七月三日 日曜日⑨
「ちょ、ちょっと待て、マナが散布されてるんだぞ。ほとんどの機械は一度使えば最後、全部ぶっ壊れるんだぞ」
「知らないと思ってるんですか?確かに、電子機器は生産が極端に少なく、クッソ高価です。しかし、あぁ、私の悪意はそんなの関係ない!すごいよね!我ながら、あっぱれな悪意だよね、むふー!!」
悪意に口元をゆるませながら、どこか満足げにランランはそう言う。
そんな余裕のあるランランとは、対照的に上代は冷や汗をかいていた。
まずい。まずいまずい。まずいまずいまずいまずい。
まるで、飛び立つトンボの羽のような速度で、心臓が脈打っている。
絶対ろくなことにならない。ならないわけがない。月姫の吸血鬼バレの可能性がこのダンス大会にある以上、それがダンスの何かであるという予想はバカでも建てられる。
そして、失敗を撮ると生き込んでいるランランの写真に、その何かを撮られない可能性がないとは言い切れない。
吸血鬼バレの可能性の候補に上げられるようになる分、知らないよりはましだった。ましだが、不安の種でしかないこんな情報知りたくなかった。
「も、もう、撮って壊れた後だったりとかは?」
「あなたってもしかして、大会をみてなかったんです?それとも、いつのまにか人間やめて、目がガラス玉の奇天烈生物にでもなったんです?一体全体、これまでの大会の演技のどこに、失敗らしい失敗があるんですかね、いら。どれもこれも面白みがない、成功ばかりのつまらない演目でしたよ、げんなり」
肩をすくめ、出場者が聞いたら怒り狂いそうな言葉を平然と言うランラン。
そして、写真が撮られなかったというのは、こいつを吸血鬼バレが起こる原因の候補から、完全に除外できなくなったということを示していた。
「お前‥‥‥まさかとは思うけど、出場者の小道具に細工をして失敗を引き起こそうとか、考えてないよな」
「うわぁ、私より悪意的なこと言うんですね、どんびき。まぁ、それもありかとは思いますが」
「やるのか!?」
「やりませんよ、そんなのやったって、『誰か』のせいにされて、おもしろくないんですよ、はぁ」
至極当たり前のことを言うように、隕石落下で文明が絶滅する確率に本気で怯えるような人を小ばかにするように、ランランは言葉を紡ぐ。
「いいです?私は、失敗した人が見たいんですよ。これまで、努力して疲弊して、血涙流して頑張ってきたみんなの演技を、一人で意図せず破壊してしまった哀れな人を。私が破壊の起点を作ったら、『自分のせいじゃない』って、開き直れてしまうじゃないですか、しょっく」
落ち込むように俯いたかと思うと、少しだけ顔を上げ、上代を死んだ目で上目遣いに、気味が悪そうに、悪辣的に口元を歪ませながら。
「そんなのつまらない!自分の失敗で、みんなの傑作をぶち壊して、泣きそうなぐらいどうしようってなってる奴のぐずぐずに弱りきって傷口全開の心に、その事実を滑稽なエンタメという新聞にして、民衆にバラまく。そうやって、お塩を塗りたくりながら高笑いするのが、悪意的で最も最悪で愉悦的で楽しいってもんなんですよ!!げらげらげら」
ランランは笑う。心底愉快だというわんばかりに、邪悪な笑みを浮かべて。
鼓膜にその笑い声が響く。響く、響いて。脳をなぶって。
(あぁ、駄目だ)
強迫観念じみた悪寒が、絶対にランランの好きにさせるなと叫んでいた。こいつに写真を撮らせるのだけは、絶対に阻止しろ、と。
可能性の話じゃない。これが原因だった時の吸血鬼バレ隠蔽の難易度は、ランランが陰湿すぎるがゆえに、必ず跳ね上がる。
