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いよいよ替え作戦決行!

 僕がたどり着いたその大きな教室には、とても怖い顔をした偉そうなおじいちゃん先生が何人もいた。

 そこは二百人くらい入れそうな、とても教室だった。映画館みたいに後ろの席が高くなっていた。

 それにしても、こんな怖い顔の人たちの前で発表するのかと思うと、僕はいやぁな予感がして、ぞわぞわぞわぁ~~~っと胸騒ぎが始まった。

 そして僕が入ると、入り口近くでとても偉そうに座った白髪の、ひときわ恐そうで耳の遠そうなおじいちゃん先生が、大声で僕に向かって言った。

「あ~、鈴木君は教壇の方で発表の準備をしていなさい」

 それで僕はその指示に従った。

「イイカイ トニカクキミノオトウサンガコンヤ オイワイニイケナイヨウニスルンダ ボクノイッテイルイミ ワカルヨナ!」

 セリア君の乗ったオデッセイはずっと僕を追いかけているようだったけど、いつのまにか僕の頭の近くで浮かんでいた。セリア君はオデッセイの窓を開け、ハンドマイクで怒鳴っているようだ。

「イイカイ トニカクキミノオトウサンガコンヤ…」

 だけどセリア君が少々しつこいから、僕は大声をあげた。

「うるさいな! 分かってるよ!」

「君は私に向かってそう言っているのかね?」

 もちろん白髪のこわいこわいおじいちゃん先生が、恐い顔をもっと恐くして、僕にそう言った。

「イイゾイイゾソノチョウシ!」

 セリア君はとても嬉しそう。

「い…、いえ、ちちち…、ちがいます。ひひひ、独り言です」

 何だか、いやぁ~~~な雰囲気になってきた。

 まずい!

「ソウダソウダ!マズイゾマズイゾ! イイカンジイイカンジ!」


 と、突然、講義室のスピーカーから司会者のような人の「開会の辞」みたいな話があり、次に白髪のおじいちゃん先生の、長ぁ~~~~~~~~~~~~い挨拶が始まった。

「えええ~、時間もまいりましたので、ええ~、これより、ええ~、鈴木ぃ~、ああ~、耕輔君の、おお~、学位審査を、おお~、開催いたします。ああ~、鈴木ぃ~、 ああ~、耕輔君は、ああ~、本大学を、おお~、大変優秀な成績で卒業され、えええ~、その後、お~、本学の、おおおお~、当研究室にぃぃぃぃ…」

 凄く堅苦しい挨拶がだらだらと続いた。

 お父さんの学業成績がどうたらこうたら。

 今日の天気がどうたらこうたら。

 本大学の名誉がどうたらこうたら。

 医学の発展に貢献してどうたらこうたら…

 とにかく僕にはそれは、腰が抜ける程退屈でどうでもいいような話に聞こえた。


 それからしばらくして、無事、そのどうでもいい挨拶も終り、それからまた司会者のような人がこう言った。

「それでは、え~、鈴木先生、おねがいします」

〈ん? 鈴木先生って、ぼぼぼ、僕、だよね? で、なな何を、おお、お願いされたの?〉

 なんて事考えて僕が固まっていると、

「バカヤロウ! ナニカタマッテンダイ! サッサトハッピョウハジメヤガレ! モチ デタラメニダゾ!」

〈でたらめに?〉

 そのとき僕は、一体どういう風に論文発表をやったものか全く理解していなかったけれど、セリア君が「でたらめに」というので、博士号お祝いのパーティー開催を阻止するためなのかなぁ、とか考え、それで僕は「了解!」と答えた。知らんけど。

 そもそも僕は、でたらめにしか論文発表は出来やしないし…


 それで僕は鞄を開け、中から論文を引っ張り出した。

 だけど論文に目をやり驚いた。

〈ひえ~漢字がいっぱい!〉

 僕は絶望的な気分になった。

 だって僕、漢字全然苦手なんだ! 

 それに英語みたいな単語もいっぱいある。

 だからそれらも全部パス! ともかく僕は読む事にした。読める所だけ…

 だけどそのとき僕に、ある素晴らしい考えが浮かんだ。

〈通訳メガネを使えばいいじゃないか♬〉

 それで僕はポケットから通訳メガネを出した。〈これでばっちり読めるぞ!〉

 だけどそのときセリア君の大声がした。

 大声と言っても小さな声だけど。

「バカヤロウ ツウヤクメガネナンテツカッテドウスルキダ オトウサンガコンヤオイワイニイケナイヨウニスルンダゾ!」

〈あ! そうだったそうだった。僕って何てバカなんだろう〉

 僕は自分のバカさ加減にあきれて腰が抜けそうだった。

 だけど考えてみると、今ここにいる僕はバカであればあるほど都合がいい訳だ。

 それで僕は通訳メガネをポケットにしまい込み、自信を持って読める所だけを読む事にした。


「えー、なんとかかんとかの老化をきめる、テぇ…ロメアなんとかかんとか…〈ひえー、読めない字だらけ!〉…ええと、テロメアと老化がどうだのこうだので、なんとかと、かんとかがなんとかかんとかで、ええと…」

