05 夜の逃避行
あれから俺たちは別の隠れ家へと身を寄せた。
セレナは片手間に調合した特殊薬剤を心残りにして、一度、あの隠れ家に帰りたそうにしていたが、一度ばれた隠れ家に立ち寄るなんて、危ないことはできるはずがない。
何とか説得して、別の隠れ家に向かうことができた。
それにどうやら、あの程度ならばすぐに調合できるようだ。
ただ、ああいった薬剤をインクにするというのは考えたことがなかったそうで、目からうろこだったようだ。すごいな。日本の文房具会社。どこだったかは覚えていないが、電子端末文化になってからも、生き残っているだけはある。ファンタジーの世界でも通用しているようだ。
セレナはあの一件で、張り詰めていた緊張の糸が一気にほどけたようで、精神的にも落ち着いていた。
特に薬品の調合をしていると、精神的に落ち着くようで今も怪しげな色をした液体を混ぜては他の容器に移しを繰り返している。マッドな感じで危ない感じだ。
「セレナ。今度は何作ってるのですか?」
「今は、麻痺毒よ」
「麻痺毒……どうしてまた」
「投げナイフにでも塗って、遠くから投げるくらいなら、私にもできるかと思って」
「なるほど。それ、私も欲しいです。余りとかありますか」
「余りも何も、ここは隠れ家ですから、武器の類ならある程度蓄えていますわ。ええっと、投げナイフはここに……あったわ。三百はあるから、一人ずつ百持って行っても問題ないようね」
セレナは立ち上がって、壁際の棚をいくつかあさって、そう言った。
どうやら俺たちのアイテムストレージと同じように、小さな空間に大量のアイテムを収納しているようだ。
「毒液も十分にあるし、問題ないわ」
「このあと、森へ行って様子を見てこようと思います。いくつか試しに持って行っても?」
「いいけど……いくつかスキルを取らないとまともに当たらないと思うわ」
「そうですか……幾つほど?」
「確実に当てようと思えば【投擲】がいるし、ストレージからすぐに取り出そうと思えば、【ショートカット】がいるわ。その二つね」
「【投擲】と【ショートカット】か……えっと、あった、あった」
【投擲】
物を投擲するために必要なスキル。レベルが上がれは精度が上昇する。
【ショートカット】
アイテムをストレージから出すためにメニューを開く作業をショートカットするスキル。あらかじめアイテムを選択しておく必要がある。選択できるアイテム数はスキルレベルと同じ。
なるほど。今後、必要な時が出てきそうなスキルだ。特に【ショートカット】なんて、ポーション系を置いておいてもいいものだろう。
よし、取ってしまおう。都合の良い事にSPも2残っているし。
「二つとも取りました。これで試せますね。お返しに何か……何がいいかな」
俺は改めてアイテムストレージを眺める。
ゴブリンやオーク、オーガの肉と皮と魔石。後ツメと牙も。それからオーガの角。
ジェネラルオーガは火袋もあるけど。
あとは、<火鬼の大剣>くらいしかない。
「うーん、何もない。植物の採集とかしてこなかったし……」
「あら、別に植物でなくても、角や爪、他にも内臓に毒を持っているモンスターもいるし」
「本当ですか? 角ならたくさんあるんですけど」
「何の角?」
「オーガです」
「オーガかぁ……このあたり、オーガはたくさんいるから、角もたくさんあるのよね」
「ですか……」
「でも、あって困るものではないし、お礼にくれるっていうのなら、是非ともほしいわ」
「じゃあ、私が持っていてもあまり意味はないので、全部出しますね」
ツメと牙と角。全部出してしまおうか。
俺はすべてを現物化させていく。
瞬く間に床一面に広がり始める。
「あ、あれ?」
「ちょっと待って! 個数指定した!?」
「全部出しちゃいました」
「全部!? いったいいくつ!」
「ざっと、千ほどは」
「千!? そんなのこの部屋を軽く埋め尽くすわよ」
「ごめんなさーい。えっと、中止、中止。どうすれば――」
