綻び
・・・夏休みに入り寮制の学校から実家へ戻ったアンドレアスは、毎日のように窓辺で本を読んでいた。
傍には愛犬のスーと生まれたばかりの6匹の子犬たちがふかふかの専用ベッドで気持ちよさそうに眠っている。
少し視線を外に向ければ、花が咲きほこる庭で追いかけっこをするクローヴィスとシャティ、そしてミラの姿が見えたが、エドが見当たらなかった。
どこにいるのだろうか、と思い本を閉じて部屋を出た。
日が差し込む長い階段を下り、温室へ通じる廊下を歩く。
すると、ぼうっとしているエドが視界に入った。
『エド。シャティたちと一緒に遊ばないのか?』
何気なく尋ねる。
すると、エドは目で何かを追いかけているようだった。そこで彼の視線の先を見渡したが、エドが見つめている先は姉たちがいる方向とは真反対で、特別気になるものは何もなかった。
『・・・エド?』
アンドレアスはエドの不思議な様子をみてもう一度声をかけた。
『おばあ様がね、あそこでお散歩しているのを眺めてるんだ。』
突然エドが口を開き笑顔でこちらを振りむいた。
『おばあ様??・・・おばあ様って5年前に亡くなった僕らのおばあ様のことかい??』
『そうだよ!!ほら、あそこ。チューリップが咲いているあたり。』
もう一度指差された方向を見たが、そよ風が吹くだけでそこには誰もいない。まして、死んだ人間など見えるわけがなかった。
『・・・エド。おばあ様は何の服を着ているんだい?』
アンドレアスは内心困惑していたが落ち着いた様子でエドに畳みかける。
『グレー色のドレスに白い日傘をさしてゆっくり歩いてるよ。兄さんだって見えるでしょ?』
そう言って疑いのないエドの目がじっとアンドレアスを見つめる。
アンドレアスたちの祖母が亡くなった時、エドはまだ2歳になったばかりだった。
祖母との交流も多くはなかったはずにもかかわらず、エドの言う通りアンドレアスの記憶にある祖母のお気に入りだった服と日傘の色が当たっている。
エドが時折何もない空間を見つめるのには彼にだけ見えるものがあったからだとわかり、エドの肩を持ち諭すように話した。
『エド。・・・さっきも言ったように、おばあ様は5年前に天国へいったんだよ。
ということは今君の見えているそれは生きている人ではない。
周囲の人たちが驚いてしまうから、このことは秘密にしておくんだぞ。』
『・・・わかった。』
少し不貞腐れた表情をエドは見せたが、すぐに遠くのほうからミラが呼ぶ声を聞きつけ、走っていってしまった。
『兄さん!』
ミラの隣でクローヴィスが笑顔でこちらに手を振っている。
『兄さんも来てよ。シリウスがクリケットを始めようって道具を持ってきたんだ。人数が足りないから兄さんもこっちに入って!』
『わかったわかった。今行く。』
何気ない春の陽気のひと時。
平和で、静かで、何も不安のない日々がそこにあった。
またある日、ミラとシャティに連れられて街に出かけたことがあった。
街には春の暖かさを感じるためか多くの人が行きかい、男女が腕を組んで歩く姿も少なくなかった。
その様子をドレスの仕立て屋の窓からじっと見つめていたミラがぽつりとつぶやく。
『ねえ、アンドレアス兄さん。レディっていずれは結婚をするでしょう?』
『まあ、普通はそうじゃないか?』
『あたしわからないのよ。結婚したいって心から思える素敵な男性ってそんなに世の中にたくさんいるのかしら?
あたしの思う理想の男性はね、①自分より心身ともに強いこと②誠実であること③お金をもっていること④顔がいいこと、よ。・・・でもこれって理想が高すぎなのかしら??』
『ん~・・・。最初の一個はなかなか独特な条件ではあるけど、2個目と3個目は僕らと同じくらいの貴族階級であれば当てはまるんじゃないか?』
『爵位を持っていたってクローヴィスみたいに意地悪な人だっているでしょ?』
『じゃあ父さんみたいな人?誠実だし、伯爵なんだからお金もあるし・・・。』
『でも顔は地味でしょ。』
『・・・それ父さんの前で言うなよ。泣くぞ絶対。』
『じゃあ逆に聞くけど、兄さんの思う理想のレディってどんな人?・・・ちなみにあたしより可愛い人は絶対ダメよ。嫉妬してきっとその人のことをいじめちゃうから。』
『はははは・・・。ん~そうだなあ。考えたことなかったなあ・・・。』
しかし、言われてみるとなかなか思いつかないものだ。
自分が心から結婚したい・・・一生を共にしたい相手。
仲の良い自分の両親を思い浮かべたが、聖母のように優しい母が理想かと言われると自分の中でしっくりこなかった。
『うーん・・・そうだな。ミラみたいな明るく真っすぐな女性は魅力的だと思うよ。』
その言葉を聞いて一瞬動きが固まるミラ。しかしすぐに顔が赤くなり、ニヤニヤし始めるとほっぺをつねってきた。
『そういうのはさらっと他のレディに言っちゃだめよ。軽い男だと思われるんだから。』
そうして妹や弟たちと過ごす長い夏休みが終わり、9月に入ると世の学校は新学期が始まる。
アンドレアスは再び家族と離れて男だらけの寮生活に戻ることに正直ため息が出るが、学校に着くと夏休みの間数回しか会えなかったシリウスを見つけて元気を取り戻した。
『やあ、親友。この夏休みはどうだった?見るからに日焼けをしているようじゃないか。』
『おうよ。父さんが海辺の訓練場に連れて行ってくれたんだ。おかげでほぼ毎日海水浴ってわけ。羨ましいだろ??』
『・・・ほーう。海水浴場には水着美女も多いだろうね。許嫁がいながら君は鼻を伸ばしていたのかい?』
『馬っ鹿野郎!シャティ以上に魅力的な子はいないさ。そうだろ?義兄上どの?』
アンドレアスの背中をばしばし叩きながらシリアスは嬉しそうに大声をあげた。
次の長期休暇はクリスマス前の12月中になるので、それまでアンドレアスたちはほとんど広い学内で過ごす。学内にはイギリス中の名門魔術師家系の子息らが集まり、日々勉学に励むのだ。
・・・・短い秋も終わり、白い雪がちらつく日も増えてきたと思えばあっという間に地面が真っ白になっていた。
再び長い休暇が始まる、と思うといつもであれば心躍ったが今年のクリスマス休暇は少し気が重かった。というのも、実家から届く手紙には最近母が体調を崩しがちで屋敷の雰囲気が暗くなっているというのだ。
それを聞いたシリウスも心配性のシャティのことが気がかりで、一緒にブローシュ家へ行くこととなる。
だが長い帰路を列車と馬車を使い向かっている道中、アンドレアスは違和感を感じる。
故郷に近づくにつれて、周囲の人々が自分をじっと見てくるのだ。
さすがにシリアスもそのことに気が付いたようで、ぎろりとにらみ聞かせて追い払ってくれていた。
(これは一体・・・?)




