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03 闇夜の救出

「ただいまもどりました。セレナさん……って、あれ。いない?」


 多少は仲良くなっただろうセレナさんにご飯を食べてくると一言告げてログアウトし、夕食を食べて寝る用意を整えてから、再度ゲームにログインした。


 しかし、リビングに戻ってみると、セレナさんの姿が見えない。

 念のため隠れ家の全ての部屋を探しても見つからない。


「まさか……外に出たんじゃないだろうな。狙われてるっていうのに――ん? 置手紙? これは……」


 一通り探し終え見つからなかった俺は、リビングへと戻ってきて、それを見つけた。


 コハクさんへ

 よくお眠りになれましたか? 緊急事態が発生したため、声をおかけすることができませんでした。すみません。

 先ほど旦那の側近のケイネストがこの隠れ家を訪れ、フルハートさんは敵から逃れ、この町の屋敷に戻ってきたこと。リレーフの勢力はこの町から追い返し、私たちが元々滞在していた屋敷も安全を確保したこと。しかし、フルハートさんは毒に侵されていることが伝えられました。幸い私には豊富な薬剤の知識がありますので、解毒剤を調合しに行くこととなりました。フルハートさんも無事に助けられると思います。

 あなたと過ごしたのは短い間でしたが、とても楽しい時間でした。おかしいですね、あなたとは、長い時間を共に過ごした姉妹のように感じます。特に、あのペンのお話は面白かったですね。

 もう安全です。ご心配いりません。

 助けていただいてありがとうございました。

 また、どこかでお会いできれば、うれしいです。

 セレナ


「本物……だろうか」


 【鑑定】

 <セレナの置手紙>

 筆記者、セレナ


 レベル1の【鑑定】くらいならごまかす術はいくつでもあるだろうが、セレナさんがそれをする必要はないはずだ。

 もし偽られているというのであれば、現在セレナさんの身は危険にさらされていることになる。


 しかし、若干のおかしなところはある。

 冒頭の部分。俺は眠りについてはいない。食事をしてくるとセレナさんには伝えた。

 加えて、姉妹が、というところ。旅人の話をした中で一応、この体には性別は存在しないし、こんな見た目で女っぽく見えるだろうが、現実ではれっきとした男であるということは伝えてある。


 ま、それはあまり関係ない。

 もっと重要なことは他にある。


 ペンの話だ。あきらかに意味深に書かれたものだ。

 俺が彼女に話したペンといえば、文字をこすると文字が消える特殊なボールペンのことだろう。

 熱を加えれば色が消える特殊なインキの話を彼女は興味津々に聞いていた……


「まさか……」


 今度は手紙ではなく、その文字を書いてあるインクに焦点を当て【鑑定】――


 <特殊薬剤A>

 特殊薬剤Bと反応させると色の消える特殊な薬剤。

 調合者、セレナ


 そういえばと、あたりを見渡す。透明な瓶に入った液体やシャーレに入れられた粉末がテーブル上には並んでいる。

 その中の一つにそれはあった。


 <特殊薬剤B>

 特殊薬剤Aと反応させると色を消すこのとできる特殊な薬剤。

 調合者、セレナ


「あった!」


 俺は、そのビーカーの中の液体を置手紙にぶちまける。

 するとほとんどの文字が消えてなくなり、特定の文字だけが浮かび上がった。


 ケイネスト は敵 リレーフの勢力 が元々滞在していた屋敷 を確保 助けて 


 最後の文字を見た瞬間に俺は隠れ家を飛び出した。


『クエスト<セレナを救え>を受注しました』


 そんなアナウンスをその場に残し、夜の裏通りを駆け抜ける。


 あの置手紙はケイネストとやらに無理やり書かされたものだろう。

 その時にとっさにあの特殊な薬剤を調合できたわけではないだろうから、あれは俺がログアウトしてから調合したもののはず。

 この短時間で作り上げたというのなら、セレナさんの調合系スキルのレベルはとても高いものだ。


 しかし、助けに行くといってもはっきりとした場所は書かれていなかった。

 それはセレナさんにも分からなかったことだろう。

 

 俺が置手紙の暗号に気付いてくれれば、御の字。そこから、自分の居場所を突き止めて助けてくれれば、いいな。くらいの気持ちだろう。それくらいしか、彼女にできることはなかったのだ。


 町の人間すべてを敵だと思うほどに、警戒していた彼女があの隠れ家に招き入れたとなれば、側近のケイネストは信頼していた人物。その男に裏切られ、焦る気持ちの中あの置手紙に一縷の望みを託したのだ。


