七月三日 日曜日 ⑬
『白夜戦争』には、会話の応酬はほとんどない。狼人と吸血姫による苛烈な戦いと、血まみれになりながら、吸血姫の喉笛を噛みちぎった狼人の荒々しいまでの逸話がこの物語の本質だからだ。
狼人が何を思い、何を言い、どんな理由で被害者であり加害者である吸血鬼たちを殲滅したのかは、実際の物語には毛ほども書かれていない。個人のことは書かれず、書かれたのはその功績だけだった。
だからこの物語の会話は、勝手に付け足される二次創作となる。
今回の舞台もまた、例に漏れなかった。
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「ねぇ、なんで拒むの?」
「お前の言う永遠は戯言で、価値なんて無いからだッ!!」
会話が交わされるごとに、その感情を表すように動きが加速し苛烈になる。
しかし、それは『戦闘』ではない。息の合ったワルツのような、見栄えが意識され連携された見惚れてしまいそうな、本来ならありえない美がそこにはある。
「すごい」
「‥‥‥」
もちろん、観客の目が釘付けになるのは、それだけが理由ではない。
それは、あらゆる学園のいいとこどりのようなモノだったのだ。
風魔術を内包した魔装具によって浮かぶ『吸血姫』と舞台の小物を足場に走り回る『狼人』の地上と空の戦いは、ハーピーの亜人と獣人の演目のような迫力を持ち、それでいて力強く息があったような攻撃の駆け引きを模した舞は、鬼の亜人たちの剣舞の演目に引けを取らない。
そして、
「あれ、無詠唱魔術だよ、ね。しかも、同時に扱ってる‥‥‥『人間』じゃできないはずのに、どうやってるんだろ‥‥‥」
「‥‥‥‥」
上代とミイカは、困惑し、驚愕し、見惚れる。
理由は『魔術』だった。
火の魔術。風の魔術。水の魔術。光の魔術。闇の魔術。
『吸血姫』の指が動くたびに放たれ、炸裂する主要な五属性魔術が、舞台をさらに彩っていた。
色が変化し続ける続ける火花が、空間に歪みを生み出す風の圧が、変化自在に形を変える水と氷が、白の光の線が、虚無的な黒点が、舞台に色を付け迫力を出し。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
その魔術の嵐の中を駆け抜ける『狼人』の荒々しくも力強い姿が、逸話の英雄を観客へ見出させていた。舞台装置である華やかな魔術が、主人公の『狼人』の輝きを殺さずにむしろ引き挙げている。
ーー疑問は、それだった。
そう。マナ総量が少ない『人間』である月姫には絶対にできない、魔術の連続行使という芸当を舞台上の『吸血姫』としての月姫は行っていたのだ。
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誰も見ない『吊り物』そのうえで、フーナが駆ける。
「次、次、次次次」
目には真剣さが宿り、手は職人技と呼べるべき寸分たがわない精密さで狙いを定めていた。
狙いを定め、もっている筒に着けられた金具に指を掛け、引く。
その動作のたびに、特殊な加工を施した魔術を秘めたスクロールが放たれ、月姫雪菜の周りで炸裂する。
まるで、月姫雪菜がその魔術を行使しているかのように。
(負担がでかいけど、やりがいのある裏方仕事だねぇ!!)
指一本一本の、動作に、全身全霊で集中する。ミスは許されない。ミスはすなわち、月姫を、可愛い後輩を傷つけるのと同義だからだ。
ーーースクロール。魔術の行使が獣人より得意ではない亜人たちが生み出した魔具の一つ。起動に使用者のマナを使わず、そこに秘めた魔術を誰でも行使できる魔道具。
フーナはそのスクロールを打ち出す魔装具を使っていた。
『簡易魔術射出魔装具』、愛称『魔筒』。本来は広げた羊皮紙を素材として使う魔道具のスクロール、それを小さく丸め小型化する特殊な加工を施した特注品のみを打ち出すことのできる魔装具。
そして、これはまだどこにも普及していない。爆弾魔‥‥‥『魔具開発部』制作のオリジナル品だ。
それがゆえに、最適化が完全に終わっているとは言えず、強い魔術は特殊加工のスクロールには付与できない上に、連射すると発熱が追い付かないという欠点がある。
だが、今回はそれは欠点にならない。
演目で使う以上、威力はいらない。いるのは見栄えだけ。
そして、排熱に関しては。
「ッ、『氷よ、熱を食らい相殺せよ』」
フーナの青い目が輝き、真っ赤になりかけていた『魔筒』に霜ができる。
排熱はシンプルに。身に着けていたグローブの補佐も使って、力技で解決していた。
