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七月三日 日曜日 ⑧

 ロビーから出て、外に出れば、当たり前だが暑かった。しかし、冷房が少し効き過ぎていたせいで冷えていた体にとってはちょうど良く、夏の日差しにじんわり温められるのが気持ちいいい。

「えーと、木陰的なのがあるところが良いっスよね。座って食べれるところ‥‥‥」

 ミイカがきょろきょろと、その琥珀色の瞳で見渡すのと同じように、上代もまたちょうどいい食事ができそうなところを目を凝らして探す。


 その時、上代の目に、ドーム状の建物の横にある、数本の木々と広い芝生を合わせもった大きな公園が目に入った。


 ほんの少し歩かなければならないが、木の机と椅子が木陰の下にぽつん、と、二組、置いてあるのがわかる。

「なぁ、ミイカ。あそことか、どうだ?」

「ん?あ。あれっスか?ふむ、いいっスね!自然に囲まれて、美味しい空気のもとでホットドッグを食べる。うんうん!おしゃれで、良いじゃないッスか!」

 全面肯定のミイカの了承をいただいた。

 では、と。二人してそこに行こうとした時だった。


「ん、あれ?」

「どうしたんスか」

 本当にたまたま、自分のズボンの違和感に気づいた。

 財布が入ってるはずの右ポケットが、軽すぎるのだ。

 手を入れてみてみれば、違和感通り。ない。財布が無い。

「‥‥‥すぅー。すまん、ミイカ。ちょっと財布どっかに落としたみたい」

「え、うぇ!?だ、大丈夫っスか!?は!!つまり先輩はもう明日からはご飯を食べれず、家賃払えずに家無し子ホームレス学生!?」

「なんで、お前の頭の中の俺は財布に全財産入れてんだ。まぁ、たぶん財布は、会場か、自販機前だと思う。先行っといてくれ確認してくる」

「心当たりがあるんスね。なら、よかった。‥‥‥わかったっス!席取りしとくっス!」

 □ □ □ □ □

 と、財布を探しに会場に戻ったわけなのだが。

 財布はすぐに見つかった。自販機まで行く必要もなく、歩いた道を思い返して探す必要もなく。結構すぐに、見つかった。

 問題は、その見つかった場所だった。


 薄暗い会場の通路、階段二段先の人物。

 清楚な黒いブラウスシャツに、黒のロングスカートを身に着けた少女を、上代は見上げ。

「‥‥‥俺の財布、返してくれないか?」

「『返して』なんて、ひどいな。まるで私が、奪ったみたいじゃない!ぷんすか。それにぃ、あれれぇ、落とし物って一割もらえたと思うんだけどなぁ。ありがとうも言わずにお礼もわたす気が無く、返せだなんて。お財布と同じで、心も貧しいのかな?きひひ」

 財布は確かに見つかった。財布は目の前の少女の手の中にあった。

 黒猫の髪留めを付けた白い髪を揺らし、死んだ目を悪辣にニタニタと歪ませ、こちらを嘲笑うバーバヤー・ランランの手の中に。


 あぁ、どうしよう。この状況だけで、頭が痛くなりそうだぞ。

「んんー。流石にこれだけで頭を抱えられると、嘲笑いがいがなくて私、悲しいなぁ、しょんぼり」

「知ってたけど、お前、性格終わってるよ」

「赤を赤って言っても現状は何も変わらないと思うけど、もしかして、それがわからない人だったり?」

 いちいち人を煽るような言葉しか言わない目の前のキョンシーに、ため息が出そうになるが、どうにか飲みこむ。

 というか、何でもいいから、さっさと財布を返してもらいたい。


「‥‥‥わかった。一割謝礼でやるよ。財布が無くて困ってたのは確かにそうだ。見つけてくれてありがとう。これでいいか?」

「はぁー。ランラン心がわかってないですねぇ、がっかり。別にお金が欲しいわけじゃないんだよ、そこは激高して、私の新聞記事のネタになって、学校中で笑い物の慰み者になるのが大正解ってもんじゃない、じとー」

「人の心無いんか?」

「屍なもので、てへ」


 あまりの要求にイラっとした怒りの返答は、人をコケにしたぶりっ子の様な煽りだった。

 上代の怒りが空回り、一周回って呆れになり、我慢していたため息が吐き出された。と、その時だった。

 ぽーん、とランランから財布が投げ渡され、とっさに掴む。慌てて流れるように中身を確認したが、紙幣と小銭は別に減っているようには見えなかった。

「盗っては‥‥‥ないんだな」

「まぁ?誰の物かを見るために中身は見たけど。拾っただけなんだから、当たり前じゃないですかー。全くひどいよ、しくしく。何の根拠もないのに、私を犯罪者扱いってあまりにも、失礼だよね?一人の乙女として、さすがに傷つくんだけど、むすぅ」


 めちゃくちゃうざいが。正論を言っている分、反論しずらい。

「っ。わかった。俺が悪かった」

「ひひひ。悪かったって認めるんだねー。じゃあさぁ、貸し一つねー、にやにや」

「もう、それでいいよ」

 墓穴を掘った気もするが、会話を引き延ばして致命的なことを漏らすよりはマシなので、必要経費だと割り切ろう。

 そうやって、ゲスな笑みを浮かべてるランランを置いてこの場を後にしようとして。

「今更なんだが‥‥‥なんで、お前ここにいるんだ?」

「ほんとに今更だねー。まぁ、答えは単純だからただでおしえてあげましょう、ふふん」


 ものすごく意地悪で、悪意的な笑みをして、鞄から取り出したカメラを構えながら。

「そりゃぁ当然、失敗した選手の失態と無様な姿を、写真に収めるため、ですよぉ、ニタニタ」

 そう、笑った。

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