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第7話 暗殺の夜

暗殺の夜は、すべてを変えた。

ミリアーナの最大の裏切りにより、ヴェルナは追われる身となった。

愛が憎しみに変わる瞬間——予言の鎖は、二人をさらに深く絡め取っていく

帝国暦1277年、秋の深まり。


帝都は冷たい夜風に包まれていた。 

宮殿の奥深く、皇帝の私室は重厚な扉で閉ざされ、魔導灯の淡い光だけが揺らめいていた。


ミリアーナ・ヴァルハイトは、十七歳になっていた。

黒髪は艶やかに輝き、冷たい美貌は宮廷で「黒棘の妖姫」と恐れられるほどになっていた。

しかし、その身体は予言の代償と、老皇帝の欲望によって深く蝕まれていた。

胸や背中、太ももの痣はさらに広がり、毎夜のように血を吐くようになった。

この夜、彼女は再び皇帝の寝所に呼ばれていた。


老皇帝アルフォンスは、病でやつれた体をベッドに横たえながら、ミリアーナの白い肌を貪っていた。


彼の乾いた手が彼女の豊かになった胸を荒々しく揉み、腰を掴んで己の欲望を押し付ける。


「ミリアーナ、お前は最高の慰めだ」


皇帝の荒い息が耳元にかかる。

ミリアーナは甘い声を上げながら、心の中では激しい嵐が吹き荒れていた。


『今夜で、すべてを終わらせる』


行為の合間、彼女はヴェルナの顔を思い浮かべ、胸が引き裂かれるような痛みを感じた。


ヴェルナ、ごめんなさい。

あなたを愛しているのに

私が、あなたを最も残酷に傷つける。


涙が込み上げそうになるのを、彼女は必死に堪えた。

予言の幻視が、頭の中で繰り返し蘇る。

ヴェルナが魔王となり、大陸を血の海に変える未来。


それを防ぐ唯一の方法が、自分が悪役となり、ヴェルナに憎まれることだという残酷な現実。


『本当に、これでいいの?

あなたを裏切って、私を憎ませて。

本当に、あなたは救われるの?』


心が激しく揺れた。

幼い頃のヴェルナの笑顔、アカデミーで交わした約束、二人で夢見た未来。

それらが、胸の中で鮮やかに蘇り、彼女を苛んだ。

しかし、ミリアーナは唇を噛み、決意を固めた。


『私は、もう後戻りできない。

ヴェルナを守るためなら、この身も、心も、全部捨てる』


行為が終わった後、皇帝は満足げに彼女の髪を撫でた。

ミリアーナは優しく微笑み、皇帝の耳元で囁いた。


挿絵(By みてみん)


