色の瞳が、心なしか泳いでいるように見える。
(なるほど。さては、こないだの大縄跳びで俺に正面衝突したのを、まだ気にしてるんだな。エルフの美人さんなのに、全裸同然のおっさんにぶつかっちゃって恥ずかしかったんだろう)
日本のビジネスシーンで培った、驚異的な「空回り気配り思考」が発動する。ここで気まずい空気にするのは、大人の男として二流だ。
創太はナターシャの緊張をほぐしてやろうと、満面の笑みを浮かべた。
そして、腰の藁のスカートをカサカサと鳴らしながら彼女に近づくと、右手を優しく差し出し、親指を立てて交互に前後に動かした。
リーリに教えた、手話の『友達』のサインだ。
(大丈夫、俺たちはもう大縄を一緒に跳んだ『戦友』じゃないか。気にするなよ!)
創太は励ますように、何度も温かい笑顔で『ともだち』の手話を繰り返した。
だが、それを結界越しに目撃していた観客(出待ちのナターシャファン)たちは、一斉に悲鳴を上げた。
「あ、あのハダカザル……ナターシャさんに求愛のダンス(※手話)を踊ってるぞ!?」
「なんて尊いんだ……! 傷ついた彼女の心を、指先の言葉で慰めている……!」
「神に見初められた飼育員……! この二人、ガチで公式カップルじゃないか!」
パシャパシャパシャパシャ!!
と、昨日を遥かに凌ぐフラッシュの嵐が創太とナターシャを包み込む。
その光景はすぐさまSNSに投稿され、『【速報】ハダカザル様、困惑するナターシャに「愛のメッセージ」を送る。全異世界が嫉妬』として、再び天文学的な数字で大バズりを果たした。
「な、なんでそうなるのよぉぉぉぉぉぉっ!!」
ナターシャはついに顔を真っ赤にして泣き叫んだ。
残された創太は、差し出した右手のまま、ぽかんと首を傾げる。
「え? また泣いて逃げちゃった。やっぱりエルフのメンタルは繊細だな……。よし、気を取り直して、お供え物のメロンでも食うか」
藁のスカートを揺らしながら、のんきに最高級フルーツに舌鼓を打つ創太。
自分の優しい気遣いが、担当飼育員をさらに「世界のアイドル」へと押し上げ、外の喧騒を何倍にも狂わせているとも知らず、神は今日も檻の中で優雅な一日を過ごすのだった。
待遇はまるで芸能事務所のボスレベルへ。だけど、服はもらえず、裸芸だけがレベルアップするのだった。




