04 あなたのために祈り願う
セレナさんは全ての拘束を解き終え、自由の身となってもどこか浮かない顔をしていた。
信頼していたであろう旦那さんの側近のケイネストに裏切られていたのだから、精神的にもダメージはあるはずだ。
「セレナさん。もう大丈夫です。すみません、私がそばに居なかったばかりに……」
「いえ、コハクのせいではありません。すべて私の不徳の致すところです」
「セレナさん……もう大丈夫ですから。今日はもう休みましょう。明日になったら、この町を出て、娘さんのところへ――」
「もう無理です」
「ど、どうして」
何かあったのだろうか。
もう無理だと口にした途端、セレナさんは泣き崩れた。
膝から崩れた彼女を慌てて受け止める。俺の小さな体では、どちらかと言えば、彼女に抱き着かれている態勢だ。
どうやら、俺の胸を貸すことはできそうにない。
「もうダメなんです。もう……」
「セレナさん。どうしてですか!? まさか、もう娘さんの居るお屋敷が!?」
「違います……違うんです。でも、もう私はあの子には……エリーゼに会うことはできないんです」
セレナさんの娘さん、どうやらエリーゼちゃんというようだが、彼女の身には何も起きていないようだが。
そうすると、セレナさんの身に何か。
「なにを……されたんですか?」
「毒を盛られました」
「なら、解毒剤を。セレナさん、薬学得意なんでしょう!?」
「この毒は無理なんです。薬では無理なんです」
「そんな……他に解除できる方法は?」
「悪魔系のアイテムを使った毒なんです。神官系祈祷スキルの状態異常解除でないと」
「それなら、神殿や教会に行けば……」
「無理です。祈祷系スキルは誰にでも扱えるものではありません。祈祷系スキルがあるだけで、大神官や枢機卿の候補者として中央や他の大きな神殿に集められます。祈祷系のスキルは神へと願う特殊なスキルですから。そして、このあたりに祈祷系のスキルが扱えるような規模の神殿はありません」
「タイムリミットはいつですか」
「五日後です」
「五日……割と猶予はありますね」
「悪魔が魂を削っていくのと同じような毒です。奴らは私をフルハートの元に返した後に殺したかったようですから」
「そんな……なんて、ゲスな……」
「ですから、もうダメなんです」
そう言った。もう何もかも諦めたかのように。
いや、本当に諦めたのだ。旦那にも娘にも会うことも。自分が生き延びることも。
そんな、そんなことは――
「……ダメ。ダメです……そんな、諦めちゃ――」
「だったら、どうしたらいいって言うんですか!? この町の協会に駆けこんで、助けてくれって泣き喚けばいいとでも!? クレイストの町の方へ、娘の居る町の方へ向かって、全力で走り始めればいいですか!? それともここから一月もかかる大きな教会の方へ!?」
「そ、それは……」
「だからもう、無理なんです!」
悲痛に叫んだ彼女は、また俺の肩に顔を伏せて泣き始めた。
俺にできること……
始まりの町に戻って、神官系の職業のプレイヤーを見つけて……
それから、祈祷系のスキルを覚えているかの問題を……
でも、どうやって見つければ……
依頼のための掲示板みたいなのが有るだろうか。プレイヤーでも依頼できるだろうか。
しかし、特殊なスキルを持っているプレイヤーが都合よく見つかる確率、は……
あれ……祈祷、系?
