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第19話 黒翼の魔王

黒翼の魔王となったヴェルナは、帝国全土を焼き払う破壊の化身と化した。

復讐は成就し、勝利は手に入れたはずだった。

しかし、その先に待っていたのは、果てしない灰と虚無だけだった

帝国暦1282年、冬。


新黒翼帝国は、もはや「帝国」と呼ぶことすらおこがましい廃墟の集まりとなっていた。 

ヴェルナ・ド・ルシフェルは、二十二歳になっていた。

彼女はかつて栄えた旧帝都の中心、崩れかけた玉座の間に座り、ミリアーナの生首を膝の上に抱いていた。


黒い翼のオーラは今や常時実体化し、背中から大きく広がって玉座の間全体を覆っていた。

赤いビキニアーマーは血と灰で固まり、まるで彼女の体の一部となっていた。

瞳は虚ろに輝き、唇は常に微かな笑みを浮かべていたが、それはもはや人間の表情ではなかった。


「すべてを、灰に」


ヴェルナは生首に語りかけた。


「お前が見た未来だ、ミリアーナ。

俺は魔王になった。

お前が恐れた通りの、最悪の存在に」


彼女はゆっくりと立ち上がり、生首を抱いたまま玉座の間を歩いた。

床には乾いた血の跡と、無数の骸の欠片が散らばっていた。


ヴェルナは自ら軍を率い、帝国全土を巡った。

味方の村も、敵の村も区別しなかった。

黒い翼のオーラを纏い、赤いビキニアーマーに血を浴びながら、彼女はすべてを焼き払った。


ある日、彼女は辺境の寒村「黒棘の里」へと戻ってきた。

そこには、彼女とミリアーナが育った孤児院「黒棘の家」が、まだ寂しく残っていた。


雪が薄く積もる中、ヴェルナは馬から降り、廃墟と化した孤児院の前に立った。

崩れた壁、焼け焦げた梁、雪に埋もれた中庭


すべてが、幼い日の記憶を呼び起こした。

彼女はゆっくりと中庭に入り、かつて二人が誓いを立てた大きな木の根元に立った。


「ここで、俺たちは『黒棘の双剣』になると誓った。

七剣になって、帝国を変えると、お前は笑って、そう言った」


ヴェルナの声は震えていた。

彼女は木剣を握りしめ、地面に突き立てた。


「でも、お前は俺を裏切った。

皇帝の寝所で体を売り、俺を牢に送り、俺は一人で、森で這いずり回った。

誰も信じられなくなった」


彼女はゆっくりと手を上げ、黒い炎を呼び起こした。


「この孤児院、俺たちの夢が生まれた場所。

俺は、もうここを必要としない。

この国が産み出したすべての希望も、夢も、俺は憎む」


黒い炎が孤児院全体を包み込んだ。

古い木造の建物が激しく燃え上がり、屋根が崩れ、壁が倒れた。

ヴェルナは炎の中で立ち尽くし、吐露するように叫んだ。


「帝国が憎い。

この国は最初から、弱い者を守らなかった。

両親を魔物に殺されても、誰も来なかった。

俺たちが七剣を目指したのに、皇帝は俺を裏切り、ミリアーナは俺を陥れた。

すべて、この腐った帝国のせいだ!

だから俺は、この国を根こそぎ焼き払う。

誰も救えない、誰も信じられない、灰だけの世界にする。

それが、俺の復讐だ。

それが、俺が魔王になる理由だ!」


炎が激しく燃え上がり、孤児院は完全に灰となった。

ヴェルナは燃え盛る炎を背に、静かに笑った。


『ミリアーナ、お前が守りたかったものも、俺が愛したものも、全部灰にする。

それで、ようやく俺の心は満たされる』


北部辺境の豊かな穀倉地帯では、彼女の命令で村全体が炎上した。

泣き叫ぶ民衆を前に、ヴェルナは生首を抱いて微笑んだ。


「ミリアーナ、お前が守りたかった民だ。

弱いから滅びるんだ」


中部の商業都市では、抵抗する商人たちを皆殺しにし、街を焼き尽くした。

炎の中で、彼女は高らかに笑った。


「綺麗だ。すべてが灰になる」


エリックは鎖に繋がれたまま、ヴェルナの馬車の後ろに引きずられていた。

彼は毎夜、ヴェルナの狂気を間近で見続け、心を完全に失いつつあった。


帝国暦1283年、春。


ヴェルナの破壊は頂点に達した。

彼女は旧帝都に戻り、最後の大粛清を行った。


残っていた旧七剣の関係者、元反乱軍の幹部、すべてを処刑した。


玉座の間は血の池となり、床は赤黒く染まった。

その夜、ヴェルナはエリックを玉座の間に連れてきた。

彼はすでに人間としての尊厳を失い、ただの影のようになっていた。


「エリック、お前は最後まで俺の傍にいたな」


ヴェルナは彼の頰を優しく撫で、突然、短剣で彼の腹を刺した。


エリックは苦痛に顔を歪めながらも、微笑んだ。 


「これで、楽になれるか?」


ヴェルナは短剣を抜き、彼を抱きしめた。

血が二人の体を伝い落ちた。


「お前を殺すのはまだ早い。

お前は、俺がすべてを灰にするまで、見届けろ」


彼女はエリックの傷を魔術で塞ぎ、再び鎖に繋いだ。

エリックは床に倒れ、虚ろな目で天井を見つめた。


ヴェルナの狂気は、もはや「黒翼の魔王」そのものだった。

彼女は帝国全土に「灰の勅令」を発した。

『すべての都市を焼き、すべての村を滅ぼし、すべての命を浄化せよ』という内容だった。


自ら先頭に立ち、残った軍勢を率いて進軍するヴェルナの姿は、神話の災厄そのものだった。

背中に広がる黒い翼は実体化し、彼女が通った後には、ただ灰と瓦礫だけが残った。 


ある夜、燃え盛る都市の廃墟の上で、ヴェルナはミリアーナの生首を抱きながら空を見上げた。


「ミリアーナ、お前が見た未来は、これだ。

俺は魔王になった。

お前が恐れた通りの最悪の存在に」


風が灰を巻き上げ、彼女の周囲を舞った。

赤い瞳に、涙が一筋伝った。


「でも、もう止まらない。

全部、灰にしてやる。

お前と俺とこの帝国ごと」


黒翼の魔王ヴェルナは、ゆっくりと歩き出した。

彼女の後ろには、鎖に繋がれたエリックが、よろよろとついてきた。

帝国は、女帝自身の狂気によって、自らを滅ぼす道を歩み始めていた。

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