 だったら、俺はその願いにこたえたい。


 彼女と共に過ごした時間は半日にも満たない。


 しかし、この世界で最初に深く関わったNPCは彼女だ。

 彼女たちにも、感情があって。それは決して、プログラムだとは思えない。AIだか何だか俺は詳しくは知らないが。


 俺は、彼女を助けたい。

 ここで助けられなければ、彼女がこの世界からいなくなってしまうことに変わりはないから。


 そして、俺には彼女を見つける当てがある。


「おい【縁結び】。あの人との縁を結んだのは、お前だろう。俺に、あの人との縁を辿らせろ!」


 視界の端がきらりと光る。

 【縁結び】の導きの光だ。


 ――【疾風】【飛鳥】

 <風・鳥>の二刀を引き抜いて、スキルを使う。


 ぎゅんと加速し、飛翔で建物の壁を駆け上がる。

 屋根伝いに光を追い、夜の街を駆け抜ける。


 スキルの効果時間が切れる前に道に戻り、CTが明けるまで道を駆け抜け、明ければ屋根伝いにショートカット。

 それを繰り返すほど3度ほど。

 やっと光はそこで留まった。


 【索敵】!


 そこに二つの反応を感じる。

 これはセレナさんとケイネストとやらだろう。


「――見つけた!」

 

 全力で速度を落とすなんて考えず、飛翔のままに、2階の窓へ突っ込んだ。

 ガラスの割れる音が、静かな夜の街に反響する。


 俺が飛び込んだのは薄暗い部屋の中。

 家具も何もない殺風景な部屋。

 その部屋の中央に置かれたボロボロの椅子に男が独り座っていた。


 そして部屋の隅に椅子が一つぽつんとあり、セレナさんはその椅子に縛り付けられていた。


「――セレナ!」


「何者だ、貴様!」


 そんな声を無視して、俺はセレナさんに注意を向ける。


 俺とあった視線にも生気はある。

 どうやら、椅子に縛られただけで酷いことをされた様子はなかった。


「セレナ、待っててください!」

「――コハク! もう一人いる!」


 その声のおかげで助かった。

 どこにいるか分からないまま、前に跳びながら一か八かで持ったままの二刀で背後を守った。


 ――ガツンと、衝撃が走り、そのまま吹き飛ばされる。

 

 がくっとHPが減った。2割は減っている。どんな攻撃力だ。それとも俺の防御力がそんなにも弱いのか。

 俺は初めてまともに攻撃を受けた。


 腕と背中に痛みがはしる。ある程度痛覚はカットしてくれるらしいが、それでも腕に痺れが残った。

 二刀をしっかり握れるようになるには時間がかかりそうだ。


 「よく受けたな、ガキ。だが、もうおとなしく消えときな」


 そういった男は、スキンヘッド、耳にはたくさんのピアス。傷だらけの体。見ただけで、悪い人間だとわかる。


 俺の【索敵】で感じた気配には、この男がはいっていない。この男の隠密系のスキルレベルは高いようだ。

 【鑑定】しても何も情報が得られない。隠蔽能力も高いようだ。


 それ対して俺は、窓ガラスを割って入るなんて派手な登場をしてしまった。俺のたった一つの持ち味であるハイドが見破られたのも不思議ではない。


 セレナさんにすら見破られたのだから。


 男の手には片手剣。リーチはあまりなく、この部屋の中でも取り回しは自由にできそうだ。


 俺はCTに入っていてスキルの使えない二刀を一刀ずつ慎重に変更する。


 とりあえず、俺は男たちとセレナさんの間にいる。彼女を人質に取られることはない。

 他に仲間がいなければだが。


「セレナ。他には」

「……私が見た限りはいませんでした」


 いないかもしれないが、いるかもしれない。


 一瞬で片をつける。


 【連花】――


 幻術を送り、一瞬で男との間合いを詰める。


 ――っ、ダメだ!


 剣先が俺を捉えていることに気付き、間一髪でバックステップ。

 間合いの外へ出た。


「――精神干渉系の魔法には耐性がある。それにだ、目の前で武器を変えれば、警戒するのは当たり前だろうがッ」


 男が斬りかかってくる。

 その剣に加わる力の方向を、刀で流れを変え、もう一方の刀を振る。

 男はギリギリの間合いでかわし、そこからは、斬りあいになる。


 この男には【勧善懲悪】の悪特攻が乗る。おまけに人型だ。頸椎や心臓の弱点の位置は手に取るように分かりやすい。

 一度でも、鎧通しを喰らわせることができれば、HPを削り切ることはできずとも、行動不能にすることはできるだろう。

 しかし、その隙が無い。手練れだ。

 なかなか、思うように攻撃できない。奴の手のひらの上で、転がされている気分だ。


 そのイライラが伝わったのだろう。奴のニヤニヤが深まる。


「思うようにいかねえって、顔だなあ。ハハッ。あったりまえだ、俺が今までどんだけの人間とやりあってきたと思ってる。お前の剣スジを見てれば分かるぜ、素直すぎる。モンスターとしか戦ってこなかっただろう」