「祈祷系スキルって、スキル名に祈祷の文言がついていないといけないんですか?」
「え? ええ」
「他にはあったりしませんか? 例えば祈願とか」
「他ですか? えっと……祈祷、祈願、祝福、加護、あとは……」
「その人物が教会や神殿の関係者でなくても?」
「え、ええ。でも、祈祷系のスキル持ちで教会の関係者になれば、一生安定した生活が保障されますから、このあたりに都合よく、そのような方が……」
「……います」
「ほえ?」
ガバッと、俺は彼女の体を引き離す。
その時の彼女は、今まで見たこともないくらいに、ぽかんとひどい顔になっていた。
「います、いますよ、セレナ! ここに! 持ってます。祈祷系のスキル!」
「う、嘘……ですよね?」
「本当ですよ! 【健康祈願】。十秒毎に確率で状態異常を解除するスキルです」
「そ、それってどう、いう?」
「助かります。僕がいます」
「でも、確率って、助からないかも」
「五日もありますよ、セレナ! だから、僕から離れないでください。絶対に助けますから」
「え、っと……」
「レベルは! どれくらい必要ですか!?」
「毒のレベルは低いものですから、1か2あれば、十分かと」
「よかった。僕のはレベル3です。これなら、心配ありません」
「そう、なんですか?」
「はい、そうなんです。よかった。ああ、よかった」
「そ、そうね……ふふっ」
セレナさんは小さく笑った。
なんだか、雨上がりに見た花のようだと。そんな風に感じた。
「どうしたんですか?」
「コハクって、普段は僕っていうのね」
「え? あ……そういえば」
「それにそんな表情も」
「表情?」
「あなた、いっつも無表情で何を考えてるのか分からないし」
「そうですか?」
「そうよ。なんとなく悪いことは考えていないだろうな、とは分かったから、一緒にいても安全だとは思っていたけど」
「すみません」
そんな奴、よく傍に置いて置いたな。
俺ならどんなに追い詰められてても、お断りだ。
「でも、今はこんなにもころころ変わって。どうして?」
「そ、それはその、人見知りが激しくて……その……」
「人見知り?」
「その、緊張してたというか、なんというか」
「アハハッ――それで、私は、とか言っていたの?」
彼女は大きな声で笑い始めた。
彼女のこんな笑い声は初めて聞いたような気がする。こんな切羽詰まった状況だから、仕方のない事だろうが。
「仕方ないでしょう、セレナさんとはその、知りあって時間もなかったんですから」
「今は?」
「今?」
「そう、今。会ったころよりも、大分、砕けた口調で話してるわ。それって、もう人見知りしてないってこと?」
それは、どうだろう。
確かに今も、彼女にはため口で話してはいない。でもそれは、彼女は年上だし、精神的にもきっと彼女の方が上だからだと思う。
でもきっと、彼女との距離は詰まっているだろう。
「そうだと思います、セレナさんとは――」
「セレナ」
「え?」
「さっきまではそう呼んでいたでしょう?」
「そう……でしたか?」
「ええ。それにね、コハク。あなたとはそう呼びあえる関係になりたいの。私と友人になってくれないかしら」
「――はい。セレナ」
気付けば、口が答えていた。
あれほど友人をつくることを苦手としている俺が。
これほどに濃密な時間を過ごせば、普段の学校生活以上の関わり合いを持つか……
「あ、でも、普段は俺って言ってるんですよ。体はこんなでも、中身は男だって言ったでしょう」
「うーん、似合わないわね。僕でも似合っていないのに。やっぱり一人称は私がいいかもね。その代わり、もうちょっと砕けた話し方をしたらいいのに」
「それは……段々慣れていくと思うので、ちょっと待ってください」
「ふふっ、気長に待つことにするわ」
なんだがこんな軽口をたたくのも楽しく感じる。
このゲームで初めてのフレンドってかんじ……あっ。
「そうだ、セレナ。私とパーティは組めますか?」
「ええ、もちろんです」
「よかった、パーティを組まないと、【健康祈願】の能力が使えなくて」
セレナからパーティの申請が来る。承諾して、セレナとパーティを組む。
これで十秒毎に状態異常の解除が確率でかかる。
五日あるから、えっと、七千二百回のチャンスがあるのか。
それだけあれば、解除できるだろう。
徐々に衰弱していくようだし、速めに解除できればいいんだが。
「それから、あの二人はどうしましょうか」
「え? まだ生きているの?」
「はい、今は動けないだけで、生きてます。あと一時間ほどは動けません」
「そ、そうなのね。もう、驚いたじゃない。生きている敵の前でこんなに話し込んでいたのね、私たち」
「そ、そうですね」
思えば、相当にシュールだ。おそらく彼らの耳は聞こえているし、脳だって動いている。この会話はすべて聞かれている。
そう思えば、相当に恥ずかしいな。
「それで、どうしましょうか。縛っておきますか?」
「いいえ、殺しましょう。捕まえておいても、私たちでは面倒を見切れないわ。特にそっちのゴルドとか言ったかしら。暴れられると困るし。ケイネストはあの人を裏切ったのだもの。私、殺さ無ければ気が済まないわ」
「そう、ですね。では、一思いに」
俺は、彼らの心臓に振り上げた刀を突き立てた。
『レベルが上昇しました。能力値を振り分けてください』




