だからお通夜ってなぜ?
それからセリア君は、あわててタイムマシンの日付を見直した。
「やばいやばい! 八月二十日に来ているじゃん!」
「八月二十日って、一カ月も未来じゃないか!」
「うん。十時過ぎにセットしようとして、途中でリセットして、八時半に…、ええと、タイムマシンの誤作動かな。僕の入力ミスかも…」
「誤作動も入力ミスもどうでもいいよ。だってお通夜だよ。じょ、冗談じゃないよ。いったい誰が死んだのだろう?」
僕はめちゃくちゃ愕然とした。
僕の家でお通夜だなんて…
「それじゃ、アクエリアスで家の中を偵察しよう」
「何を言っているんだ。そんなのめちゃくちゃだよ」
「いいからいいから。アクエリアスには『ミクロコンバージョン』が付いているんだ」
「ミクロコンバージョン?」
「アクエリアスごと小さく出来る機能なんだ」
「そんなのがあるの?」
「ええと、千分の一がいいな。よし!」
そう言うとセリア君は、コックピットの隅にある「ミクロコンバージョン」と書いてあるパネルの操作を始めた。そして何かの表示を「千分の一」にして、それからスイッチを押すとその「ミクロコンバージョン」がぶーんと動作を始めた。
突然、アクエリアスも僕たちの体も、「むにゅむにゅ」という感じで「もごもご」と動き始めた。
同時にアクエリアスの窓の外の景色がどんどん「巨大化」していった。
といっても見掛けの大きさが変わった訳ではない。でも、とにかく巨大化した「感じ」なんだ。
僕が不思議そうに窓の外を眺めていると、セリア君が言った。
「あたかも巨大化したように感じるのは眼の錯覚で、ミクロコンバージョンの作用で、僕らとアクエリアスが小さくなったからなんだ。言い換えると、僕らは今、千分の一のミクロの世界にいるんだ」
「ミクロの世界に?」
「そう。そして僕らが小さくなれば、僕らの目と目の間隔も狭くなる。それで遠近感が変わってしまう。だから君の家が遥か彼方の巨大な物体のように感じられるだろう?」
確かにその時の僕の家は八千メートル級の山のようなサイズに思えた。でも見掛けの大きさは全く変わらない。それは不思議な感覚だった。
そしてアクエリアスは千分の一のサイズになったのだから、米粒くらいの大きさだ。だからこれで家の中を偵察しても簡単には見付からないという訳だ。
これはアクエリアスに備わった、偵察の為の凄い機能だったんだ。
そう言う訳で、セリア君は小さな虫サイズのアクエリアス、を僕の家の庭の垣根の高さまで降下させ、庭にいる人たちの間をぬうように飛行し、そして玄関に接近した。
玄関前にあったテーブルでは、親戚のおじさんが座って受付をしているようだった。黒いお盆には香典らしい封筒もいっぱい入っていた。
それからアクエリアスはおじさんの横を飛んで玄関へ入った。そこには沢山の靴が置いてあり、大勢の人が来ているみたいだった。
それからセリア君はアクエリアスを高度千四百メートル、速度マッハ2で飛行させた。
実際の高度と速度はその千分の一、つまり高度一メートル四十センチ、速度、毎秒六八センチだ。これはちょうど僕が家の中をゆっくりと歩いている感じだ。
それからアクエリアスはそのまま玄関前の廊下を進み、左旋回すると和室の中へ入った。そしてセリア君はアクエリアスを和室の空中に静止させ、僕らはアクエリアスの窓から、和室の様子を観察した。
そこではまさにお通夜をやっていた。
棺桶が置いてあり、沢山の花が飾ってあり、祭壇とそれからお父さんの遺影!
「お父さんが死んじゃってるよ!」
僕は叫んだ。
そして棺おけの手前では線香が焚かれ、和室では沢山の人が座布団に座っていた。
その中にお母さんと妹と、それに驚いた事に「僕」もいた!
この世の終わりみたいな顔をして、泣きべそをかいて座っていたんだ。
もちろん僕も泣きたかった。
〈どうしてお父さん死んじゃったの? 僕のために両足ピョンのバッティングピッチャーもやれるほど元気そうだったのに…〉
僕はもう銀河系宇宙が潰れるくらいの悲しい気持ちだった。
だけど僕の横でセリア君は冷静だった。
そしてこんな事を言い出したんだ。
「しばらくここにいたら、この人たちが何かの事情を話してくれるかも知れないよ」
僕はセリア君が何を言いたいのか、最初は良く分らなかった。
「事情を話すって?」
「うん。事情が分かれば君のお父さんが死んでしまった理由が分かるかもしれないから」
「理由が分かったら、どうにかなるとでもいうの?」
「そうすれば、何とか…」
「何とか? ねえ、何とかなるの?」
「まずは事情を聞くんだ。話はそれからだ!」
そう言うとセリア君はアクエリアスを着陸させる場所を探し始めた。このまま空中静止を続けると、電気をどんどん使ってしまうからだそうだ。
「こうなるんだったら、木星なんかに寄り道するんじゃなかった」
それからセリア君はアクエリアスの高度を落とし、五百メートル(実際は五十センチ)くらいの低空で飛ばした。着陸する適当な場所を探すためだ。
しばらく飛ぶと、丸まった銀白色の尾根が見付かった。いや、それは尾根ではなかった。ペルシャ猫のぴゃーちゃんの、猫背の背中だった。ちゃっかりと座布団に座っていた。
ぴゃーちゃんも一人前にお通夜に参加しているようだった。
それからアクエリアスはさらに高度を下げ、ぴゃーちゃんの周囲を飛んだ。機体は涼しげな銀白色になった。(アクエリアスのカメレオンカラー)
と、突然、ぴゃーちゃんがアクエリアスに強烈な猫パンチをくわせた。
「わ~!」
セリア君は叫んだ。そして巨大な猫の肉球が、物凄い勢いで僕らに迫って来たんだ。
〈やばい!〉
だけどセリア君はアクエリアスを急旋回させ、何とかこれを避けた。
でもその直後、物凄い突風が来た。
そしてアクエリアスはその突風で、ぐらぐらと揺れ続け、くるくると回り始めたんだ。
「まずい。ジンバルロックだ!」
セリア君が引きつった表情で叫んだ。
「ジンバルロックって?」
「制御不能!」
「何だって?」
そしてひゃーちゃんの座っていた座布団がくるくる回りながらアクエリアスに迫って来た。
〈もうだめだ。僕らもここで御通夜なのか?〉
僕は半ばあきらめた気持ちでドアの取っ手を握りしめ、両足を突っ張り、来るであろう強烈な衝撃に備えた。(ドン!)