 すると突然僕の発表を遮るように、いかにも機械に詳しそうで、メガネを掛けた(多分、通訳メガネではない地球のやつ)やや若い人が中程の席から僕に向かって言った。

「鈴木先生、あの…、パワーポイントはお使いにならないのですか?」

 その人の横には、小さな映写機のような機械が置いてあった。

 それで僕はその人が何を言いたいのかが何となく分かったので、早速お父さんの鞄の中を探った。

 確かに鞄の中にはメモリーとかいろいろあったみたいだけど、どれがどれだかさっぱり分からないし、それで僕は豪快にこう答えた。

「いりません!(キリッ)」


 それから何事もなかったかのように、僕は発表を続けた。

「スーパーオキサイド! ええと、レドックスなななんとかと、ええと、グルコココ…ルチコイド、えええと、アポポポトトーシスが、えええと…、ええい面倒だ! もうこのページはパス!」

 僕は豪快に、二、三ページめくった。

「ええと、それから、テロメアのながさを、なんとかかんとかすると、DNAがどうたらこうたらで、老化がなんとかかんとかで、ええと…」

「ロウカッテカンジハヨメルンダナ!」

「やかましい!」

「何がやかましいのかね、鈴木君!」

「いえいえ、いいんです。やかましいのはこっちの話ですから。それで、えええと、ミト、ミト、ミト、ミト? 水戸の黄門様?」

「ミトコンドリア! サイボウノエネルギーコウジョウダゼ!」

 セリア君の詳しい解説付き助け舟。

「そうか! エネルギー工場か! 凄い! で、えええと、ミトコンドリアが、ええと、でもここはとばして、それで…」

「何をとばすのかね? いいかげんな発表をしないように!」(白髪のおじいちゃん先生)

「はいはいはい。でも分かんないからとばしますよ♪それで、ええ、老化して、マクロファージによって、なんとかかんとかがなんとかかんとかされ、で、ええと、スーパーオキサイドなんとかかんとかが、ええ、なんとかかんとか…」

「一体、何とかかんとかとは何だね、鈴木君! いい加減にしなさい!」(白髪の…)

「ソウダ! ナントカカントカッテナンダ? チャントコタエロ! ダイスケ!」

「分からんから、なんとかかんとかです!(キリッ)」

「イイゾイイゾヨクイッタ!」

「それで、ええと、なんとかマクロファージは、ええ、なんとかかんとかして、それで細胞が老化?そうか! つまりおじいちゃんになります!」

「スゴイ! サイボウモヨメタナ!」

「だろう! えへん!」

 僕は胸を張った。

 だけど回りの雰囲気はどんどん悪くなっていった。

 偉そうな先生たちはぽかんと口を開けて固まっていたんだ。そして、

「鈴木君。ふざけていないで、まじめにやりなさい!」

 司会をやっている人もとても怖い顔になって、どかどかと机を叩きながらわんわん吠えた。

 だけど僕も負けなかった。

「僕、ふざけてなんかいません。全く漢字が分かんないだけです!」

 すると、司会をやっている人は机を叩くのをやめ、ぽかんと口を開け、そして崩れ落ちた。

 で、僕はまた平然と読み始めた。

「ええと、ヒドロペルオキシド、ええと、らららラジカルなんとかが、ほほほほホスファチチチ…ジルセリンの、ええと、いきるなる!」

「ソレハ セイセイトヨムンダゾ!」

 セリア君の助け舟。

〈へぇ~、そうなの。生成『せいせい』ね〉

「で、ええと、ホスファチチチチ…ジルセリンの生成がなんとかかんとかと、アミノリンなななななんとかの、はははんおうの」

「ハンノウ!」

「はいはいはい。反応ね。で、反応のなんとかかんとかが…」

 講義室はざわつき始めた。半分の人たちはぽかんと口を開けて僕を見ていたし、残りの半分は体をよじりながら必死に笑うのをこらえていた。だけど僕は「なんとかかんとか」と言い続けるほかはなかった。読める所以外は…


