偽物
ロウソクだけの薄暗い広い部屋にベッドが一つ。だがそのベッドも一人用にしては大きすぎるサイズだ。
天井にはきらめくシャンデリア。床には見たこともない彩色の鮮やかなカーペットが敷かれている。
メディア様はベッドに横たわり、目をつむってさっきのパーティを思い出していた。
屋敷に入った時には冷たい視線を感じたが、侯爵や他の男たちと踊っているうちにその視線は気にならなくなっていた。
名のある家の若い男たちが自分に近づいてくる赤らめ顔を思い出すと、自分の足が地についていないようなふわふわとした感覚になる。・・・だが。
『・・・うう、痛い!痛い!痛い!・・・・痛い!!!』
突然背中を中心に全身に激痛が走る。
その痛みは、自分が何者でもなかった頃の忌々しい過去にも感じたことのあるものだった。
肌が焼ける匂い。
血の味。
毛虫のようにベッドの上でもがき苦しむと、彼女は近くの姿見まで床を這っていった。
姿見までたどり着くと、ネグリジェの襟を大きくひっぱり白い肌を露出させた。
背中に刻まれた魔術刻印がマグマのように怪しい光を放っている。
そして、その刻印がはじめの頃から黒ずみを帯びていることに気が付いた。
『刻印が・・・!!わ、私の魔術刻印が壊れていってる・・・!?
どうして??あれだけ魔術書を読んで精巧に入れ墨をしたのに・・・・??。』
考えてみれば、ここ最近息切れすることもあり、体も重くベッドから起き上がれないことが増えてきた。
そのため、部屋に引きこもるほかなく心配してたずねてくる伯爵にも、体調が悪い原因を打ち明けることなどできるわけがなかった。
・・・それは、不治の病で体が壊れていっているあの夫人の後釜として屋敷にいることができなくなるからだ。
思い出せば高級娼婦になってすぐのころ、伯爵が突然娼館にやってきた。
伯爵はメディアが魔術を奪い、貴族に近づきたいと思うきっかけとなった、あの男だった。
数年越しの再会に運命の導きを感じずにいられなくなった彼女は、すぐさま彼に近づいた。
もちろんただの娼婦が魔術など持っていては不審がられるため、古い書物で読んだ魔術特有のにおいを消せる魔術を使った。
そして、少しでも気に入られようと自身の唾液に複雑な催淫とわずかな洗脳の魔術を施してゆっくりと伯爵を犯していく。
かなり魔術刻印を酷使する難しい魔術だったが、かつて司祭の部屋に隠されていた禁書を読み込み自分で作り上げた術式を試さずにはいられなかったのだった。
初め伯爵は彼女と昔あったことがあることなど全く覚えていなかった。
いや、むしろ好都合だったのかもしれない。
過去の、孤独で、無知で、なにも取り柄のなかった田舎の娘は消し去りたかったから。
今の自分は優雅で美しく、博学で、ひそかに魔術刻印をもつ者なのだから。
これが同一人物であっていいわけがない。
伯爵と親しくなっていったある日、最愛の妻が最近病にかかり、子供に気が付かれないよう医者に診てもらっても原因がわからずお手上げ状態なのだと打ち明けられる。
その疲れがたまった様子の彼を見た友人が娼館通いをすすめたことも話してくれた。
たしかに既婚者だという事実に傷ついたが、メディアはぐっと自分の気持ちをおさえ静かに口を開く。
『まだ小さいあなたの子供たちがお母さまを病気で亡くしたら・・・・お家は大変になりますわね。』
『・・・ああ。一番下の三男はまだ4歳だ。とくに次男は妻のことが大好きでね。いつも彼女の傍にいるんだ。もし母親が死んだとなったらあの子がどうなってしまうか・・・。想像もしたくないよ。』
まだだ。こらえろ。
彼は言うわ。・・・絶対に言う。
そんな言葉がメディアの脳内を埋め尽くす。
伯爵が顔を上げた瞬間、メディアは目にいっぱいの涙を浮かべていた。
それを見た伯爵も思わず涙をこぼす。
しばしの間、二人のすすり泣きが続いたが突然メディアの両手に温かみを感じた。
伯爵が彼女の手を取り、涙でぐちゃぐちゃの顔のまま彼女に告白する。
『私の妻になってくれ・・・第二の妻に。もう、君にしかこんな突飛な頼みはできやしない。』
彼の瞳は催淫と洗脳の頂点に達し、赤黒く輝いていた。
その告白からすぐに娼館をやめ、憧れの大きな屋敷にやってきた。
夫人は自身の亡くなった後に後妻となるメディアの存在を伯爵からすでに知らされていた。
メディアは夫人と初めて会った際、なんて美しい人だろうと心から思った。
輝く金色の髪に、子供たちの生みの親である証の緑の瞳。
・・・羨ましいと思った。
そしてあまりいい顔をしてはくれないが、子供たちはそれぞれ将来有望な魔術師の素質があり、そしてとても愛らしくメディアは遠くから彼らを眺めていた。
だが、それと同時に自分の正体が、人を殺し、魔術刻印を盗んだ罪深い人間だ、ということがばれないようにしなければならない。
背中は化粧道具で肌色に塗り重ねておかなければならず、湯につかる際もメイドを浴室に入れず絶対に人目につかないようにした。
だが数か月がたち、まさに昨晩彼女は失態をしてしまう。
屋敷に着てすぐのころから庭に咲く美しい花の観察日記をつけていた。・・・しかし、それは彼女の生み出した魔術式を書き留めるための偽装だった。
それをたまたま出かけた際に、自室の机の上に置きっぱなしにしてしまったのだ。
思い出して慌てて馬車を走らせ屋敷に戻る。
そして自室の扉を開けると一人の少年が机の前に立っていた。
・・・ブローシュ家の長男、アンドレアスだった。