だけど…、それは大した衝撃ではなかった。
被害はサービスエリアで買ったドーナッツの残りが袋から飛び出したくらいだった。
「セリア君、これどういう事? 墜落したのに…」
「二乗三乗の法則さ」
「何?」
「おもちゃの自動車を三十センチの高さから座布団の上に落としたら壊れるかい?」
「そりゃ壊れないだろうけど…」
「物理学的にはそういう感じだな」
(ブツリ? 分かったような分からないような)
そしてセリア君は何事も無かったかのように、アクエリアスをもう一度離陸させ、僕らはまた空中へと舞い上がった。
とにかく米粒ほどのアクエリアスが、三十センチ程の高さから座布団の上に落ちてもたかが知れてるってことらしい。知らんけど。
それで窓から見ると、ぴゃーちゃんの白と銀の長いちんちらの毛も、無数にふわふわと舞い上がっているのが分かった。
「ああ怖かった。実害はなくても、叩き落されて墜落は精神衛生上よろしくないな」
「そうだね」
「だからやっぱり着陸するのは、ぴゃーちゃんが来ない所にしないといけないな。落ちたのが座布団だから良かったものの、固い敷居の上なんかだったら、どうなったか分からないし」
「そうだよね」
それで僕らは再び着陸する場所を探し始めた。だけどアクエリアスで和室の中を一回りしたところで、セリア君は突然、とても不気味な提案をした。
「棺桶の上ってのは?」
「そんな畏れ多い!」
「棺桶の上なら、ぴゃーちゃんが飛び乗っても追い払われるだろう? で、アクエリアスは『虫』としてぴゃーちゃんに認識されているはずだから、目ざとく見つけて、また襲って来るかも知れない。だけど棺桶の上なら、たとえぴゃーちゃんが飛び乗ろうとしても、『ぴゃーちゃん、ダメよ!』とか言われて追い払われると思うんだ」
セリア君の話はいつも一理も二理もあるから、セリア君にそう言われ、棺桶の上は嫌だったけど、僕は渋々それに同意した。
それでセリア君はアクエリアスをお父さんの棺桶の方へと飛ばし、線香の煙を避けながら、棺桶の中央付近にアクエリアスを降ろした。
アクエリアスは棺桶の白木の木目調になった。
それから僕らはアクエリアスの窓を開け、そこにいる人たちが何か言うのを待った。もちろんそれは、お父さんが死んだ理由を聞き出すためだ。
だけどぷーんと線香の香りがしただけで、いくら待ってもみんな黙っていた。
だってお通夜だから…
だけどセリア君は粘り強く待つつもりだったみたいだ。それで僕も一緒にそうする事に決めた。
「とにかく君のお父さんが死んだ理由を聞き出そう」
「理由を聞き出せたら?」
「対策を考える」
「対策って、お父さんを助けられるの?」
「場合によってはお父さんの運命を変えられるかも知れないからさ」
「本当? 運命を?」
だけどみんな黙っていた。
すすり泣きの声が聞こえるだけだった。
僕だって泣きたかったし。
そんな僕を見て、何故かセリア君は僕とキャッチボールをやろう、とか言い出した。
それからセリア君は一人でアクエリアスを降り、後ろの小さなトランクからグローブ二つとボールを取り出し、僕に手招きした。
だけど僕はとてもそんな気分にはなれず、アクエリアスの中で首を横に振った。だけどセリア君は、「いいからいいから」とか言いながら、ずっと手招きした。
それで僕は渋々アクエリアスを降り、キャッチボールを始めた。
だけどセリア君としばらくキャッチボールをすると、不思議な事に僕は気分が落ち着いてきた。なぜか前向きになれたんだ。
ところで棺桶は僕らがキャッチボールをするには十分すぎる広さだったけれど、きれいにカンナが掛けてあっても、ミクロの僕らから見ると物凄くでこぼこだった。だからワンバウンドでボールを捕るときは注意が必要だった。
そして僕がそう思っていたら、セリア君の球がワンバウンドし、僕はそのボールを後ろへ逸らしてしまった。
それからそのボールはでこぼこの木目の上を不規則にバウンドしながら、僕がすっぽり入るような節穴にころりと落ちた。
それで僕がその節穴に飛び降り、ボールを拾ったその瞬間、誰かの声が聞こえてきたんだ。
「よりによって、博士論文の審査がうまくいった日に事故に遭うだなんて…」




