七月三日 日曜日 ⑪
拍手が鳴り響く中、幕が下がり、会場のライトが一斉に点く。
その明るくなった会場で、演目を見終わったミイカが隣でぐぐぐ…と伸びをしたかと思うと、コソコソと上代の耳元に口を寄せて。
「うーん、先程のアスクレピオス学園、なんだかパッとしませんでしたっスね」
「そうか?」
昼休憩を挟んで再開された大会の後半の部に入ってからは、こんな感じに終わった後は感想の語り合いをするようになった。
「優勝候補って言われてたから、けっこう期待はしてたっスけど、アクア学園の見た後だとなんだかなぁ…ってところっス」
「動きにキレはあるけど、演出的側面が、ってことか?」
「そう、それっス!さすが、先輩!」
集中して見ていたのもあり、その感想には共感できた。
なんというか、ちぐはぐで中途半端だったのだ。
メインを飾る、一番着飾った蛇の獣人の少女。それを目立たせようと、演出は控えめ。だというのに、何かが足りない。
よく言えば、王道。悪く言えば、ありふれている。
もう一押しのインパクトが物足りない。
その物足りなさをカバーするのが、個性を出せる演出だというのに、それが控えめなのだから、そこに目が行ってしまうのはどうしようもないだろう。
ーーめちゃくちゃ注意深く見てたせいもあるが、審査員でもないのに中々の酷評だな。
「まぁ、でも、前回優勝だったのもあって、衣装とかダンスの完成度そのものはしっかりと高かったな」
「はっ、、ま、まさか、っスけど、先輩が期待してたのってこれだったり…?」
自分の分析に苦笑いをしてると、ミイカもまた酷評しすぎたかも、と自覚したのだろうか。
少し、青ざめた様子でミイカ聞いてきて。
「あの、違うっスよ?いや、ちゃんとよかったんスよ?でも、良かったが故に、そう言った粗さに目が向いちゃったって言いますか…その、あの」
「大丈夫だよ、俺が期待してるのは次だ」
最悪と言えばいいのか、幸いと言えばいいのか。これまでの舞台は失敗らしい失敗もなく、全て、しっかりと大団円で終わっている。
しかし、それは、未だにバーバヤー・ランランのカメラが壊れていなくて、その悪意は舐めまわすように、この舞台を見続けているというのを表している。
次の舞台、それはもっとも期待していて、もっとも注意しなければならない舞台。
「俺たちの学校、ワンダーランド学園の演目」
失敗しないでくれ、と、これが吸血鬼バレの原因にならないでくれと願うように思い詰めている上代秘織は。
「先輩は」
ミイカがどこか悲し気に、言葉を溢したことに、気づくことはなかった。
◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎
舞台袖。
「‥‥‥次が、私達」
次の月姫の瞳が、ステージを映す。
先ほどまで主役だったアスクレピオス学園、これから主役になるワンダーランド学園。その小道具が、目まぐるしく入れ替わっていく。
『張りぼて城はテープ張っているところ!他もすべて、予行練習時の時と同じ!急がず、正確に、怪我の無いように!』
鼓膜を響かせず、代わりに頭に響く少女の声は、ステージの真ん中で指揮棒を振るように指示を飛ばすフーナ先輩の物。
自分を取り巻く全てが、移ろい、変わり、塗り替えられていく。
それを、ぼぅっと、見て、本番に対して気合を入れようとして‥‥‥。
「‥‥‥」
「えっと、何?」
視線が、こちらを突き刺していた。
視線の主と向かい合う。
それは先ほどまで、この舞台の主役だった少女。
下半身が蛇で、体中に鱗が生えた少女。
人間らしさのない、獣人。
「エキドナちゃん、だよね。何か、用かな」
エキドナ・ルーリエ。去年、このダンス大会で優勝を飾ったメドゥーサ・ルーリエの実の妹。
彼女の緑の目がジッと、何かしらの感情を持ってこちらを射抜く。その感情の中身は察せられない。
ほんの数秒、だが、見つめられている側にとっては、永遠にも思うような気まずい時間。
しかし、終わる時だけは呆気なくやってきた。
「別に」
「そ、う‥‥‥?」
ふい、と、見つめていたという事実がまるでないかのように、エキドナは舞台袖へと歩いて行く。
あちらから、干渉が無いならば、親しい中でもなんでもない自分は、どうもすることはできない。疑問や、懐疑の念はあっても、口に出すほどの我の強さも、感情の熱も月姫には無いからだ。
「私、何かした、かな?」
いずれは消えるだろう、不安の爪痕だけが、その場に残ったものだった。
□ □ □ □
舞台と外、演者と部外者を隔てる一本道を少女は歩く。
歩く、と言っても、それは二本足ではない。しっぽだった。細長い、緑色の鱗を纏わせた細長いそれが地面の上でくねり、少女の体を前に進ませる。
演者から、部外者へと。
「っッ」
気持ちが、引きずられている。
少女は、エキドナは、自身の結果に満足が行っていなかった。もう一度繰り返したいと、その感情が、足を重くさせていた。
