夜会
赤いドレスが玄関に向かっていくのを目で追う少年。
すると背後からコツコツと静かな足音が聞こえてきて振り返る。
花の刺繍がちりばめられた、一見ウェディングドレスにも見える純白のドレスを身にまとう伯爵夫人がそこにいた。
夫人は少年を見てニコリとほほ笑むと背筋をピンと張ってそのまま玄関のほうへ向かっていく。
夫の愛人と同じパーティに出る。
その状況にどうしてこうも堂々としていられるのだろうか。
周囲の目もあるにもかかわらず、夫人は笑顔を絶やさない。
少年は優しいその夫人の表情の裏にある心情を、推し量ることさえためらってしまう。
馬車を走らせて、侯爵の屋敷に到着をした。
まずは伯爵と夫人が屋敷に入り、少年も赤いドレスをまとった彼女について他のメイドと共に屋敷に入った。
・・・視線。
すでに到着していた招待客たちの会話が凪のように静まり、一点に注意が注がれる。
従者である少年でさえ逃げ出したくなるような冷めた雰囲気に、夫人と赤いドレスの愛人はゆっくりとホールの中へ進んでいく。
だがしばらくして、また音楽がどこからか聞こえてくると周囲の人々も少しずつ会話に戻っていった。
『ブローシュ伯爵!久しいな。狩りに誘おうにもあなたがお忙しそうでなかなか捕まらんもんだから、今日会えるのが待ち遠しかったぞ。』
大きく腹の出た初老の男・・・侯爵が大きく手を広げて嬉しそうに近づいてくる。
『こちらこそお招きいただき光栄です。』
伯爵は丁寧に挨拶を返すとすぐに振り返って愛人を手招いた。
『こちらが以前手紙でお伝えしたメディアと申します。』
一瞬の間。侯爵が愛人・・・メディア様を下から上までじっくりと見定め最後に彼女の赤い瞳に目を奪われる。
『これはこれは、赤い目とは珍しい・・・。』
『お褒め頂き恐悦至極です。』
メディア様は丁寧にお辞儀をしほほ笑む。その笑顔を気に入ったのか、侯爵は1曲彼女と踊ってもよいかと伯爵に尋ねた。
『構いませんよ。』
朗らかに返す伯爵。
なんとも異様なその光景に周囲の人々も会話をしつつ、視線だけは彼らから外さなかった。
音楽のリズムが変わる。
侯爵とメディア様は優雅に踊り始めた。メディア様の赤いレースドレスはくるくると回るたびに、彼女の好きなダリヤの花ように広がり、慣れた様子で足を運んでいく。
少年は周囲を見渡すと、男性の招待客が彼女の動きをじっと見つめている。それに対し、女性たちは眉をひそめたりくすくす笑ったりしていた。
そして少年はちらりと伯爵と夫人のほうを見る。
伯爵はいたってほほえましそうにメディア様のことを見ていたが、その横にいる夫人は無表情であった。
笑顔以外の表情をしている夫人を初めて目にし胸が痛くなると、すぐに自分の足元に視線を落とした。
(・・・やっぱり。大丈夫な訳がないんだ。)
すると少年は伯爵のことがひどく恐ろしく思えてきた。
妻がいるにもかかわらず幸せそうな表情で愛人を公にする人間。・・・一体どういう神経をしているのだろうか。理解などできるわけがなかった。
しばらくしてメディア様は他の男性からも踊りを誘われていく。
数名の男性と踊り終えるとさすがに疲れてきたのか、少し休むと言って奥の休憩できる部屋へいこうとしていた。しかし、ついていこうとした少年に気が付いた彼女は振り返った。
『来てもらわなくて結構よ。』
無表情でそう言い残し、少年とメイドたちを置いてさっさと奥へ引っ込んでしまう。
メディア様付の使用人らはゆく当てをなくしてそのままホールの壁際に突っ立った。
『メディア様って自分勝手よねえ。』『ほんと。部屋に引きこもってたかと思ったら、今日のドレスにだってパーティの直前になってから色々文句を言うし、やになっちゃう。』
