苛立ち
クリスマスの夜に家族以外の血のつながらない女がいるという異例はありつつも、比較的落ち着いた夜を過ごした。
そして子供たちが楽しみにしていた12月25日早朝。屋敷のホールに建てられた何十メートルもの大きさのクリスマスツリーの足元には、アンドレアスの予想通り各兄弟の好みに合わせた本が一冊ずつがおかれていた。
アンドレアスには偉大な魔術師たちの伝記。シャティには同年代に人気の恋愛小説。ミラには世界中の変わった武器大全。クローヴィスには高等医療魔術の読本。エドには東アジアに生息する動物図鑑が送られた。
伯爵家にしては質素なプレゼントだと思われるだろう。しかし、両親が子供たちの好みなどを考えて選んでくれる一冊には愛情が注ぎ込まれていた。
そして、年が明けるとアンドレアスは再び寮制学校へ戻っていく。
屋敷に残してきた母親や兄弟たちがメディアとうまくやっていけるのかが心残りだったが、手紙で弟たちと頻繁にやり取りをして家の状況を教えてもらっていた。
雨が多い2月ごろ。珍しく父親から手紙が届いたと寮母から手渡され、アンドレアスはすぐに自室に戻って封を開けた。
≪・・・愛する我が息子、アンドレアスへ。急な出来事ではあるがブローシュ家に新しい家族が加わることとなった。≫
いずれはそうなるだろう、という予感が想像以上に早くアンドレアスはその先の文面を読むまえに深呼吸をする。そして、心を落ち着けて再び手紙に視線を落とした。
≪・・・メディアが新しい命を授かった。お前は6人兄弟の長男として誇りを持ってほしい・・・。≫
その一文を読み終えると顔を上げた。
そして、なぜだかわからないが、アンドレアスは無意識にその手紙を床にたたきつけていたのだ。
しかも、怒りを覚えたのは頭がおかしくなった父親に対してではないことに困惑する。
(一体なぜこんなにもむしゃくしゃするんだろうか・・・?)
アンドレアスは自分の感情の名前が分からず混乱した・・・。
それから、アンドレアスはいつも以上に勉強に没頭していた。そうしていないと余計なことを考えてしまいそうだったからだ。親友のシリウスもあまりの変化に彼を心配をして外へ遊びに誘うもことごとく断られてしまう。
『シリウス君?どうかしたかね。君一人でいるのは珍しいじゃないか。』
ある日、運動場に一人で体術訓練をしていたシリウスに寮を監督する教授が声をかけてきた。
『ああ・・・モール先生。実は最近アンドレアスの様子がおかしくって。どこに行っても勉強ばっかで前みたいな外出も全然しないんです。なんで、一人孤独に研鑽を積んでいたってわけです。』
『・・・ほう。確かに授業中の発言もあまりない気はしていたが。』
モール教授は少し考えてからシリウスと別れて学生寮へと向かった。
学生寮の棟は複数に分かれており、談話室を通じて階段を上っていくと各部屋の扉が現れる。
モール教授はしばらく階段をゆっくり上り、一つの扉の前で立ち止まった。
軽くノックをすると、中から声が聞こえた。
『・・・モールだ。突然押しかけてすまないね。少しいいかい?』
椅子に座るアンドレアスは振り返る。眠れていないのか、目の下に隈ができその顔色は今日の天気のように淀んでいる。
『・・・アンドレアス君。一体どうしたんだい??・・・少し失礼するよ。』
モール先生は医療魔術専門の教授だった。慣れた手つきでアンドレアスの脈をはかり、自身の手を彼の額の上にかざすとアンドレアスの体内にある魔術回路の動きを読み取る。
『病気ではなさそうだ。・・・だが食事は?運動もしているかね?
魔術回路は君がよく知っているように案外脆い構造をしている。心身共に健康でなければ魔術回路にも悪い影響が出てくるんだ。』
アンドレアスはうつむいて何かを呟いた。
『・・・ん?何だね。』
『先生・・・。僕は今自分がどういう気持ちなのかがわからないんです・・・。』
『そうか・・・。じゃあ、なぜ今の暗い気持ちになってしまったのか、経緯を詳しく聞かせてくれないかい?一緒にその気持ちの答えを考えさせてほしい。』
『・・・・・・はい。・・・ある人が・・・ある人が、最近妊娠したとわかって家族から手紙が届いたんです。そして、正直なところ家族のほとんどがその妊娠をあまり喜んではいないんです。手紙でその報告を受けた僕は無性に腹が立って・・・でも虚しくなって・・・。気が付いたら手紙を床にたたきつけていた・・・。』
モール教授は真摯に、アンドレアスの言葉一つ一つに耳を傾ける。
アンドレアスが話し終わったあと、二人はしばらくの間沈黙した。
しかし、その後モール教授はすっと背筋を伸ばしてからゆっくりとアンドレアスに向かって口を開く。
『君、恋をしたことはあるかね?』
『え・・・恋ですか??』
予想外の質問に戸惑うアンドレアス。
その表情を見て納得した様子の教授は身の上話を始めた。
『ここだけの話だ。・・・私は再婚でね。前の妻は生まれつき体が弱く結婚して数年で亡くなってしまった。そして今の息子たちの母親に会ったとき、最初の妻と初めて会ったときと同じ衝撃を受けたんだよ。・・・彼女から目が離せなくなり、彼女のことを日々観察する癖がついた。
・・・次第に恋仲になり、彼女には元夫との間に生まれた息子が一人いると告げられた時、私は彼女に気づかれないようにしてはいたが、内心では少なからずショックを受けた。・・・』
『ショック・・・。』
『ああ。彼女のことを深く知る男が自分以外にも居たのだ、と。あとあと落ち着いてみれば身勝手な考えだったと思う。しかし、まだ若い私はそう思ってしまったんだ。』
『その・・・。それは・・・。』
『ああ、ご心配なく。彼女の連れ子と婚約後に生まれた息子も私の大事な子供たちだ。ついこの間なんかは、分け隔てなく甘やかして育てたおかげか、子供二人結託して私が大事にしている高価な酒をちびちび飲んでいたっていうんだ。・・・可笑しいだろう?』
『君はね、アンドレアス君。その妊娠をしたという女性に恋をしているんだ。だから、怒りと共に虚しさを感じ、やりきれなさに手紙をたたきつけた。・・・どんな相手であれ、人が恋をすることを一体誰が止められるものかね??』




