いきうつし
夕方になると、メイドや執事たちが、朝にシャティ様が言っていたパーティへ出かける準備に追われていた。
「ドレスは?・・・これはもう流行じゃないわよ。別のものを用意して!!」
「はい・・・!」
声を荒げるのはなんとアイラだ。
アンドレアス様から二つ返事で許しが出て、すぐさま準備に取り掛かったのにもかかわらずもう数時間がたっている。
いつもぼさぼさの髪でベッドの上で一日中過ごしている彼女とは思えないほど、てきぱきとメイドたちに指示をだし、メイドたちは大慌てでドレスやリボン、アクセサリーを総とっかえしていた。
「アイラ様。本当に大丈夫ですか?・・・アンドレアス様はああいってましたけど、本当にパーティを最後までご出席されるんですか?」
イシュバンはハラハラしながらメイにリボンを渡してアイラの身だしなみを整えていった。
メイはいつも通りの物調面だったが、手先は器用なようでアイラの髪を見事に結い上げていく。
「アイラ様。こちらはいかがされますか?」
赤い石がはめられた耳飾りとネックレスがアイラの目の前に差し出される。
「これは・・・お母さまがつけていたものね。ぜひつけてちょうだい。」
アイラは差し出してきたメイドににっこりと笑いかけると、メイドは少し照れながら丁寧にアイラに身に着けていく。
出来上がった身なりに納得がいったようで、アイラは急いで上機嫌のまま部屋を出た。
大広間にはすでに姉たちとシリウス様が待っていた。
階段上に立つアイラを見つけたシャティ様とミラ様の顔が凍り付く。
「アイラ・・・。あなた・・・。」
イシュバンは2人が戸惑う様子に驚く。
(お2人はなにをそんなに怖がっているんだ・・・?)
続いて、アンドレアス様とエド様、クローヴィス様もやってきた。
3人もアイラを見るなり驚きの表情をみせたが、アンドレアス様とエド様はにっこりとほほ笑む。
「やあ、アイラ!見違えるようだよ。
まるでメディア様の生き写しのようだね。とっても奇麗だよ。」
「ふふふ・・・。ありがとうアンドレアスお兄様。
お姉さまたちから見て、どう?似合っているかしら?」
シャティ様たちは一瞬互いに目を合わせてから、すこしぎこちない笑顔でほほ笑んだ。
数台の馬車が屋敷の前で待機している。そのそばにクローヴィス様がすでに立っていた。
アイラ様ははじめアンドレアス様と一緒に馬車に乗り込もうとしたが、クローヴィス様が間に入る。
じっとクローヴィス様がアンドレアス様を見つめていた。
「・・・そうだったな。すまないアイラ。馬車はクローヴィス達と一緒に乗ってくれ。」
「ええ!?私はアンドレアスお兄様とがいいの!いやよ、クローヴィスとなんか。」
「アイラ。」
落ち着いた表情でアンドレアス様は彼女をたしなめる。
「・・・なんなのよ2人そろって。もういいわよ!」
すっかり機嫌を損ねてしまった彼女はクローヴィス様を見向きもせず横を通り過ぎていった。
「・・・まだ子供なんだ。怒ってやるなよクローヴィス。」
アンドレアス様はぽん、クローヴィス様の肩に手を置いたがそれを払いよけるようにクローヴィス様は颯爽とアイラの乗り込んだ馬車へと向かった。
イシュバンはアンドレアス様に一礼をしてから急いでクローヴィス様の後をついていく。
少しずつ日が暮れていき、1時間もしないうちに目的の屋敷が見えてくるとあたりは真っ暗になっていた。今晩招かれたパーティは亡くなったブローシュ伯爵夫人の妹夫婦が主催しているとのことで、ほかにも見知った顔ばかりが招待されているようだった。
さきほどまで心なしか暗い表情をしていたシャティ様とシリウス様も、友人たちと話し始めて少しずつ明るさを取り戻している。
クローヴィス様も主催者やそのご友人たちに挨拶に回るので忙しそうだ。
イシュバンは絢爛豪華な内装の部屋や見たこともない上等な服を身にまとう人たちに、おもわず目をうばわれた。
しかし、前を歩くアイラ様が一堂に会するホールに踏み入れると、周囲の人々が彼女に視線を集めていることに気が付く。
(・・・なんだ??)
鼻の下を伸ばしている男衆がいる一方で、冷ややかな表情でこそこそ話し合う女衆とでアイラにたいする態度が二極化していたのだ。
しかし、アイラ様は女衆からの視線などまったく気にしていないかのように男衆に対し微笑みながら軽い会釈をし堂々と歩く。
(・・・あまりに堂々としすぎている。本当にあのベッドの中で縮こまっていたアイラ様なのだろうか・・・。)
音楽がかかると一目散にアイラ様の周りには男たちの人だかりができた。
イシュバンはその円の中心、アイラ様の隣でダンスを申し込む男たちの勢いに圧倒させられふらついてしまう。
すると、後ろから力づよく体をささえられる。
振り向くと、ミラ様が立っていた。
「あなた大丈夫?少し抜けましょう。」
ミラ様は群衆の中からイシュバンを引っ張りだし、少し離れた柱の陰に2人はおちついた。
「あなたも大変ね。クローヴィスとアイラのわがままきいて、嫌になるでしょう?」
そういいながら、ミラ様は近くのテーブルに置いてあったチョコレートをイシュバンに渡した。
お礼をいってから口に入れると、今まで食べたことのない幸せな味が広がって一瞬で溶けてなくなってしまった。
「お気遣いありがとうございます。毎日いろいろと勉強になります。」
「あはは・・・・。勉強になりますだって。でもそういう言い回し、アンドレアス兄さまがあなたを気に入るわけだ。」
「ミラ様は踊りに行かなくても良いんですか?」
「ああ~私は良いの。踊りをするのはこれから未来の花嫁花婿を探している人たちだけだもの。私はそういうものに興味がないから。」
「踊りが・・・お嫌いなんですか?」
ミラ様はふと遠くのほうを見ながら小さく呟く。
「踊り自体は好きよ。体を動かすことが好きだから剣術だって家族の誰よりも腕が立つようになったもの。・・・でも私が本当に踊りたい相手は自分じゃふづりあいなだけ。」
ミラ様の視線の先を追っていくと、ブローシュ伯爵夫人の妹夫婦と親しげに話すアンドレアス様がいた。
突然、大きな高笑いが聞こえて思わず声のするほうに目をやると、アイラ様が男たちに囲まれて顔を赤らめながら楽しげにおしゃべりをしていた。
「・・・ああ、耳障りね。あの声、あのしゃべり方・・・。ますますあの女に似てくる。」
近くの女たちが話す声が聞こえる。その声色は明らかな嫌悪感をあらわにしていた。
(あの女??)
「メディア様のことよ。まあ、あの人はここいらじゃかなり嫌われているから。アイラの見た目や言動があそこまで似ていたらしょうがないわよ。」
「でも、ここまで大っぴらに嫌われるのはちょっと・・・。メディア様って一体どんな人だったんですか?」
ミラ様はすこし考えてから、一粒のチョコレートをテーブルからつまみ上げる。
「女が死ぬほど大嫌いな女。もともと上流階級を相手にする高級娼婦よ。」
チョコレートのかけらが口の中で砕ける音が響いた。




