聖夜
それからというもの、メディアという謎の女が頻繁にブローシュ家を訪れてくるようになり、屋敷には重い空気が立ち込めていく。そしてあっという間に、寝食も共にするようになりブローシュ伯爵の普段と変わらぬ生活の中に、メディアの姿が常に見られるようになった。
こうなってくると比較的おとなしい屋敷の者たちも、各々噂をし始める。
とくにアンドレアスも耳を疑ったのが、従業員らが話しているのをたまたまジェームズが聞きつけたことだった。
それがメディアが元娼婦だったのではないかという話だ。
今の世の中娼婦のような愛人を囲う貴族の話は様々聞こえるが、家族に愛人を堂々と紹介する人は聞いたことがない。
(・・・父さんは頭がおかしくなったのか??)
何度かアンドレアスは父親と女を引き入れたことについて質問を試みたが、一貫して『この家のため』とだけ言って会話を遮られてしまった。
ますます、頭が追い付かない。しかし、顔をあげればあの女の姿が目に入る。
目障りなはずなのに、アンドレアスは初めてあの女と目が合ったときの赤い瞳が不思議と印象にのこっていたのだった・・・。
そしてクリスマス前日。屋敷の者たちはクリスマスディナーの支度でせわしなく働いている。
毎年ブローシュ家では屋敷のコックらが腕を振るって豪勢な食事を用意してくれていた。
ぷりぷりのロブスターの身が入ったサラダに、ローストした七面鳥。
そして極めつけはクリスマスプディング!
夫人曰くブローシュ家には代々受け継がれているレシピがあるそうで、独自に調合された香ばしいスパイスに、甘いドライフルーツの詰まった伝統菓子だ。
体調を崩していたブローシュ夫人も最近は起き上がれるようになり、メイドたちに部屋の飾りつけなどを指示していた。その表情は久しぶりに朗らかで楽しそうなのを見たアンドレアスは少し安堵する。
『ねえ、兄さん。』
クローヴィスがリビングにいたアンドレアスに話しかけてきた。
初めからあの女のことをかなり敵視しているクローヴィスは、彼女が来てから2週間経っても一言も話していないようだった。特に最近は母親の傍にべったりで、まるで騎士のように、あの女を母親に近づけさせまいと目を光らせている。
しかし、さすがに兄弟と話をするときは肩の力を抜いて話してくれているように感じた。
『兄さんは今年のクリスマスプレゼント、何だと思う?』
5歳の子供らしい質問にアンドレアスは一瞬笑いそうになったが、からかってクローヴィスに拗ねてしまわれるのはいやだったので笑いをぐっとこらえる。
『う~ん・・・。毎度のこと、本1冊じゃないかな?』
『ええ・・・つまんないなあ。もっとさあ、家族で劇を見に行くとか、お小遣いを増やしてくれるとか・・・。』
『私は新しい剣が欲しいわ!!』
兄弟の間に突然割り込んできたミラ、そしてそのすぐ後ろにエド、シャティ、そしてシリウスもやってきていた。
『僕はヘビが飼いたい!!・・・でもこの間母さん怖いからダメって言ってた・・・。』
動物好きなエドはなにかと珍しい動物を集め、暇さえあれば一日中動物たちに囲まれて過ごしていた。
しかし、虫や爬虫類が苦手な夫人とはいつも新しい動物を飼いたいと言い出すエドと揉めているところをよく見かけている。
『私は・・・皆が怪我無く健康で過ごせるなら何でもいい・・かな。』
相変わらず謙虚なシャティは自分の欲しいものが無いようで、もじもじしながら長い金髪をくるくると指先で遊んでいる。
『ちなみに俺はシャティにプレゼントがあるからな!明日楽しみにしてろよ?』
『ぐええっ・・・きめえ。』
『ああん?何か言ったかね義弟よ??』
クローヴィスが嗚咽する動作を見せたので、シリウスは眼光鋭く両腕を開いたかと思うと弟の脇腹を全力でくすぐり始めた。
クローヴィスは普段大人ぶったふりをよくするが、くすぐられるのだけはどうしても耐えられないようで表情を崩して泣き叫んだ。
『うぴゃぴゃぴゃぴゃぴゃああああ~~~~!!』
独特な叫び声に思わず吹き出す兄弟たち。
だがそこへ、例のあの女がリビングへやってきた。
彼女は母さんの姿を見てお辞儀をして見せる。そして一瞬で静かになった幼い兄弟たちを一瞥すると、テーブルの上の焼き菓子をいくつか皿に乗せてまたすぐに自室へ戻っていってしまった。
『・・・あの人、部屋で何してるんだろうね。』
ミラが女の背を睨みながらぽつりと呟く。
日中父親が仕事をしている間、彼女はずっと部屋に引きこもっていた。
『元娼婦の考えることなんて知るかよ。』
そうぶっきらぼうに言い放ったのはクローヴィスだった。
まだ5歳の子供だが、同年代以上の知識量を持つ彼はアンドレアスともほぼ対等に会話ができるほどだ。そのせいか、あまりよろしくない言葉も勝手に覚えて使うようになっているのだが・・・。
『・・クローヴィス!』
シャティがぴしゃりとクローヴィスを叱りつける。シャティは他の兄弟と同じように彼女をこの屋敷の異物としては見ているものの、アンドレアスと同様に父親には考えがあってのことなのだろうという思いの間で葛藤していた。
『父さんが考えたうえであの人を住まわせると決めたんだから・・・。余計な事言わないで。』
兄弟それぞれが色んなことを心のうちに思っている。だが、一番辛いはずの母さんが堂々とふるまっているのを見て何も言えなくなった。




