第20話 灰燼の終焉
帝国暦1284年、冬の終わり。
新黒翼帝国は、もはや「帝国」と呼ぶことすらおこがましい廃墟の集まりとなっていた。
ヴェルナ・ド・ルシフェルは、二十三歳になっていた。
彼女はかつて栄えた旧帝都の中心、崩れかけた玉座の間に座り、ミリアーナの生首を膝の上に抱いていた。
黒い翼のオーラは今や常時実体化し、背中から大きく広がって玉座の間全体を覆っていた。赤いビキニアーマーは血と灰で固まり、まるで彼女の体の一部となっていた。
ヴェルナは鎖に繋がれて蹲るエリックを見ている。
「エリック、全てを終わらせる」
「そうか、俺もやっと楽になれるのか」
「ああ、俺の手でな」
ヴェルナは脇に置いた剣を手に取るとその剣をエリックの胸に置く。
「エリック、俺はお前の裏切りを許さない。
それと同じぐらいお前の温もりに救われた。
俺はお前を殺したかった。
お前を愛したかった。
だから、俺はお前を愛しながら殺そう」
ヴェルナの剣がエリックの胸に深々と刺さりエリックはその人生を終えた。
ヴェルナの僅かな正気を繋いでいたエリックが居なくなり、ヴェルナには何も無くなっていた。
ヴェルナは自ら巨大な黒炎を呼び起こした。
黒い炎は周囲の瓦礫を飲み込み、残った全てを焼き払っていく。
ヴェルナは炎の中心に立ち、両手を広げた。
「ミリアーナ、私はお前を愛していたのかもしれない。
でも、もう遅い」
炎が彼女の体を包む。
赤いビキニアーマーが溶け、肌が焼け、髪が灰になる。
最後に、彼女は小さく笑った。
「やっと、楽になれる」
黒翼の魔王ヴェルナ・ド・ルシフェルは、
自らが滅ぼした帝国と共に、灰燼に帰した。
死後の邂逅
すべてが灰となった世界で、ヴェルナの魂は漂っていた。
暗く、静かな虚空。
そこに、銀色の光が現れた。
「ヴェルナ」
優しい、懐かしい声。
ミリアーナの魂が、穏やかな微笑みを浮かべて立っていた。
ヴェルナは驚き、すぐに警戒した。
「お前か。
俺をここまで追い詰めた張本人」
ミリアーナはゆっくりと近づき、ヴェルナの魂に手を伸ばした。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい。
私は、あなたを救いたかった。
予言で、あなたが魔王になり、大陸を滅ぼす未来を何度も見た。
だから、私は悪になって、あなたに憎まれることでその運命を変えようとしたの」
ヴェルナの魂は震えた。
長年の憎しみと、愛が同時に溢れ出した。
「俺はお前を憎み続けた。
お前を殺した瞬間も、憎んでいた。
でも、今はわかる。
お前がどれだけ苦しんでいたか。
俺を守るために、自分をどれだけ傷つけたか」
ミリアーナは涙を浮かべ、ヴェルナを抱きしめた。
「許して。
私は、あなたを愛していた。
歪んだ愛だったけど本物だった」
ヴェルナはミリアーナの魂を抱き返し、初めて心から泣いた。
「許すよ。
お前も、俺を許してくれ。
俺は、お前を傷つけた。
お前を失った世界で、すべてを壊した」
二人の魂は、灰の虚空の中で固く抱き合い、長い間、語り合った。
憎しみは溶け、愛だけが残った。
浄化と再興
ヴェルナの魂は、激しい後悔と愛の中で浄化されていった。
黒い翼は徐々に銀色に変わり、魔王の魂は「灰の守護神」へと生まれ変わった。
彼女はミリアーナと共に、帝国の殺された無数の魂を集めた。
民、兵士、子供たち。
すべてを優しく包み込み、輪廻の輪へ導いた。
「もう、苦しまなくていい。
私は、あなたたちを守れなかった。
今度は、守る側になる」
ヴェルナの浄化された力は、灰となった大地に降り注いだ。
焼け野原に緑が芽吹き、枯れた川に水が流れ、壊れた家に光が戻った。
帝国は再び生まれ変わった。
「灰の帝国」ではなく、「銀翼の新帝国」として。
ミリアーナの魂は、ヴェルナの傍らで微笑んだ。
「あなたは、ようやく救われたわ。
私はずっと、あなたを見守っている」
ヴェルナは空を見上げ、静かに頷いた。
「ありがとう、ミリアーナ。
俺はようやく、お前と一緒にいられる」
エピローグ
数百年後。
新帝国の歴史書には、こう記されていた。
「黒翼の魔王は、灰の中で神となった。
彼女はすべてを滅ぼし、すべてを救った。
その傍らには、銀髪の妖姫が永遠に寄り添っていたという。」
風が運ぶ灰の中に、
二人の女の物語は、ようやく穏やかな光の中で、静かに語り継がれるようになった。
こうして、血染めの戴冠から始まった物語は、灰燼の終焉を迎えました。
ヴェルナの復讐、ミリアーナの自己犠牲、エリックの二重の裏切り——すべてが、虚無の中で溶け合い、消えていきました。
長い間お付き合いいただき、ありがとうございました。