『アイテムの取り出しを中止しました』
そのアナウンスと共に、アイテムの洪水はおさまった。
「止まりました」
「はあ、死ぬかと思ったわ。コハク、あなたクールぶってる割におっちょこちょいね――って、え? この角、ハイオーガの角じゃない? こっちも、あれ? こっちのも。こっちのは魔力がたまってる状態だし。こっちはオーガね、でも状態がいいわ。こっちのゴブリンのツメもきれいな状態ね。コハク、もしかしてあなたのストレージの中ってこんなのばっかりだったりしないでしょうね」
どうだろうか。特別何かをしたわけではないし、ドロップアイテムについては、俺の幸運系スキルの数々がいろいろとやってくれているだろうし。
「このあたりに散らかっているものと、同じくらいの割合かと」
「そう、とりあえず、これ、全部しまってくれるかしら。その後、まとめて注文するから。もちろん代金も支払うわ」
「うぅ、分かりました。でも、お金は……」
「情報量以上分に欲しいものがあったわ。そうなったら、当然、料金が発生するでしょう」
「そう、ですか。では、お気に召していただけたようで何より」
「ええ、今後も、大量にため込んだら持ってきなさいな。薬になるものだったら、買い取るから……って、今後どうなるかなんて分からない状況なのにね」
「大丈夫です。今後のことをどんどん考えていきましょう。きっと何とかなりますよ」
「ふふっ、あなたに言われると、本当にどうにかなりそうね。でも、あなた、ずっと私にそばに居ろだなんて言っていたのに、今夜は置いて行ってしまうのね」
「なっ……あ、あれは勢いっていうか。【健康祈願】のためっていうか――」
――ゴンゴンゴン
扉をたたく音が響いた。
俺たちは二人して息をのんだ。
ここがばれたか!?
「セレナはここから出る準備を。残してはいけないものがあれば処分も。私は玄関の様子を見てきます。終わったら声をかけてください。そうだ、何か隠し通路のような脱出口はありますか?」
「脱出口はキッチンに。地下から、この家から裏通りを一つ越えたところのもう一つの隠れ家に出られるようになっています。そこから逃げましょう」
「ええ。もうこの町にとどまっている方が危険かもしれません。今晩中に森へ入りましょう」
「では、気を付けて」
「また後で」
『クエスト<セレナと夜の逃避行>を受注しました』
クエスト名……どうにかならんのか。逃避行、しかも夜のなんてつけられた日には、俺がセレナを連れて旦那さんから逃げていくみたいじゃないか。
家の中では装備していなかった<花鳥風月>を装備し<風・月>を抜き放つ。
玄関にたどり着き、そっと扉の向こうの様子をうかがう。
「本当にここか?」
「ここがケイネストさんの残した隠れ家リストの最後だろう? それに、中から人の気配がする」
「ホントかよ」
「ああ、たぶんな。どっちみちこの鍵で開けりゃあ分かることだっと」
カチャカチャと何かをいじる音が聞こえる。セレナの持っているあのからくり鍵と同じものか。
「チッ、ったくこんなめんどくせー作りにしなくてもいいだろ」
「まだかよ」
「うっせーな、もうちょっとだって、ほらこうやってだな、あれ?」
「あー、おっせーな、貸せよ、ほら」
どうやら、まだ時間はかかりそうだ。
「――コハク。準備できたわ」
「わかりました。行きましょう。外の奴らは、鍵に手間取っているようですから」
「ああ、これ? ちょっとコツがいるのよね」
彼女と共にキッチンへと向かい、セレナは水場の下の戸棚を開く。
そこには、分かりにくく床板の一枚がはがれるようだった。
「ここから出られます。ここからは、地下に潜るので光源はこれを」
そう言って、片手にランタンを持つ彼女は、床板をパカリとはずして、その下に潜り込んだ。
「戸棚の扉と床板。両方、閉めてくださいね」
「わかっていますよ」
こうして彼女との夜の逃避行は始まった。




