01 大熊の森へ
『そろそろ着くけど、どのあたり?』
「噴水の東側だな。目の前に、パン屋がある」
『オッケー了解。今から行くねー』
アリサとの約束の時間になり、俺は始まりの町の噴水広場で待っていた。
周りの人間は俺に見向きもしない。相変わらず、俺のハイドは完璧だ。
どうせだからアリサを驚かせてやろうかと思っていたんだが、それは向こうも同じ考えだったようだ。
『うーん、着いたんだけど。どこ? 私、見えてる?』
「見えてるよ」
『え、じゃあ、こっち来てよ』
「嫌だ、お前、誰連れてきてんだよ」
『えへ、バレた……?』
あろうことか、あの妹は俺の知らない人間を連れてきていた。
あれだけ、マサとアリサの2人としかパーティは組まないといっておいたのに。
え? お前、ナディアたちと組んだだろって?
彼女たちはNPCだ。だから問題なかっただけで、今回は違う。
アリサの隣にいる女の子は、間違いなくプレイヤーだ。ノンじゃない。
「帰っていいか……?」
『え? ちょ、ダメだよ、帰っちゃ』
「いや、でもさ――」
『あ、見つけた見つけた。じゃ、そっち行くね』
ブチリとチャットが切られた。
まったくあの妹は、俺の人見知りを何だと思っているのか。
……面倒だと思ってるだろうな。
「ほら、コハクちゃん、見っけ――ジャスミン! こっちだよ!」
「コハク、ちゃん?……だと……どういうつもりだ」
「いやー、今のお兄見て、うちの兄ですと紹介していいものかどうか、わかんなくて」
「何だ、そんなに奇抜な格好してるか?」
「いんや、全然大丈夫。センスは問題ないよ、うん、でも、なんか女の子だね」
「しゃあないだろ、この顔なんだから」
「いい匂いするね」
「もらいもんだ」
「お兄がそれでいいなら、いいんじゃない。でもなんか、お兄とは呼びたくないから、コハクちゃんで行くね」
「ちゃんはやめろ」
「うーん、コハクちゃんで」
この間、ジャスミンちゃんとやらがこちらに来るまでの3秒でかわした会話だ。嘘です。ごめんなさい。10秒はかかりました。
「待ちなさいよ、アリサ。あんたに走っていかれたら、私じゃ追いつけないんだから」
「ごめんごめん、ジャスミン。コハクちゃん見つけたから」
「コハク、ちゃん……いつからそこに?」
「はじめからですが」
そして、その子の視線は俺へと降りた。
「アリサ……私、このゲーム始めてから、あんたよりきれいな子に初めて会った」
「でしょう! ですが、この子は一つもいじっていない、ナチュラルボーンなのです!」
「うそでしょ?」
「本当だよ。この子のスキル選びに付き合った私が証人。残高100で出てきた猛者なのよ!」
「はあ、すごい豪運もあるものね。私なんて結構いじってここまで持ってこれたのに」
そんなことは言っても、この子も相当美形だ。
人のことをヤンヤン言うほどじゃない。それを言ってもいいのは、容姿に恵まれなかった者たちだけだ。
「えっと、コハク、ちゃん。よろしく」
「コハクでよろしくお願いします。ジャスミンさん」
「私もジャスミンでいいよ、コハク」
「いえ、これは癖みたいなものなので、このままで」
「そう、なの。分かった」
ほら、既にやりにくそうじゃないか。
俺、帰っても?