メイドたちが主人の愚痴をこぼす中、少年は会話には参加せず夫人のもとへ人の間を縫っていった。
『今日のパーティはとても豪華だな。そう思わないかい?』
伯爵が夫人の横で楽しそうに声をかける。夫人も同じように微笑んだ。
『ええ。さすが侯爵様ですわね。』
その言葉に嘘はなかった。ただ、声にやや生気が感じられない。
すると伯爵が夫人の手を取ってささやく。
『・・・体は大丈夫かい?』
夫人ははっとして伯爵の表情をみた。じっと夫人の緑の瞳を見つめ心配そうにしている。
夫人は一瞬周囲を目だけで確認をした。
誰も夫婦の会話をきにしているような人はいないようだったが、夫人は声を潜めて返事をする。
『・・・ええ大丈夫ですわ。』
そこに少年が近づいてくる。
『伯爵、夫人もお休みのところ失礼いたします。メディア様が奥の休憩部屋に行ってしまわれたのですが、この後はいかがしましょうか?』
『ああ、君は確かメディア付の執事だね。
・・・時間もいいころだ。そろそろ侯爵に挨拶をして帰宅するとしよう。そしたら君、メディアの様子を見てきておくれ。もし彼女が疲れているようだったら侯爵に話して今晩だけ泊めさせていただこう。』
少年は丁寧に伯爵に対しお辞儀をすると、夫人を一瞬見て同じようにお辞儀をした。
踵を返して遠ざかっていく少年。伯爵はふと彼の去り際に何かを感じた。
『あの執事・・・。たしか屋敷のコックが養父だとジェームズが言っていたか・・・。一般家庭の生まれだとおもっていたが、なんとなく我々と同じ匂いがしたな。』
『・・・たしかに。かすかに私も思ったことがありました。』
夫人は少年が去っていった方向を見る。もう彼の姿はなかったが、少し考えてから意を決めたように伯爵に向かい合った。
『あなた。一つお願いがありますの。』
少年は休憩の部屋をのぞきに行くと数名の男女がすでに中でおしゃべりをしていた。
だが、その中にメディア様の姿はない。
(一体どこへいったんだろう・・・?)
別の部屋を探しにいこうとしたとき、振り返った拍子に大柄な男とぶつかってしまう。
『も、申し訳ありません!』
見上げると、その男は自分と同じような服装で、胸元に侯爵家の紋章が刺繍されていた。
(この男は・・・この屋敷の執事か。)
少年はそこで男に尋ねる。
『大変失礼ですが、こちらの屋敷の方とお見受けいたします。
本日パーティに招待されました、ブローシュ家のメディア様はいまどちらにいらっしゃるかご存じでしょうか?』
『メディア様・・・。ああ、それでしたら今晩はとても疲れたとおっしゃっていたので、部屋をひとつご用意いたしました。すでに侯爵様もご承諾済みです。』
『なるほど・・・、かしこまりました。ブローシュ伯爵が心配していりましたので、お気遣いいただきまして感謝いたしますと侯爵へお伝えいただけますと幸いです。ちなみにメディア様の従者を数名残していきたいのですが、大丈夫でしょうか。』
『あいにくですが、メディア様ご本人から従者は必要ない、と仰せつかっております。』
(・・・また自分勝手な。)
普通、貴族が他人の屋敷に泊まることになれば数名の従者も一緒に残るのだとジェームズから聞いていたのだが、どうも彼女は何をするにも一人じゃないと気が済まないたちのようだった。
『・・・どうしても、ということでしょうか?』
男はその返答には答えず、ただニコリとだけ笑った。
『かしこまりました・・・。そのように伯爵にもお伝えします。
明日の朝ブローシュ家のものが迎えに参りますので、どうぞよろしくお願いいたします。』
お互いにお辞儀をし、男は仕事に戻っていった。
その時、少し彼の瞳の色が赤かったように見えたが少年は急いで伯爵のもとに伝えねばという気持ちのほうが勝ち、急いで部屋を出た。