「陛下……今夜は特別に、特別な贈り物を用意しました。

どうか、お休みになる前に……」


彼女はそっと立ち上がり、部屋の隅に置かれた小箱から短剣を取り出した。


短剣の柄には、ヴェルナ・ド・ルシフェルの紋章が刻まれていた。

それは彼女が密かに用意した偽証の品だった。

皇帝は目を細めた。


「ほう、何だ?」


ミリアーナは短剣を皇帝の枕元に置き、静かに微笑んだ。


「ヴェルナが陛下に献上したいと言っていたものです。

どうか、お受け取りください」


『これでもう、引き返せない』


皇帝は短剣を手に取り、満足げに頷いた。

その瞬間、影の系譜の工作員が密かに部屋に入り、皇帝の首筋に微量の毒を仕込んだ。

計画は完璧だった。


同じ頃、ヴェルナは宮殿の外れにある自室で、いつものように剣の素振りをしていた。

十七歳の彼女は、七剣の中でも特に前線で活躍する戦士として名を馳せていた。

赤いビキニアーマーを纏い、栗色の髪を短く切り、赤い瞳に燃えるような闘志を宿していた。


「ふう……今日もミリアーナの奴、忙しそうだな。

早く一緒に酒でも飲みたいぜ」


彼女は無邪気に笑った。

ミリアーナが皇帝の側近として忙しいことを、純粋に心配していただけだった。

そこへ、突然、宮廷警備兵が複数人でなだれ込んできた。


「ヴェルナ・ド・ルシフェル! 皇帝暗殺未遂の容疑で逮捕する!」


ヴェルナは木剣を構えたまま、目を丸くした。


「は? 何言ってんだ? 俺が皇帝を?」


兵士たちは容赦なく彼女に飛びかかった。

ヴェルナは本能的に反撃し、数人を吹き飛ばしたが、すぐに魔力封じの網が投げかけられた。

彼女の体から魔力が奪われ、膝をつく。 


「くそっ……! これは罠だ! 誰だ、俺を嵌めたのは!」


その時、部屋の入り口にミリアーナの姿が現れた。

彼女は冷たい表情で、ヴェルナを見下ろしていた。


『ごめんなさい、ヴェルナ。

これがあなたを救う唯一の方法』


「ヴェルナ、残念だけど証拠はすべて揃っているわ。

あなたの短剣が、皇帝陛下の枕元にあった。

動機は、七剣の頂点に立つための野心よね」


ヴェルナの赤い瞳が見開かれた。


「ミリアーナ、お前、何言ってるんだ?

お前、俺を嵌めるのか?」


ヴェルナを糾弾するミリアーナの声は氷のように冷たかった。

しかし、その瞳の奥で、彼女の心は血を吐いていた。


『あなたの叫びが、私の心を千々に裂く。

でも、私は笑わなければならない。

あなたが私を憎むために』


「連れていきなさい」


ミリアーナの合図で、兵士たちがヴェルナを捕らえた。

ヴェルナは激しく抵抗し叫んだ。


「ミリアーナァァァ!

お前が、お前が俺を裏切ったのか!?

どうしてだ! 

俺たちは家族だったろ!?」


その叫びが、ミリアーナの胸を深く抉った。

彼女は唇を噛み、血の味を感じながら、背を向けた。


『これでいい。

あなたは私を憎んで、生き延びるの。

それが、私の愛の形』


皇帝の寝所では、すでに騒ぎが起きていた。

皇帝は毒で意識を失い、短剣にはヴェルナの指紋と魔力が完璧に仕込まれていた。


ミリアーナが用意した偽の手紙も発見された。

その手紙には皇帝を倒し、七剣を掌握するという内容が書かれていた。


七剣の緊急会議が招集された。

ガルドリックは拳を握りしめ、苦渋の表情を浮かべた。


「ヴェルナがか?

まさか、あの娘がそんな事をするなんて。 俺には信じられん!」


ディアドラはテーブルを叩いた。


「信じられねえ! 

証拠があっても、俺は信じねえぞ!」


バルトロメオは厳かに告げた。


「証拠は明確だ。彼女は皇帝をお守りすると言う7剣の誓いを破ったのだ」


セレナとルーカスは無言でミリアーナを見つめていた。

ミリアーナは静かに、しかしはっきりと言った。


「私は親友として悲しいです。

しかし、帝国のため彼女を処刑すべきです」


その言葉を聞いた瞬間、ヴェルナの心は完全に砕けた。

牢獄に投げ込まれた彼女は、壁に拳を叩きつけながら叫び続けた。


「ミリアーナ、お前を…殺してやる!

絶対に、殺してやる!」


その夜、影の系譜の協力でヴェルナは牢から脱走した。

計画通りだった。

彼女は帝都を逃げ出し辺境の森へと消えた。


ミリアーナは一人自室に戻りベッドに倒れ込んだ。

激しい吐血が止まらなかった。

予言の代償と、親友を裏切った罪悪感が、彼女の体を内側から壊していた。


「ヴェルナ、ごめんなさい。

これで、あなたは英雄になれるの。

私が悪として、あなたの復讐の対象になればあなたは魔王にならない」


彼女は血まみれのシーツに顔を埋め静かに泣いた。

まだ十七歳の少女が愛する者の未来を守るために、自らを最も残酷な悪に染めた夜だった。


外では、帝都に非常事態宣言が発令され、ヴェルナ・ド・ルシフェルは「帝国の裏切り者」として指名手配された。


黒棘の双翼は、この夜、血塗られた運命の歯車に飲み込まれた。

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