エキドナ・ルーリエの人生はほとんどは、姉のメドゥーサ・ルーリエの模造品で、下位互換に過ぎない粗悪品でしかなかった。
『わからないことがあったら、おしえるよ?』
学力は、姉の方が上だった。それは年上だからと言う、逃げ道の効く理由が無いほどだった。
『ふふ、ドヤ、賞状、どや』
才能は、姉の方があった。それは、居間の壁をパッチワークのように彩る賞状の数が表していた。
『うんうん、それは、魔術基礎のマナ圧縮の応用で、あ、ごめん、今友達と電話してるから‥‥‥』
社交性は、姉の方があった。たくさんの友人に、囲まれ、頼りにされているのがそれを証明していた。
『えー!これ、ほしかったマニキュアじゃん!ありがとうお父さん!』
親の愛は、姉の方が多く受け取っていた。それは、亜人の両親から生まれ、私と違って獣人ではない彼女の姿が、証明していた。
『ねぇ、エナ。いつでも、私を頼ってね。私は、貴方のお姉ちゃんだから』
姉は、私よりも人格者であった。嫉妬を抱き、目を合わせられない私と比べれば。
だからだった。唯一、獣人としての特性で、勝てている『体力』と『魔術』だけが、私の拠り所だった。
姉は、亜人でありながら、この獣人の多さで有名なアスクレピオス学園で、ダンス部のエースを務め、一位となった。
『体力』のある私が、姉より練習ができる私が、姉ができたことができないわけがないと、そう、思ったのだ。
思ったのだ。
結果は、悲惨だった。
(全然、駄目だ)
舞台の上で、観客の拍手を聞きながら、思ったのはその言葉。
姉の時とは、全てが違った。熱狂がなかった。視線が少なかった。喜びが薄かった。感動が見えなかった。満足感が、無かった。
すべては終わってから気づくのだ。予行練習とリハーサルで見えなかった欠点と粗を、舞台の上で無知のまま披露し、観客の反応を見て、ようやく気づくのだ。
取り返しのつかない絶望の中で、理解した。
これでは、全く、お姉ちゃんに届かない。
「くッ」
唇を、かむ。
観客を虜にできていない。現実を忘れさせれていない。
ただの見世物でしかなかった。ただの消費されゆく娯楽の一つでしかなかった。
だれにも、私を、エキドナ・ルーリエを、記憶に刻み付けることも、その網膜の裏に残すこともできなかった。
「どう、して」
立ち止まる。もはや、舞台は終わり、部外者として立ち去ることしかできないはずの、この通路の真っただ中で、その足が止まってしまう。
緑色の蛍光灯が、扉の上で暗く光っている。
その先へと歩くことそれがまるで、逃げていると、そう思えてしまう錯覚に襲われる。
逃げることは悪で、これまでの努力をふいにすることだ、と。しかし、もうやれること自分には残っていない。舞台には立てない。舞台に立つのは、これから、成功する可能性を残した挑戦者だけで‥‥‥。
「あ」
ふつ、と。何かが泡のように思考に浮かんだ。
それは、奥底に眠っていたはずのナニか。明確な、『■■』。
言葉としては存在していても、本当の意味で感情としては、とうの昔に人類からそぎ落とされてしまったもの。
少女はそれに違和感を覚え、怯えた。
理性が、そんなの駄目だと言っている。それが正しいのは明らかだ。しかし、その突然現れた自身の考えに、感情が揺れているのも事実だ。
『誰かの心に自分を刻むことはできなくても、誰かの足を引っ張れば、自分たちの順位を上げれるかもしれない、と』
それはいけない事である。やってはならないことだ。しかし、しかし。
自分は、それで高い順位をとれるのか?
とれなかったとして、残るのは何だ?
姉より劣る自分に嫌気の差す、息苦しい日常だけではないか。
それに人間が、自分よりも弱い人間が、自分よりも高い順位をとってもいいのか?
人間よりも優れているはずの自分が、そんな人間に負ける可能性を許容していいのか?
「‥‥‥‥」
何かが、おかしい。自分は、いつも、こんな考えをしていたか?
でも、それなのに、おかしいはずなのに、思考が止まらない。
立ち止まった少女の影だけが未練を示すように、薄暗い通路の奥へと伸びていた。
そして数分後、ゆっくりと、重々しく、その影が動いた。
□ □ □ □
ガチャ、っと、扉が開かれた。
細長い通路の扉、関係者を部外者にする細長い通路の扉が。
しかしそれは、関係者が部外者になるために開かれたのではなく、部外者が関係者へとなるために開かれた。
揺れる白髪の髪が、その暗い通路の中で、不気味に目立つ。
三日月のように上がった口角とは対照的な、黒く物理的に死んだ目がその先を見ている。
カメラを携えた少女は、誰もいない通路の中で悪意に塗れた言葉でこう、つぶやいた。
「これは、おもしろい記事が書けそうですねぇ、にやり」
長い間、無断で投稿お休みしていてすいませんでした!!
ちょっといろいろあって、もう少し、投稿頻度が落ちそうです!!
最低でも、6月中までには、もう一話書こうとは思ってます!ので、どうか、お持ちください!