そんな危険因子、放っておけるわけがない。
それに、もし、月姫の失敗が撮られたなら。
こいつに、それを撮られるということは。
月姫の努力も舞台も、最悪な悪意に踏み荒らされるのと同義だ。
努力の跡が見えたダンスの練習も、知恵と技術を絞られて作られたであろう衣装も、あの純粋な笑顔も。全部全部、悪意に弄ばれる。
ーー損得抜きにしても、それだけは、どうしても、我慢ならなかった。
「‥‥‥ッ、なぁ、ランラン。頼む。今度、ネタ探しを俺も手伝う、なんならこき使ってくれても良い。だから、今回は何も撮らないでくれないか」
だから、言ってしまった。自分を売ってしまった。
一瞬、虚を突かれたように、ランランの表情が抜け落ちた。
しかし、すぐさまニヤニヤと、いつも通りの意地の悪い顔になり。
「ふぅん、‥‥‥へっえー?私を相手に交渉とは、案外思い切った事をするんですね、おどろき。理由を聞かせてもらっても?」
「別に何でもいいだろ」
「ーーふぅーん。まぁ、そうですね、ムムム。私って、よく理性を失った取材相手に掴み掛かられる事が多いのです。なので、それを防ぐ哀れな身代わ、げふんげふん、お相手さんの頭お猿さんレベルの幼稚な怒りから守ってくれる肉壁が欲しいんですよ」
「お前、絶対、わざとだろ。わかったよ。肉壁になれば良いんだろ。それで良い。それで、撮るのをやめてくれるんだな?」
「え、辞めませんよ。欲しいだけで、別にいらないので」
話が、提案が、水泡に帰した。
「は?」
「ひひ、あぁ、その顔が見たかったんだぁ」
ランランが、慌てる顔を心底嬉しそうに妖艶に笑う。
会話は接点を失い、交渉は決裂した。だが、上代に、引き下がる選択肢はなく。消えた接点を、折衷案を、この終わった会話にすがらざるを負えない。
「待て、待てよ。じゃあ何なら、何をすれば、お前はこの大会から手を引くんだ!」
「だーから、引く引かないじゃないの。引く気が無いんだよ。だってぇ、そっちの方が、君は困るんだよねぇ?」
こいつ相手に交渉をしようと考えたのが、そもそも間違いだったのだ。
トントン、と、ランランが階段を下りてくる。目線を合わせるように、見下す形から平等な立ち位置に、そして反比例して優位な立場に。
「それにさ、君ってちょっと前に借り作ってたよね。それで、交渉吹っ掛けて勝てるなんて、お願い聞いてもらえるなんて、頭お花畑すぎないかなぁ?」
ニマニマと、悪意に歪んだ顔が目の前に近づけられる。
死んだ濁った目が、こちらを覗き込んでいる。
「結論を教えてあげるね。『や』だ。『む』『り』。願いかなえませーん、ひひ。というか、やる気が湧いてきたよぉ。ねぇ、君は誰を守りたくてそんなことを言ったのかな?誰から、この悪意を遠ざけたかったのかなぁ?ざんねん。無理だねー、敗 北 者さん」
「ッ!!」
怒りが沸点を超えた。具体的に何かしようと行動したわけではない。ほとんど反射的に、右手で胸倉を掴まんと、勢いよく手を伸ばし。
「あはは、頭はお花畑じゃなくて、猿山みたいだね、あひゃひゃ!!」
するり、と避けられる。手は空を、虚無しかつかめない。
そのまま、トトンと、階段をランランは降りていく。瞬間的な熱はすでに覚めていて、残るは余韻の後味の悪い怒りだけだ。
「悪意らしい悪意じゃないけど、まぁ及第点をあげましょう☆ではでは、それじゃ、ばいば~い」
嫌味なほどに、満面の笑顔で、ランランは会場から悠々と出ていく。
上代はただ、息を吐きながら、強く握ったこぶしを解くしかなかった。