 そうして無意味な時間が過ぎ、僕の「発表」も終わりが近づいた。そしたら論文の終わりの方に、僕がよく知っている言葉が出て来たんだ。

「なんとかかんとかがええとええと、酸とアルカリ?」

〈しめた! 酸とアルカリなら小学校で習ったし〉

 僕は思った。だからお父さんの名誉の為にも、少しくらい学がある所を見せようと思ったんだ。

 それで僕はアドリブでこう言った。

「ええと、酸性アルカリ性は、リトマス試験紙で調べます!」


 そして辺りはしんとなった。決定的に…

「もうやめなさぁぁぁぁぁ~~~~~~い!」

 そしてとうとう白髪のおじいちゃん先生が力の限りの大声をあげた。

 額の静脈が浮き出て切れそうだった。

 それから怖い顔をしたおじいちゃん先生たちがぞろぞろと一か所に集まり、何やら相談事を始めた。

 会場は重苦しい雰囲気に包まれていた。

 いや、実際は怖い顔の先生たち以外はにやにやしながらその様子を見ていた。

 だけどいつのまにか後ろの方の席に座っていた武内先生は、心配そうに僕を見ていた。

 それから司会者が言った。


「それではこれから、あ~、学位審査委員会の委員全員で協議をします。それにしてもこんな発表は前代未聞! とにかく鈴木君は外で待機するように!」

 冷たい感じの威厳のある声だった。

 とても嫌ぁぁぁぁぁ~~~~な感じ!

〈僕、これから怒られるのだろうか? いや、僕じゃないよ。僕はお父さんの替え玉だ。だからその代わりにきっとお父さんが怒られるんだ…〉

 僕は考えた。

 いずれにしても僕は背筋がぞわぁぁぁぁ~~~~っとするような、嫌ぁぁぁぁ~~~~な気分になった。


 それから僕は論文を鞄に入れ教室を出た。

 セリア君もオデッセイで追いかけてきた。

「ヤッタヤッタバッチリジャン!」

 セリア君は大喜びのようで、僕の耳元ではしゃいでいるようだった。

 だけど僕はとても喜ぶ気分にはなれなかった。

 それから僕らはお父さんを眠らせたトイレに戻り、そしてセリア君はいろんな事をやった。


 まず米粒サイズのお父さんを僕が手の平に受け取り、それからその米粒お父さんをトイレの便器の淵に置いた。

 するとまた別の光線がオデッセイから発射され、お父さんはオリジナルの大きさに戻った。

 それで僕はお父さんのお尻をちゃんとめくってから便器にきちんと座らせた。

 次に僕が、鞄もろとも米粒サイズに戻され、小学生の姿にも戻され(服がだぶだぶに…)そのまま鞄を手に、オデッセイに乗り込んだ。(元の服に着替えた)

 そしてセリア君がお父さんの頭に催眠解除光線を当てると、お父さんはうす目を開けた。

 でもお父さんはボーっとしていて、何が起こったのかよく分からないみたいだった。

 それでセリア君はデッセイをお父さんの耳元に近づけ、ハンドマイクで大声をあげた。

「鈴木先生、大講義室の前で待つように!」

 するとお父さんは「神のお告げ」でも聞いたかのような顔をしてむくりと立ち上がり、パンツとズボンをきちんと履き、トイレを出て大講義室の方へよたよたと歩き始めた。

 僕らはお父さんの後ろ姿をオデッセイの窓越しに見た。


「あ~あ、医学博士パーになっちゃった」

「だけどこれでお祝いのパーティーは開かれなくなるんだぜ」

「それじゃ交通事故に遭わなくて済む?」

「多分ね。よし! とりあえずこれで一件落着。オーラム星へ帰ろうか」


 セリア君はそう言うとオデッセイを発進させ、医科大学を後にした。

 だけど僕は心残りだった。

 それで僕はセリア君にこんな事を言った。

「でも何だか心配だなあ。ねえ、僕、このまま家へ帰ってお父さんの様子を見ていたい」

 だけどセリア君は明確にそれを否定した。

「それはダメだ。君が二人になってしまう」

「僕が二人に?」

「公園でラジオ体操をしていた君が家にいる」

「あ!」

「だから君は一度オーラム星へ帰った方がいい。というのは、運命変更には『段取り』みたいなのがあって、変更には少し時間が掛かるんだ。だから君は予定通り秋のシーズンオフまでオーラム星にいた方がいいと思うよ。その間にゆっくりと運命が変っていくはずなんだ。例えばカップラーメンを食べる時も、お湯を入れてからしばらく待つだろう?」

「何だかその例え、とても分かりにくい」

「分かりにくくてもいいからいいから」

「いいからいいから?でも…」

「僕を信じろ!」

「本当に信じていいの?」

「いいからいいから!」

「本当に?」

「当たりまえだの…」

「…分かったよ。僕、セリア君を信じる!」

「よし! それじゃ、オーラム星へ帰ろう」

「あ! お父さんの鞄、持ってきちゃった」

「まあいい。持って帰るしかないな。だけどこの論文、何か凄い事が書いてあるんだよな」

「おっと待った。そもそも僕ら、夏休みの宿題取りに来ていたんじゃ?」

「そうだった。それじゃ七月二十日に戻ろう。君が長湯をしている時間だったね」


 再びオーラム星へとつづく

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