11話 ととのう、そして神に昇格する
動物園内に新設されたサウナ付き大浴場は、連日、文字通りの大盛況となっていた。
だが、そのブームを決定決定づけたのは、ハダカザルを最も近くで観察していた身内――
つまり動物園の職員たちだった。
「……信じられないわ」
バックヤードの脱衣所で、担当飼育員のナターシャは鏡に映る自分の肌を見て目を見開いていた。
エルフは元々美肌の種族だが、創太の真似をして毎日「サウナ・水風呂・外気浴」を繰り返すようになってから、肌の透明感が異次元のレベルに達していたのだ。
それだけではない。
日々の立ち仕事で慢性化していた肩こりや腰の重さが、嘘のように消え去っていた。
(血行が良くなるだけで、こんなに体の調子が変わるなんて……。)
しかし、恐るべき真の効果は、精神が異様に落ち着くということだった。これは瞑想のような効果なのか?
(とにかく、何と表現すれば良いの分からないが、そうね、『ととのう』という感じかしら)
エルフはピンポイントで『ととのう』という表現を的確に当てた。恐るべしエルフ。
(あのハダカザル、やっぱりただ者じゃないわ!)
かつて創太を「呪術を使う恐怖のハダカザル」と恐れていた彼女の翡翠色の瞳には、今や深い敬意と感激の色が宿っていた。
虜になったのは彼女だけではない。
「いや〜、係長。この冷水に飛び込んだ後の、脳がとろけるような感覚……。これがナターシャが言う『ととのう』という境地ですな!」
「全くです、主任。サビ残の疲れが一気に吹き飛びますね!」
オオカミ主任とトカゲ係長も、今や仕事終わりにサウナへ引きこもるのが完全な日課となっていた。身をもってその絶大な効果を実感した二人は、さらなるビジネスの拡大を確信する。
『未知の領域のサウナと水風呂で「ととのう」を体験せよ!』
というナターシャが考えたキャッチフレーズと共にブームはついに、お堅い上流階級の耳にまで届いた。
「ハダカザルがもたらした入浴法には、万病を癒やす効果があるらしい」という噂を聞きつけ、高級馬車に乗った貴族たちが続々と動物園の大浴場を訪れるようになったのだ。
優雅にお湯に浸かり「あ〜〜〜」と声を漏らし、サウナで汗を流して、水風呂に入り、『ととのう』を体験する貴族たちの姿は、園内の新しい日常となった。
「主任! 貴族ギルドから、王都や他の領地にもこの風呂屋を作ってくれと、莫大な出資の打診が来ています!」
「よし、勝機だ! 動物園の枠を飛び出し、我が社は『ハダカザル大浴場チェーン』として全国にビジネス展開を始めるぞ!」
動物園の運営会社は、瞬く間にディベロッパーへと急成長。
異世界中のあらゆる街に、ハダカザルのイラストが描かれた暖簾を掲げる風呂屋が次々と建設されていった。
これに伴い、入浴という奇跡の文化をこの世界にもたらした創太は、いつしか『風呂と健康と「ととのう」の神・ハダカザル様』として、実質的な信仰の対象(神様)へと君臨するに至ったのである。
そんな、自分が世界のインフラを書き換えて神に祭り上げられている大騒動など、佐藤創太は1ミリも知らなかった。
「ふぅ……。今日もいい湯だったな」
創太は専用の高級露天風呂から上がり、支給されたふかふかの高級バスタオルを腰に巻いて、すっかり我が家のように快適になったお気に入りの岩場に腰掛けた。
「なんだか最近、ナターシャさんも主任さんも、俺を見る目がめちゃくちゃ優しいんだよな。ご飯も毎日豪華だし……。やっぱり、この動物園の福利厚生は世界一だわ!」
ふと見ると、展示スペースの片隅に、昨日まではなかった「神々しく輝く黄金のハープ(退屈しのぎ用)」と「最高級の完熟フルーツの盛り合わせ」が、まるで神前のお供え物のように丁重に飾られていた。
「おお! 今度はフルーツ盛り合わせか! いたれり尽くせりだなぁ」
全裸(※腰にバスタオル)のおっさんは、自分が「風呂の神」として崇められているとも知らず、高級フルーツをパクリと口に運んで、満足そうに微笑むのだった。
待遇はついに神の領域へ。だけど、バスタオルはもらえても、服はもらえないのだった。




