そして替え玉作戦の準備
そうこうしているうちに、もう一度十二時四十分になった。
武内先生より少し早くやきそばを食べ終えたお父さんは突然立ち上がり、ロッカーの前へ行き背広姿になると、それを見た武内先生がやきそばをほおばりながら、「グッドラック」と言った。
「いよいよ審査の会場へ向かうみたいだね」
とても見覚えのあるデジャブのような光景に、セリア君は思わず、全く同じセリフを言った。
それからお父さんは、机の脇に置いてあった鞄を手に取ると歩き始めた。
そして案の定、そわそわしながらトイレへ向かった。大事そうに鞄をぶら下げて。
トイレに着くとお父さんは個室に入った。
洋式だ。オデッセイもお父さんを追った。
そしてお父さんはトイレの中にある小さな棚に鞄を置くと、便器に腰掛け、うんちを始めた。
オデッセイはお父さんの頭上で静止していた。
少しして、ぶりぶりと嫌な音が聞こえ始めた。
「臭そう。すぐに流せばいいのに!」
「僕もそう思うな。まあいい。それじゃ手順を言うよ」
「OK」
「僕がオデッセイのドアを開けたら、君はすぐに飛び降りる。その直前にこの薬を飲む」
「げ! こ…、ここから飛び降りるの? で、それ何の薬?」
「ミクロコンバージョンの解除薬だ。これを飲むと三秒後から元の大きさに戻る。もちろん大人の君の大きさだよ。飛び降りながら大きくなれば、安全にトイレの床に降りる事が出来るから心配いらない。僕はその前に君のお父さんを眠らせる。これは催眠光線さ」
「凄い! いろいろ持って来たんだね」
「だからオデッセイが必要だったのさ」
「で心配いらない?」
「いいからいいから」
「わかったよ。心配しない。でもお父さんを眠らせるの、うんちをし終わって、お尻も拭いてからにしてくれよ」
「了解!」
「何だか僕もうんちがしたくなった」
「じゃあ、お父さんを回収した後で、君もそこでうんちすればいい。鼻つまんどく」
「分かった。あ、今お父さんが左手でお尻を拭いた!」
「そうか、君のお父さんはサウスポーだったな。OK、催眠光線発射!」
それからセリア君は鼻をつまんでオデッセイの窓を少し開け、光線銃のようなものを窓から出すと、お父さんの頭に向け引き金を引いた。
すると緑色の光線がお父さんの頭に当たり、それから少しして、お父さんは眠たそうな顔になり、やがてこっくりこっくりと舟をこぎ始めた。
「今だ。薬を飲んで!」
「ねえ、薬を飲むのだから、水は?」
「がりがりと噛んで飲み込めばいい!」
それで僕は薬をがりがりと噛んでから飲み込んだ。苦いかと思ったら意外にもメロンのような味で、とても美味しかった。
それからセリア君はオデッセイのスライドドアをガバッと開けた!
「うわあ、くっせええええ!」
「我慢しろ。君のお父さんの命が!」
そしてセリア君に背中をドンと押され、僕はドアの外へ飛び出した。
口の中に残るメロンの余韻に浸る暇も無く、突然僕はお父さんのうんちの臭いに満たされた空気中へ放り出されたんだ。しかもいきなり無重力!
僕は千メートルも下に見える(ように感じる)トイレの床を見た。
〈わああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~〉
だけど僕はすぐに大きくなり始め、反対に巨大なトイレはどんどん「普通のサイズ」に戻っていった。
だから落ちているのか登っているのか宙に浮いているのか、僕にはさっぱり分からなかったけれど、しばらくすると、猫が飛び降りたみたく〈とんっ!〉という感じで、トイレの床に足が着いた。
僕の目の前には僕と同じ大きさのお父さんが便器に座っていた。気持ち良さそうにこっくりこっくりと…
そして僕の耳元では四ミリくらいのサイズのオデッセイが浮かび、セリア君はハンドマイクを使ったような、だけどとても小さな声で、僕の耳に話し掛けてきた。(確かにオデッセイにはハンドマイクも…)
「マズ、ウンチヲナガシテクレ」
「異議なし!」
それで僕は迷わず水洗のレバーを〈大〉の方へ動かした。
「ソレカラ、オトウサンノカバンヲカクニン」
それで僕はトイレの棚に置いてあった鞄を手に取り中を確認した。セリア君も小さなオデッセイのドアを開け、一緒に見ているようだった。
「ロンブンハチャントハイッテイルナ。ヨシ!」
そして今度はオデッセイからオレンジ色の光線が出た。
するとお父さんは見る見る小さくなっていった。このままじゃお父さんはトイレの水の中に落ちて流されてしまう。それで僕はとっさに赤ちゃんくらいのサイズになったお父さんを抱きかかえた。
それからもお父さんはどんどん小さくなった。
やがて手の平サイズになり、だから僕はお父さんを手の平に乗せた。
でもさらに小さくなり、とうとう米粒くらいのサイズになった。
そして僕の手の平の上では、米粒くらいになったお父さんの横に、あずきくらいのオデッセイが「着陸」した。着陸じゃなかった。着僕の手の平だ。
それから僕が目を近づけてよく見ると、あずきサイズのオデッセイから米粒サイズのお父さんの、そのまた三分の二くらいのサイズのセリア君が出て来て、重たそうに米粒サイズのお父さんを、あずきサイズのオデッセイの中に引きづり込もうとしていた。
何だかとてもややこしい。
でもそんな事より、お父さんが重たくてセリア君はとても苦戦しているようだったので、僕は人差し指の先でお父さんのお尻のあたりを軽くちょんちょんと押して手伝ってあげた。
それでようやくお父さんの回収に成功だ。
それから僕もそこでうんちをして、そしてお父さんの鞄を手に取り、トイレを出た。
僕は背広姿で鞄をぶらさげて、大学の廊下を歩いたんだ。
何だか大人になったような気分だった。
ところで大講義室はどこだろう?
僕は迷子になりそうになったけれど、人に訊いたりして、やっとこさ、その大講義室にたどり着いた。