「鉄が痛むらしいけど、この大会が終わるまで耐えてね」
そう小言を言いながら、次のスクロールを込め舞台に打ち込んでいく。
□ □ □ □
吸血姫の状態ならいざ知らず、月姫が人の姿を被ったまま魔術を何度も行使できるわけがない。
「なら、魔装具が魔道具を使ってると考えるのが妥当か」
そんな、目星は立てれるが、憶測の域を出ない。
歯がゆい気持ちを抱きながら前を向く。一度で全ての仕組みを暴ければ吸血鬼バレの解明に一気に近づくと思えたが、できそうにないならば仕方ないと、諦めろ。
「もうじき、終わる。一体何が原因なんだッ」
吸血鬼バレ、その瞬間がわからなければ解決なんて夢のまた夢なのだから。
せめてそれだけは、見ろ見つけろ探せ探れ見て見つめて探し探り続けろ。
血眼になって、眼球にその少女を焼きつけろ。
「どうして?どうして?なんで?なぜ?ーーー私は、貴方達を思って」
「それは、違う。人は永遠なんて、求めてない」
美しく舞う、赤い少女と荒々しい青年。
『吸血姫』の姿を纏った少女と『英雄の狼人』を纏う青年は、その姿を崩すことなく、空で舞う。
地面には、雲を模した分厚い霧が撒かれており、床の境界線はあやふやとなった。本当に、『空』の上にいると錯覚しそうな舞台は終幕へと進んでいた。
「『風よ、吸血姫へと至る足場をここに』ッ!!」
叫び声をあげた青年が空を文字通り蹴り、剣撃が魔術を叩ききり、そのまま『吸血姫』の懐へと狼人が突っ込んだ。
「あ」
「終わりだ」
そして、剣先がその首へと勢いよく向かって———。
首筋で、止まった。
「なん、で?貴方達は、私を殺したいんじゃ」
「お前も、被害者だろ」
ーーーこれは、二次創作だ。
言葉は全て偽りで、結末は虚飾で彩られている。
でも、だからこそ、幸せな結末を語ることができる。
「だったら、俺はお前を斬らない。だって、お前は知らなかったんだろ?人が、何を幸せとするか。お前は、人からなった『吸血鬼』じゃなくて、もとから『吸血姫』だったんだから」
『吸血姫』は生まれつきだと、されている。
人ではなく、そういう種族として生まれ、人とは違う尺度で生きてきたのならそれしか知らず生きてきたのなら、ならば、彼女もまた被害者と言えるのではないのだろうか。
史実ならば、『吸血姫』は、首を落とされ晒しものにされる結末をたどる。
だが、
「私は、では、どうしたら」
「人を、学んでいけ。そして、もし、償おうと思えたなら」
「俺は、お前の味方になってやる」
学生の二次創作ぐらい、こんな幸せな、誰にでも救いのある話でも良いだろう。
夜空が移された舞台の上、下は霧で地上の境界線があやふやになった空の上のような、幻想的な空間で。二人は近寄り、笑いあった。
そして、終幕のブザーが鳴り響く。
瞬間、それに負けないぐらいの拍手が響いた。大きな大きな拍手が会場を満たした。
音の圧で、鼓膜を叩かれているような痛み、だが、不快ではないその感触を全ての観客が味わう。
ミイカは横で、興奮したように上代の耳に元気いっぱいに囁いていた
「すごかったっスね!!マジパなかったっス!!すーぱーすごかったっス!!さすが、先輩が目を付けただけあるっスね、全部見抜いてたその心眼さすが尊敬に値するっスッ!!‥‥‥あの女がめっちゃ綺麗だったのは、なんかしゃくっスけど」
「あ‥‥‥ぁ、そう、だな」
「‥‥‥先輩?」
瞼を閉じれば一から十まで最初から最後まで思い出せるぐらいに舞台のすべてが、網膜に焼き付いている。月姫の美しさも、『吸血姫』の幻想的な姿も、だが。
「原因は、これじゃなかった?」
どこにも、『吸血姫バレ』の原因になりそうなものはなかった。
憶測が外れる。水の泡になる。振出しに戻る。ありえないと、どこか確信めいたものが外れた驚きに、反射的に下を向いてしまう。
「じゃあなに‥‥‥が?」
うっすらとした違和感が、言葉になる。
舞台の幕は、いつ下がった?
ぶわっと、鳥肌が立つ、違和感が直観に結び付く。
「終わってないッ」
顔をあげろ、なぜ終わったと下を向いたんだ!!
演目は、『舞台の幕が下がるまで』だ!!
気づくのが遅かった。そこには拍手はすでになくなっていた。無音が鎮座していた。
前を向く。視界が広がる。舞台を見る。
ブザーが鳴りきって止まり、下がるはずの幕が下がっていない舞台の上で、『吸血姫』が、少女が、月姫雪菜が、落下していた。
バランスを崩し、狼人役の青年が慌てて伸ばした手も届かず、下へ下へと。
霧で作られた雲の中へと落ちていった。




