来訪者
最寄り駅に降りると、屋敷の従者が馬車で迎えに来てくれていた。
『・・・ジェームズ。ブローシュ家に何かあったか??』
アンドレアスは車中に感じた周囲からの視線の原因が自身の家に関係しているのではないかと思い、馬車に乗り込む直前に白髭の執事に尋ねる。
それを聞いて彼が珍しく動揺している表情を見せた。
『・・・旦那様がご説明をしてくださいます。わたくしからは何も申し上げられません・・・。』
そういわれてアンドレアスとシリアスの馬車は、ブローシュ家へと進んでいく。
屋敷に近づくにつれて水分を多く含む重い雪が降ってきた。
一時間ほどっただろうか。やっとのことで屋敷にたどり着きアンドレアスは馬車から飛びおりると早足で玄関へ向かう。それを見たシリウスも慌ててアンドレアスの背を追いかけた。
『ただいま戻りました!』
玄関を勢いよく開けるとそこには人の気配はなく、アンドレアスの声だけが玄関ホールに響いた。
『・・・なんかおかしくないか?』
背後にいたシリアスが様子をうかがう。来客がいるにもかかわらず従者の一人も出迎えに来ないことは初めてだった。
アンドレアスはコートを着たまま今度は真っすぐにリビングへ向かう。この時間であれば弟たちがそこで本を読んだり遊んでいるはずだった。だが、リビングを覗いてももぬけの殻である。
『・・・皆どこにいるんだ??』
そこへ追いついたジェームズがアンドレアスの目線に合わせて話始める。
『アンドレアス様。・・・まずは寝室にいるお母さまの所へ行って差し上げてください。風邪をこじらせ体調を崩しがちでして、気がめいっている様子でしたので・・・。』
『・・・ああ、もちろん。そうだな。』
いったん引き返し、大きな螺旋階段を駆け上がる。
ある部屋の扉の前で立ち止まると、はだけた服装を直してからノックをした。
『母さん。アンドレアスです。たった今戻りました。』
中からは返事がない。だが眠っているのかもしれないと思い、音をたてないように扉を少し開け、隙間に身をよじるようにして暗い部屋の中へ入った。
ベッドに近づくと、すうすうと寝息の音が聞こえてくる。
久しぶりに母親の顔を見て、アンドレアスは自分の体の力が少し緩んでいくのを感じた。
『・・・ただいま戻りました。』
小さな声でそうささやくと、ベッドの足元にもぞもぞと動く人影が視界に入った。
『・・・あ、兄さん。おかえりなさい・・・。』
看病をしていたのか、ベッドの端に突っ伏して寝ていたクローヴィスが眠そうな顔をあげ目をこする。
『ただいま、クローヴィス。・・・少し話せるかい?』
そう言って弟を部屋の外へ静かに連れて出た。
『最近何かあったかい?・・・例えばうちの家がらみの問題というか・・・。寮に送ってくれた手紙には母さんの体調があまりよくないぐらいしか書いてくれてなかっただろ??』
それを聞いたクローヴィスは一瞬で眠気が覚めたように目を大きく開いた。
『・・・知らない・・・・。』
『え??・・・何だい?』
もう一度聞きなおそうとした瞬間、クローヴィスはアンドレアスの手を振り払ってまた母親の部屋に戻ると、あっというまに扉を閉めてしまった。
・・・明らかに弟の様子がおかしかった。だが、これ以上弟に話を聞こうとしても何も答えないとも察した。そこでアンドレアスは、今度は妹たちの姿を探し始める。
するとすぐに聞きなれた音が庭から聞こえてきた。
ギンッ!!ガンッ!!・・・と、金属がぶつかり合うような鈍い音だ。普段であれば朝早くに聞こえてくる音が、夕方の今聞こえる。アンドレアスの感じる違和感はさらに加速していった。
庭に通じる扉から外廊下へ行くと剣を構えるミラの姿があった。そしてすぐそばに、寒そうに厚着をして妹の剣技を見守るシャティもいる。
『アンドレアス兄さま!!ごめんなさい・・・ぼおっとしていて気が付かなかったわ。おかえりなさい。』
シャティがいち早く気が付いて声をかけてきた。
『ただいま、シャティ。・・・ミラは何でこんな雪が降っている中剣術の稽古をしているんだ??さすがに寒いだろう?』
ミラは自分の身長より大きい、アンドレアスの背丈もある人形を剣術練習用の相手として魔術をかけていた。魂はないが、剣術の猛者のように滑らかな動きを見せるその人形は、俊敏なミラの動きに呼応している。
『・・・落ち着いてられないみたいなの。ああ・・・兄さんには心配させないようにって手紙でもまだ伝えてなかったんだったわね・・。』
シャティは眉間にしわを寄せる。
『なに?』
『・・・数週間前、父さんが突然女の人を連れてきたの。・・・白い長い髪の女。
それで父さん、その人をこの屋敷に住めるようつきっきりで・・・。そのせいか、地元の人たちもそれを聞きつけて、なんだか私たちから距離を取られている感じがするのよね・・・。』
『・・・・・・・え??』
シャティの言っている雰囲気の感じだと、女というのが屋敷で雇う家庭教師や他の女性従業員的な意味合いではなさそうであった。
女?この屋敷に住む??母さんや僕たち子供がいるっていうのに?
妹の言っている意味が頭には入っているが理解が追い付かない。
そこへ遠くで玄関の扉がかすかに開く音が聞こえた。
『・・・来たみたい。』
シャティは身構えるように腕を組み、着ていたコートを両手でぎゅっと掴む。
落ち着け、と自分に心の中で言い聞かせながら足早に再び玄関へもどるアンドレアス。その兄の影に隠れるようにシャティも一緒についてきた。
ブローシュ伯爵・・・俺たち5人兄弟の父親が馬車を降りてきた。
その表情はいつも通り落ち着いており、彼の後に姿を現した人の顔はベールで隠れている。シルエットから見るに例の女らしい。
父さんはその人の手を取って馬車のステップを転ばないように気遣っていた。
『・・・おお、アンドレアス。おかえりなさい。さっき帰ってきたばかりかい?』
こちらに気が付いた彼は嬉しそうに歩み寄ってきて息子を優しく抱きしめる。
『・・・ああ、アンドレアス。突然のことで戸惑うかもしれないが、こちらの女性を紹介しよう。』
ベールの女性は黒と赤のレースで包まれたドレスをまとっていた。
彼女はゆっくりと近づき、伯爵の横に並びベールを上げる。
赤い瞳。光をまとう白く長い髪。
アンドレアスの緑色の瞳が彼女と目が合った。
『はじめまして、アンドレアスさん。・・・メディアと申します。どうぞよろしく。』
メディアと名乗るその妖艶な女は、ニコリとほほ笑んで見せた。




