イシュバン
・・・クローヴィスはアイラの暴走で散らかってしまった部屋を魔術で修復していた。
サムは医術師がすぐに駆け付けてくれたおかげで、太ももの出血もすぐに処置が施され別室に運び出された後だった。
光の粒子が部屋中に飛び交い、その粒子が椅子や花瓶を包み込むと見る見るうちに元の状態に修復され、家具たちは宙を舞いながら最初にあった配置に直されていく。
その脇で、ソファに腰かけ待っているイシュバンがいた。
体調も少し良くなってきたのか、クローヴィスによる魔術の力で修復されていく様子を、きょろきょろと不思議そうに見渡している。
「・・・おい。お前。」
クローヴィスは苛立ちながらイシュバンに尋ねた。
「お前・・・本当にいったい何者だ??」
イシュバンはきょとんとした表情でクローヴィスを見返す。
先ほど、扉にかけられていた強力な魔術をいとも簡単に吸収したイシュバン。
その現象を目の当たりにしたクローヴィスは、目の前にいる少年がただのノマジ(この世界で魔術を使用できない人々の総称。主に下級市民が多い。)とは思えなかった。
「ただの使用人ですよ。使い物にならない魔術師回路だけはある、ね。クローヴィス様がそう言ったんじゃないですか。」
イシュバンは相変わらず落ち着いている。
だが、今ではその落ち着きっぷりも演技のように見えて仕方なかった。
クローヴィスはイシュバンに詰め寄る。
「・・・とぼけるなよ、イシュバン。さっき扉にかけられていた術式は、俺でも解術できなかった複雑かつ古い術式が使用されていたんだ。それを、お前は解術するのではなく空っぽの魔術回路を通じて体内に吸収したように見えた。・・・俺の目をごまかせると思うな。正直に話せ。」
「すみません。僕も魔術を吸収出来るだなんて予想外だったんですよ。本当に必死だったので、正直に話せと言われましても・・・。」
「イシュバン・・・!!」
2人の間にしばしの静寂が流れる。
嫌な雰囲気を察知した屋敷の者たちがそそくさと部屋を後にしていった。
そうして、しばらくするとイシュバンはため息をひとつついた。
「本当ですよ。自分の体については分からないことだらけなんですって。なんせ、僕は試験体なんですから。」
「・・・な、何??」
「ですが・・・そうですね。僕が何者かは伏せなければいけないのですが、開示しても大丈夫な部分だけお話します。」
「・・・何を言っているんだ?おまえ・・・。」
イシュバンはソファから降りると、クローヴィスのほうへ近づいていく。
そして、懐から一つの封筒を取り出した。
随分と上質な紙でできたその封筒をそのままクローヴィスに手渡す。
「どうぞ。」
クローヴィスはイシュバンのことを睨みながらも素早くその封筒を受け取った。
封筒の裏表全体を見ても差出人は無い。
静かに封を開けてみると一通の手紙が入っていた。
ゆっくりとその手紙を開き、中身を読み進めていくクローヴィス。
〈"癒しの魔術師"クローヴィス=ホープ=ブローシュ殿。
初めまして、私は魔術師協会本部の者です。
守秘義務により残念ながら名前を申し上げることはできませんが、仮に[ジョイ]と名乗らせていただきます。
この手紙をお読みになっているということは、当本部から派遣された者が、一定の条件下に置かれた状況と判断したうえで手渡したということでしょう。
そのうえで単刀直入に申し上げますが、
ブローシュ家はあなたの代を持って衰退の一途をたどります。
これは予言ではなく、事実です。
また、このことを知ったうえであらゆる行動をしたとしても確定された未来を変えることはできないとだけお伝えいたしましょう。
非常に残酷なことを申し上げていることは重々承知しておりますが、ブローシュ家の希望であるあなただけにはお伝えしなければ、より最悪な事態へと発展するのです。
今目の前にいる少年あるいは少女に見える者。
それは我々の心臓であり、あなたの最大の協力者でもあり、はたまた名もなき観測者でもあります。
決して深入りせず、また、無下な扱いをしないよう念を押させていただきます。
それでは、あなたの未来にこれ以上の災いが起こらんことを・・・。
あなたの影なる味方[ジョイ]より 〉
その文章の最後には、クローヴィスも父親の書斎でよく見かけたことがある、独特な形の魔術師協会の印がはっきり押されている。
「・・・・魔術師協会からだと・・・・?・・・なんでノマジのお前なんかが・・・??」
だがすぐにクローヴィスははっとして手紙から顔をあげイシュバンを見つめた。
〈・・・目の前にいる少年あるいは少女に見える者。・・・・名もなき観測者。〉
このフレーズにクローヴィスは幼いころの記憶が引っ掛かったのだ。
「・・・いや、そんなはずはない。
あれは生前・・・母さんがおとぎ話で語ってくれていたただの物語のはず・・・。」
しかし、その物語にはなぜか題名はなかった。どういうわけか、一部の魔術師一族にだけ口伝によって親から子供へと伝えられているもののようで、ブローシュ夫人本人も出所がよくわからないと言っていたのだった。
クローヴィスはつばを飲み込む。
(もし、あの物語が本当なのであれば・・・。
今目の前にいるイシュバンは、おそらく人ではないのだろう・・・。)
クローヴィスの脳内が混乱している中、
当のイシュバンは、相変わらず落ち着いた様子でいつものようににっこりとほほ笑んでいた。




