Beyond that path awaits...
「・・・娘は禁書の一つ一つを手に取り読み進めていく。
中には知らない言語もたくさんあったが、想像で判読できるものもあった。
何時間が経っただろうか。ある部分に差し掛かったところで頁をめくる手がぴたりと止まる。
そして、娘は肩を震わせ目には涙をためた。
〈見つけたわ・・・。ついに見つけた!!〉
娘は魔術書に書かれている通りに行動を起こした。
教会内を探しまわり、頁に書かれている通りの特殊な調合のインクを発見すると、すぐさま書庫に走り戻ってきて挿絵通りの魔法陣を床に描いた。
多少いびつなものの、魔法陣が完成すると、本を持って立ち上がり数歩うしろへ下がる。
そして、本を大きく開いて文章を読み上げた。
・・・が、何も起こらない。
〈・・・どうして?なんで何も起こらないの?本の書いてある通りにやったのに・・。〉
何度も何度も、娘は繰り返した。
魔法陣を書き直し、抑揚をつけながら本に書いてある文章を読み上げる。
だが、やはり何も起こらない。
教会の外はあっという間に暗くなっており、床に描かれた魔法陣には陰がかかってろうそくの灯りだけがほの暗い書庫を不気味に照らしていた。
娘は本を持って一度司祭様の部屋へ戻る。司祭様は相変わらず、顔に赤い花を咲かせてぐったりしていた。
娘はしばらく司祭様をぼんやりと見つめていたが、今度は近づいて司祭様の着ているものを掴んだ。
その拍子に赤い花が娘の服にこぼれたが、そんなことは気にせず司祭様が羽織っていた上着を取り払う。
〈燃やすのに服を着ていたら時間がかかってしまうわ。〉
娘はそのまま上等な服を一枚ずつはぎ取っていった。
すると、薄い肌着が最後に残り素肌が見えてきた。だが、娘の目は別のものをとらえる。
入れ墨だ。
ミミズのように複雑な湾曲が重なった何とも奇妙な入れ墨が司祭様の背中に彫られている。
肌着を取り払い、まじまじとその入れ墨を見ると、娘は何かを思いついて一心不乱にそれを模写し始めた。
・・・数日後、司祭様が突然いなくなったこと以外、村はいつも通りの穏やかな様子であった。
そして娘はある日、仕事をやめた。
さらに、その日のうちに親戚の家からひっそりと私物をもちさり、人気のない路地へやってきた。
一つの娼館の扉をたたくと、骸骨のような体躯の女主人が出てきた。じろりと娘を一瞥すると何も言わずに娘を部屋に通す。
〈・・・それで、ここで働きたいって・・・?〉
〈はい。〉
〈ここの娼館は他とは違う。歌や音楽のできる、貴族たちを相手にする女たちのいるところさ。
ただの美人はいらないんだ。あんたに一体何ができるんだい?〉
すると、娘は手に持っていた袋を広げて本を取り出した。そして、そのままその本の冒頭部分を朗々と読み上げる。
〈ふん・・・文字が読める、と。〉
翌日から、娘は女主人のもとで歌や音楽、そして外国語を学んだ。
そして、夜にはあの魔術書を開き、読めなかった言語を一つ一つ解読していく。
〈これはラテン語で・・・これはフランス語・・・。〉
内容がはっきりと頭に入ってくると、司祭様の入れ墨に関係する話が外国語で書かれていることに気が付いた。
〈・・・魔術刻印・・・。魔術師家系に代々伝わるもの・・・。継承適齢期を迎えた少年少女の身体に、魔法陣と同様の特殊なインクで刻印される。その際、譲渡者と継続者の血液が混ざり合うことで魔術刻印は完成する。これは、魔術の源となり身体に巡る魔術回路の機能を掌握する・・・。〉
数日後、娘は娼館をよく渡り歩いているという彫り師を部屋に呼んだ。
娘は彫り師に例の魔術刻印を模写した紙を見せる。
〈ずいぶんと複雑な模様だな。なんだかミミズみたいだ。・・・あんたが考えたんかい?〉
〈・・ええ、そう。早くやってちょうだい。〉
娘は赤黒く染まったインクを彫師に渡す。
・・・薄暗い部屋で痛みに耐えながら待つこと数時間。
汗まみれの背を鏡に向け、娘が涙を流しながら横目でにっこり笑っていた。
そこには司祭様と瓜二つの入れ墨が鮮明に彫られていた。・・・・・」
・・・・サムははっと我に返り、視線を上げる。
さきほどまでベッドで横になっていたアイラが、不気味な笑みでサムを真正面から見つめていた。
その瞬間、サムの手の甲がずきりと痛む。
そして目の前の赤い、赤い瞳がさらに赤黒く染まっていくのが分かった。
突然ロウソクの灯りが消えたかと思うと、アイラはサムに向かって飛び込んだ。
その拍子で背中から床に倒れるサム。
頭と背中を盛大に打ち、一瞬顔をゆがませたものの、サムはすぐに天井を仰ぎ見てぎょっとする。
自分の体に馬乗りになっているのは、アイラ・・・・・・・・・ではなく、
豊満な体、
波のように流れる銀色の長い髪、
たっぷりのレースが入った赤いオフショルダードレス、
そして艶のある唇に特徴的な赤いリップをした、メディア様がそこにいた。
「な・・・ばかな!?メディア様は死ん・・・。」
そうサムは言いかけて、言葉が出なくなった。
いや、正しくはメディア様に強く口づけをされて物理的にしゃべれなくされてしまった。
【・・・ぷはっ!】
サムの唇から顔を上げたメディア様は、すぐに見下ろしながら舌なめずりをして見せる。
【んん~~・・・キスはいまいちねえ。でもおまえ、良い匂いがするわ。
クローヴィスによく似た、強い魔術の力を感じる・・・。】
サムは思いっきり彼女を突き飛ばして、距離をとる。だが、突然頭が重く感じたかと思うと重心がぐらついて片足を床に着いてしまった。
(・・・なんだ、これ。体が痺れて・・・・。)
思い当たるのは先ほどの口づけだ。一瞬だったが、彼女の舌が口内に入ったのを感じた。
(唾液に魔術が込められていたのか・・・?・・・いや、そんな魔術は聞いたことがないぞ・・・。)
頭の中がぼんやりとし始める。
すると、サムがいつも袖に仕込んでいる短刀がするりと滑り出て、それを手に持ちなおすと、そのまま自分の太ももに突き刺した。
「ぐあっ・・・・!!くそっ!」
苦しむ表情を見せながら横へ倒れる。そのとき、サムの瞳は赤く輝いていた。
【・・・うふふ・・・。・・・あははっ!!あははははははは!!!!】
甲高い笑い声。昔、メディア様がよく使用人らに罰を与えるとき、こんな声を出していたのが鮮明に思い出される。
・・・メディア様は生前、かつての彼女と同じような身分の者を罰することに喜びを得ていた。
サムも屋敷に着てまだ間もないころ、仕事を失敗しメディア様に手の甲を暖炉の火かき棒で焼かれたことがあった。
以来、メディア様の傍付きからクローヴィス様付の従者になり、成長した今でもクローヴィス様から頂いた手袋を常に人前でつけるようにしている。
再び、手の甲が焼けるように痛みが走った。それはまるで、サムの身の危険を知らせる警告のようだった。
」