「自己紹介も終わったことだし、それじゃあ、行こっか」
アリサの一声で噴水広場を後にすることになった。
今日行くのは、ミナミの町ということなので。進路は南。まんまだな。
「今日でバーサクベアーの無限周回を終わらせるよ」
「いや、無理でしょ。今まで100は回ったけど、1つも落とさないじゃんレアドロップ。それに、ミナミの方は初見なんでしょ、コハクは」
「問題ナッシング。コハクちゃんは一パーティに一人が理想的なあれだから」
「まさか、座敷童!? あんた、そんなフレンドがいるなら、早く召喚しなさいよ。座敷童が一人いるだけで、どんだけ安定すると思ってるの」
「えー、でもその分火力が落ちるじゃん。それに支援ならリンリンがいれば十分だし」
「いやでもさ」
「それに、コハクちゃんはソロなので、滅多にパーティが組まないの。やっとこさ、付いて来てくれる約束を取り付けたんだよ」
「座敷童で、ソロ?」
ジャスミンさんは、ものすごく不思議そうな顔をする。うん、まあ分からんでもない。
散々支援特化だといってるのに、それがソロで活動している意味が分からんだろう。
「クリティカル特化のガンガン行っちゃう脳筋系だよ。今は人体破壊のエキスパート?」
「人型相手ならあんまり負ける気はしませんけど」
「お、言ったな? 私とやる?」
「いや、いい。アリサには勝てそうにありませんから」
「あ、そう。ま、今日も熊が相手なんだけどね」
「実体があるなら何とかなりますよ」
昨日は霊体を相手にして酷い目にあったからな。
とはいえ、今は俺に【霊体】スキルがついてる。
座敷童は霊体系種族だったようだ。
どの程度のダメージを減少してくれるのかは未知なところがある。
「でも、今からミナミの町まで行かないといけないんでしょ? そんなに周回できるの?」
「周回については大丈夫だと思うよ。コハクちゃん、【トレジャーハント】レベル10のドロップ特化だから」
「さっきは、クリティカル特化って言ってなかった」
「あ、ほんとだ。コハクちゃん、今は何が特化なの」
「最初から最後まで鬼です」
忘れてはいけない。俺は鬼特化だ。最近は、人やら狼やら悪魔と戦ってきたけれど。俺が目指すのは鬼の国。熊とも戦わされるようだが、俺は鬼と戦うんだ。
「移動の方に関しては、高速で移動できる何かがあるとの情報が入っておりますが、どうなの?」
「町の外に出てちょっと行くまで待ってください。あまり目立ちたくないので」
町から出て、人通りが少なくなったあたりで、俺はサクヤを呼び出した。
「――サクヤ!」
天空から白い光となって、高速で飛来する巨大な狼。
それを見て、アリサもジャスミンさんも目を点にしていた。
ああ、この顔が見たかった。このために、言いたい放題言われながらも我慢してきたのだ。
「ちょ、ちょっと、この子何? おっきくない? どっかのボスモンスターでも捕まえてきたの!?」
「教えません」
「なんだかとっても強そうね」
「はい、とっても強いですよ」
「かっこいいわね」
「かっこいいでしょう」
「レベルも高そうね」
「50ですから……あっ」
慌てて口を押えてももう遅い。
隣でジャスミンさんがしてやったりという顔で見てくる。
さっき初めて会った子に、俺の扱い方が知られているだと。
「乗ってください、あ、【騎乗】持っていますか?」
「持ってるよ、長距離の移動には必須だから」
「私も持ってる」
「ならよかった。持ってなかったら、空から振り落とされるところでした」
「落ちたの?」
「……あれは怖かったですね。死ぬかと思いました」
三人でサクヤの背に乗り、ミナミの町へと向かった。
後ろで、思いっきりサクヤの毛並みを堪能しまくっている二人がいるが、突っ込まない方が吉だろう。サクヤも気にせずに走っているようだし。
それから十分くらいで、ミナミの町についた。毎度のことながら、町から少し離れたところで、サクヤから降り、サクヤは天空で待機しておいてもらう。
せっかくなので、ミナミの町のポータルを登録してから、熊退治に向かった。
森の近くでサクヤには下りてきてもらう。とっとと終わらせたいので、頭数は多い方がいい。
この森で主に出てくるのは、ハニーベアー。はちみつを食い漁る真っ黒なクマらしい。
攻撃は、体当たりとひっかきと噛みつき。後は咆哮。見たことあるのばかりだ。
ハニーベアーは、はちみつをくいまくるからか、食べれば甘味があるらしい。美味しいんだろうか。極上肉が落ちればアシュリーさんのところに持っていこう。指輪のおかげで、【解体】スキルもあるし。
「でも、本当に周回がすぐに終わるの? コハクが一人増えたくらいで」
「む、信じてないなー。コハクちゃん、何かない?」
アリサはどうやっても、ちゃん付けを止めないらしい。どうしたもんか。
それに何かといわれてもな。うーん、そうだ、あれにしよう。もったいないけど。
俺はアイテムストレージからそれを取り出した。
「ん」
「ん、て、何それ」
「なにって、見たまんまです。ハンバーガー」