 斬りあいの間にも、そう軽口を向こうは叩くだけの余裕がる。

 対して、俺にはない。

 完全になめられている。


 鎧通しを決めるチャンスは一度はある。それは、【月光】が発動する位置が、この刀の間合いの外だということだ。

 普通に斬れば当たらない間合いから、ダメージを与えられる上に、それが俺の切り札。


 しかし、その隙が無い。明らかに急所を狙っていることがばれすぎている。頭、首筋、心臓のあたりは重点的に守られる。


 いくつかフェイントのようなものも混ぜてはみたが、素人の苦し曲げれ。向こうは完全にお見通しのようだった。


 視界の端で、【疾風】と【飛鳥】のCTが明けたことが伝えられる。


 【連花】が効かないのなら変えるしかない。

 念のため一瞬【連花】を使い、幻術を使いながら距離をとる。


「だから、効かねえって言っただろうが」


 そう言いながら、だるそうにその場でゴンゴンと剣先で床を叩いた。


 俺は、男の挙動を逃さないよう、慎重に見つめながら、<花・月>を<鳥・風>と一刀ずつ慎重に交換する。


「おっと、その刀の効果も分かってる。速さを上げるやつと空を飛ぶやつだろう。さっき見たからわかってる。こっちが遊んでやってんだ。もう見たやつはいらねえよ」


「おい、ゴルド! 遊んでなんていなくていい。とっとと終わらせろ!」

「うるせえな、ケイネスト。安心してなぁ、お前んとこにはいかせねえからよぉ」

「そういう問題じゃない。不確定要素はさっさと潰せ」

「言っておくが、ケイネスト。俺の上司はお前じゃねえ。リレーフだ。そこを間違えんなよ」

「くそっ、これだから、頭の悪やつは……」

「ああ? いいんだぜ、お前を先に殺してやっても」


 ケイネストと言い合うゴルドにも目立ったスキはない。

 待っていても、スキはでなさそうだし。それならば、初手をとる。


 【疾風】【飛鳥】――


 立体機動と速度変化を使って、斬りかかる。

 やはりこちらの方がしっくりくる。


「おう、なんだ、やりゃあできんじゃねえか、一段上げるぞ!」


 しかし、ゴルドはまだ上げられるらしい。

 奴が全力を出す前に終わらせる。


 まだ見せていない伏せ札は、【月光】と居合と鎧通し。つまり、俺の最も得意な切り札。

 当てられる状況になれば、一撃で奴を無力化できる自信がある。


 こいつにも言われたが、俺の攻撃は額、首筋、心臓などの限られた急所を狙っていることが丸分かりのようだ。

 

 そこをどうにか、するしかない。

 他のところ、脇、肘、腹、腿、膝。

 一撃で終わらせられずとも、相手の行動を制限する弱点も攻撃する。


 上を攻撃すれば、下にスキができ。右を攻撃すれば、左にスキができる。

 これなら俺にも何とかできる。


 柔道や合気のように相手の重心をくずすとか、気を逸らす……とか言われると、どうにもできそうにないが。

 

 しかしそうして広い範囲に視野を広げると、何とかなるように思う。

 俺のいつもやっていることと同じことだ。

 相手に気付かれないように、相手の気付かないところで、動けばいいだけのことだった。


 ほら、脇腹への袈裟懸けがもう少しであたりそうだった。

 今度は膝に。

 肘に掠る。腿を斬る。

 一瞬、ゴルドの右足が硬直した。


 あ……きた……


 首筋に若干の隙間ができた。


 ――いける!

 居合【月光】――鎧通し<頸椎>!


 奴の剣が首筋を守りに来るが関係ない。

 鎧通しはその上から直接届く。

 首を逸らせた若干の距離の変化を補正して、確実に当てる。


 バタンと地に倒れ伏す。

 もうピクリとも動かない。


 頭上のHPバーを見れば、まだ半分は残っている。行動不能と流血過多の状態異常にかかっている。

 流血過多の影響でがくがくと減っていく。


 「ゴルド!」


 ケイネストが立ち上がり、ナイフを抜く。

 どれだけの腕前かは分からない。

 念には念を入れる。


 居合【連花】――

 そのまま、<花>を地面に突き立てる。

 こうすれば、幻術を操作することができなくなるが、初めに決めておいた通りのごく簡単な幻術を再生させることができる。


 これで俺の手には<風・鳥>の二刀。腰には<月>。効果時間中の<花>が地に立つ。

 居合を含めて、<花鳥風月>全ての効果を使うことができるようになった。


 ケイネストには【連花】の幻術が効いている。


 これで確実に鎧通しを当てることができる。

 【月光】鎧通し<頸椎>。


 ケイネストの動きも封じ、あたりを警戒する。


 どうやら、増援はなさそうだ。

 しばらくの間、警戒を続け、そう結論付けた。


 ひとつ大きく息を吐いた。


「セレナさん。今拘束を解くから、待ってて」

「え、ええ……」


 どこか、まだ浮かない顔で、セレナさんは小さく応えた。

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