新しい田舎の家へ行こう
「だけどお父さん、研究室は辞めちゃうの?」
「あたりまえだのクラッカー! 今日辞表を出した。ぼろくそに言われてめちゃくちゃ頭にきたし」
「辞表を?」
「そうだ! で、教授はまず俺が生き返った事にびっくり。そして辞表を受け取ってもう一度びっくりだ。ざまあみろ。わっはっは。研究室はもう辞ぁ~めた。俺は小学生並みの頭で結構。漢字も英語も分らなくて結構。助教止まりでも結構。講師も准教授もみんなくそくらえ。とにかく田舎へ引っこしだ。これで決心がついた。早速田舎へ行くんだ!」
それからお父さんはしばらく、「田舎、田舎」と、まくしたてた。
(ところで僕、転校? で、宿題はちゃら?♬)
そういう訳で残りの夏休み、年休処理とかでお父さんは仕事を休み、いろんな事をしてくれた。
もっともお父さんは「死んだ」事になっていたから、休みは簡単に取れたらしい。
それで例の「両足ぴょん」のバッティングピッチャーもやってくれたし、守備練習のノックもやってくれた。
いつの間に打つのも捕るのもそんなに上手くなったんだって、お父さんはめちゃくちゃ驚いていた。
それで僕が、とある惑星でめちゃくちゃ練習したからだよ♫って言ったら、そいつは凄い。俺もそこで練習させてもらおうかな、とか笑っていた。
それと公園のカシの木の散歩コースで一緒にクワガタ取りもやってくれたし、庭で花火とか海水浴とか、とにかくいろんな事をやってくれた。
こうして楽しい日々は夢のように過ぎたんだ。
そして夏休み最後の日。
僕らはお父さんの言う、その「田舎」へ引っ越した。
お父さんは海岸沿いの国道を北へと車を走らせ、小一時間もすると小さな町に着いた。
そして僕が〈何だ、そんなに田舎じゃないや〉なんて思っていたら、それから車は左へ曲がり、今度は山の方へと、どんどん走り出した。
しばらくは平坦な道で両側は普通の畑だったけれど、いつのまにか上り坂になり、周りは石垣のある段々畑に変わっていた。
そして車はどんどん山へ近づき、本当に山の中に入り、それから山間のくねくね道を走った。
窓から見下ろすと綺麗な小川が見え、見上げると木々のすきまに綺麗な青空があった。
僕は窓を開けた。
ひんやりとした気持ちの良い風が入ってきた。
ひぐらしの声も聞こえていた。
それからしばらく走ると、ぽっかりと青空が広がり、急に明るくなった。
車は開けた場所に出たんだ。
窓から見ると遠くの山の麓まで、段々畑が連なっていた。
やがてまばらな家々が見え始めた。
診療所らしい建物と、赤い屋根の小さな小学校もあった。
その小学校の脇を通り、少し坂を登ると僕らは新しい家に着いた。
「荷物を運ぶトラックが来るまで少し時間がある。それまで自由行動だ。小学校でも見ておいで。分校なんて見た事ないだろう」
お父さんがそう言ったので、僕は小学校を見に行く事にした。
お母さんと妹と、ぴゃーちゃんは家の周りを散策した。
そして僕が坂を少し下ると、赤い屋根の小学校はすぐだった。
正門には「都農小学校木和田分校」という文字があった。
そこから入ると、教室が二つと小さな職員室と炊事場のような場所とトイレが一か所だけだった。たったそれだけ。
僕は驚いた。
だけど、とても楽しそうな場所に思えた。
それから僕は夏休みで誰もいない教室へと歩いた。
廊下の代わりにコンクリートの土間があり、小さな手洗い場もあった。
僕が耳を澄ますと水の音が聞こえた。
お父さんの車から見えた小川が近くを流れていたんだ。
昼休みなんか魚釣りでも出来そうだ。
それから僕は校庭の方へと歩いた。やはり誰もいなかった。
五十メートル四方程の小さな校庭。
向こう側にフェンスがあり、その手前にはブランコがあった。
僕はそのブランコで遊ぼうと思い、校庭を歩き始めた。
そしてふと前を見ると、突然、そのブランコの手前に二人の大人の人が立っていた。
多分二十歳過ぎくらいの人たち。
でもいつの間に彼らがそこにいたのか、僕には分からなかった。
二人のかっこいい人たち。
男の人と女の人。
笑って僕に手を振った。
「あれれ、セリア君? それと…エリアちゃん!」




