七月三日 日曜日⑦
買ったお茶を持って走る。
月姫は関係者入り口から行くため、そう時間はかからないが、俺はそうはいかない。
ちなみに、メリィは一切待つそぶりもなく、単独で会場に戻ったため、言うことは無い。
開演と同時に占められかけた扉に待ったをかけて、スタッフの人に呆れられながら、会場に滑り込む。
席を見つけ、座って、息を吐いて。
「よし、セーフ」
「せーふ?‥‥‥なにが、セーフっスか!?お茶買うのに、どんだけ時間かけてんスか!」
べしべし、と時計を指さして隣に座るミイカが小声でキレる。
といっても、メリィと比べると、全然かわいいものだ。というか、癒されるといっても良い。言ったらまた怒るから言わないが。
「すまんすまん。わるかった」
謝罪をしながら、お茶をミイカに手渡す。
はぁ、とミイカはわざとらしくため息を吐いて、お茶受け取り。
「全く。ヒオリ先輩、心配しましたっスよ。遅くなる時は、連絡してくださいっス。‥‥‥開演までに戻ってこなかったら、ミイカも飛び出して探しに行くところだったんスから」
「もしかして、俺のお母さんだったりする?」
「ちゃーかーすなー!、っス!」
からかったらポカポカ殴られる。痛くない。悪くない。
「過保護だなぁ」
「まぁ、自覚はありますッス、けど‥‥‥」
ミイカが、口を尖らせ何かを言おうとして、けれどその先は語られることは無かった。
「‥‥‥やっぱり、良いっス。どうせ、言っても意味ないってわかってますから」
拗ねたような言い方に、さらにからかってやろうかといたずら心が芽生えたが、幸いなことに、実行には移すことは無かった。
『本日はご来場誠にありがとうござーー』
アナウンスが聞こえる。
開演はもうすぐだ。
□ □ □ □ □
入場時にもらったパンフレットを見れば、月姫の公演は後ろから数えた方が早い場所にある。
具体的に言うならば、十五の公演の十一番目だ。
だからといって、気が抜けるわけでもない。
全てに対して集中して見て、気を張らなければない。
なにが理由で、なにが発端で、月姫の吸血鬼バレが起こるのかわからないのだから。
例えば、だ。
鬼の獣人の舞が失敗した結果で、起こるのかもしれない。
舞台装置として魔術を使う他校の生徒の手元の狂いで、起こるのかもしれない。
人魚の亜人の歌声が狂った結果で、起こるのかもしれない。
お手玉のように振り回す剣の先の行方によって、起こるのかもしれない。
演出の炎にあぶられかけた観客によって、氷結した地面によって、土で盛り上がった舞台上によって、踊りの一環で振り回される鉄の棒によって、演出のためにまかれた視界が悪くなる霧によって、起こるのかもしれない。
『ありえない』とは断言できない。瞬きさえ許さないような集中力で、全てに注意を払って見続ける。
軽く頭が頭痛を訴えてきたころで、ようやく午前の部は終わり、昼休みの時間になった。
□ □ □ □ □
「ヒオリ先輩?なんかげっそり、してますっスけど‥‥‥」
「い、いや?別に?演出に目がチカチカしたってのもあるけど、楽しみすぎて気疲れしてるだけだけ」
心配するミイカに、大丈夫大丈夫と、示すように大げさにガッツポーズする。
琥珀色の瞳は、その訝し気な色を落としてはくれないが、それでも納得したというようにうなずいてはくれた。
「ヒオリ先輩。お昼ご飯はどうするっスか?」
「ん、俺か?俺は飲み物と近くのコンビニで済まそうかと思ってる。ミイカも同じだったり?」
「なるほどなるほど。ご飯、持ってきてないんスね。それなら、えーと、ヒオリ先輩。良ければ一緒にご飯食べませんスか?」
「え?いや、だけど休み時間は50分ぐらいだぞ。食べに行くにしても、この感じだと‥‥‥」
上代はそう言って周りを見渡す。
前半の公演が終わった会場は明るさを取り戻しており、その視界に映る席はすでに多くが空席となっている。
別に元からこうであったわけではない。昼休憩に入ると同時に多くの観客が外に出て、食事に行ったのだ。
「たぶん、近くの外食店なんかはほとんど埋まってるぞ」
「ちっちっち。ミイカさんにお任せっスよ。このポーチの中をご覧あれー!ッス!!」
パカリ、と開けられたそこには。
‥‥‥2つのラップに巻かれたアルミホイル?
「聞いて驚いても良いっスよ。‥‥‥先輩の分もある手作りホットドッグっス!!」
「え、もしかして‥‥」
「一緒に食べるっスよ!」
「マジか!いいのか!やった!!めっちゃありがとう!!」
ミイカがえへへっと笑いながら差し出してくれる、そのラップの塊を受け取る。
包装紙を破いておもちゃをを取り出そうとする子供のような勢いで、ラップを剥がそうとして、ミイカにストップがかかった。
「せっかくなら、外で食べませんっスか?目が疲れてるなら、遠くを見ると効果的っスよ」
「それも確かに、だな」
席を立てば、待っていましたと言わんばかりに目の前をミイカが先回りし、機嫌よさそうに率先して歩いていく。
その後を、俺は歩きながら追う。
出口に連なる階段を上がっているとふと、ミイカがこちらを振り向いた。
「ところで先輩、何が一番すごいって思うっスか?ミイカは、断然、魚の獣人の儀式魔術での大規模で迫力満点だった舞台創造っス!こう、氷の壁がバーンって出て!ドーンってお城みたいなのがどすどすって!」
思い出すのは、舞台上を氷結魔術によって大きな水槽に作り変えた学園の公演。
「あぁ、ありゃ、獣人ならではの生まれ持つ多量のマナと魔術適正を上手く使ってたな。‥‥‥だけど、ちょっとあれは、人を舞台上に配置し過ぎな気がするんだよな。術者が多すぎて、メインの演者に集中できなかったというか」
「あぁああー!それはたしかに思ったっスね。術者の詠唱や魔道具の動きで、メインの人魚の亜人さんの踊りやコーラスに、集中しずらかったっス。‥‥‥うひー!なんか、100点がマイナス1点されたみたいで悔しい気がぁあっス!」
まるで自分ごとのように、わぁー!っと頭を抱えるミイカが面白くて笑いそうになりながら。
「優勝候補には名乗り出れるだろうが、優勝確定とはならない、と良いな。そっちのほうが、えーと、あぁ、アクア学園か。アクア学園には悪いが、大会が消化試合にならなくて観客的には嬉しい限りだ」
「うわぁ、意地悪そうな顔してるっスよ先輩。それはそうとして、先輩の感想も聞きたいっスので、教えてもらっていいっスか?」
「え、なんの?」
「なにがおもしろかったか、っスよ、ヒオリ先輩。最初に言ったじゃないですか」
腰に手を当てわざとらしく怒ったように言うミイカに、ちょっと申し訳なく思いながら、何が面白かったかを考える。そして。
「すまんもうちょい、一番を決めるのは、保留で」
「えぇ、なんでっスかぁ」
「気になってるのが見れてないからな。それ見てから言いたい。一番候補があるんだよ」
脳裏に浮かぶのは、ドレス姿の月姫。
月姫の吸血鬼バレを、真剣に阻止しなきゃいけないことはわかっている。それでも、彼女の公演を、純粋に楽しみにしている自分もいる。
「きっとその公演を見たら、ミイカもびっくりするぜ」
月姫がしていたダンスの練習風景と、その姿を見たからこそ胸を張って言える言葉だった。