「それは分かるけど。それが?」
「食べたらわかります。はい」
俺は2人にハンバーガーを差し出した。
アシュリーさん、作。
材料調達、俺だ。美味くないわけがない。
「美味しい! 何これ。今まで、こっちでも何回か食べたけど。全然違う!」
「ホント! これ、特にハンバーグが美味しい。こんなおいしいの食べたことがない」
「上肉を食べたことはありますか?」
「ない」
「ないですね」
「そのハンバーグに使ったお肉は、極上肉です」
「はっ!」
「そんなっ! どうしてハンバーガーなの。どうして、もっとこう、ビーフシチューみたいなものにならなかったの!?」
「それは昨日の夜、食べました」
ヤバかった。きっと、あの裏社会のメンツが俺にやさしかったのは、あのビーフシチューのおかげなところもあるはずだ。もう気分が、ほっこりした。
「私がモンスターを倒せば、極上肉がドロップします。むしろレアなのが上肉です。普通の肉は見たことがありません」
「そんな、理不尽なことが……私なんて上肉すら見たことがないのに」
「いります?」
「いくらですか!?」
「わかりませんが、これを100ほど売りつければ、王国の国家予算が吹っ飛ぶらしいです」
「やめときます」
「私のストレージで、二つほど国を亡ぼせます」
「すみませんでした」
なんだかよく分からない雰囲気になってしまった。まあ、これが極上肉の力というわけだ。
元々あったオークの極上肉に加えて、【解体LV.5】が加わってからは、巨大鳥の極上胸肉。極上もも肉。時々現れる、極上テールと極上手羽先が加わった。焼き鳥屋さんみたいだな。後はハツとズリだな。
今度アシュリーさんに焼き鳥してもらおう。
気を取り直して、ハニーベアー退治に戻る。
俺のドロップ率は信じてもらえたようだ。そして、今は俺のパーティメンバーである彼女たちにもその恩恵はある。
すると、さっそく一体目を発見した。
ハニーベアーがこちらに気付く前に、ハイドする。俺のハイドは昨日に比べて段違いだ。
<夜霧の指輪>の【気配詐称】に加え、<指輪>の【情報遮断】【情報詐称】もハイドに加わり。もはや、別次元だ。
【鑑定】
<ハニーベアー>LV.22
スッと近づき、【ショートカット】で<静寂の暗殺用短剣>を取り出す。
本邦初公開だ。いや、帝国も王国も日本のゲームの中か。
王国初公開だ。
【飛閃・鴉】鎧通し<頸椎>――
【月光】よりも発現位置の自由度の高い【飛閃・鴉】で初撃を取る。おまけに【忍び寄る静謐】の効果で、クリティカル威力が大きくUPする上に、俺のクリティカル成功率は高い。
ハニーベアーの首筋に漆黒の刃が生まれ、回転を始めた。
金色と赤黒いエフェクトが、連続で弾ける。5回のヒットが鎧通しで刻まれる。
【飛閃・鴉】が効果時間を終えるまでに、ハニーベアーのHPの一割を削っていた。
よし、この攻撃なら、熊でも通ることは分かった。
【月光】鎧通し<心臓>
これでも削れる。だが、若干だ。ここで<月>のMATの低さが顕著に表れるようになってしまった。早く鍛えてもらわないと。
<風・鳥>の二刀に変更し、首筋を狙って斬る。うーん、若干は通っているようだけど。【月光】鎧通しと同じくらいだ。スキルが有用なので早く攻撃力をあげてあげたい。
<静寂の暗殺用短剣>も通常の攻撃では、攻撃力が心もとないし。
やはり、火力を求めるならこれしかないか。
<火鬼の大剣>を取り出し、振り下ろす。減りは早い。そのまま、まな板の上のなんとやらを滅多切りにする感じで、ハニーベアーを切り倒した。
俺よりもレベルの低いモンスターにここまで苦戦するとは、やはり攻撃力や攻撃スキルが手に入らないのはいたいな。
ストレージを覗けば、新たにハニーベアーの極上肉。極上の手。極上胆嚢。極上の毛皮と。実に豊富なレパートリー。それにしても、一体からいっぱいドロップしたな。
取り合えずここでの戦利品を見せれば、この後のアリサが欲しいというレアドロップの確率的にどうなのかを判定してもらえるだろう。
「あれ、どうしたんですか?」
ジャスミンさんになんだかすごい目で見られ、それを見たアリサはうんうんと頷いている。
「あなたが座敷童だなんて認めない」
「そんなことを言われても、結構苦労してここまで来たんですよ」
「いやよ。あんな残酷な座敷童がいていいものですか。座敷童は人をハッピーにするの。絶対あんな死神みたいな感じじゃありません」
「ハッピーに……これではハッピーになりませんか」
「うっ……なら、ならなくもないわね」
俺がさっきの戦果を見せれば、あっさりと引いた。
「コハクちゃん……胆嚢とか熊の手とか全然落ちないのに。それの極上だって。なめてんの?」
「いくらで売れますかね」
「マーヤさんに売りに行ってみなよ。泣かれるよ?」
だそうだ。やっぱ、アシュリーさんのとこに持っていくか。後は、フルハートさんに頼んでほしい人に売ってもらうか。俺が持っていても、そんなに食わないしな。




